最終話
「ううっ、ここは……部室か?」
気付けば俺は、部室の中心で横になっていた。
その隣からソラさんの声が響いてくる。
「そうみたい、です。成功ですね」
「うっわ!? ソラさんその耳なに!? ていうか尻尾もあるし!」
「えっ? うわっ。もふもふ!」
体を起こした俺の目に飛び込んできたのは、犬耳と犬しっぽを付けたソラさんの姿。
なんかぴこぴこ動いてるんだけど気のせいかな? 気のせいだよね。
「犬耳ってやつ、か? どうなってんだ一体」
「うう。ここは天国か?」
先生は今にも死にそうな顔をして天井を見上げている。
俺はため息を落としながら先生の方を向いた。
「しっかりしてください先生―――おっわ!? 耳が長い!」
「は……? うわ! なんだこれ!」
「エルフ耳だなぁどう見ても」
「お前は変わらないのかよ! むしろお前が一番変われよ!」
変態はいつも通りパンツを頭にかぶり、ぴょこっと飛び出たツインテールが腹立たしい。むしろこいつに一番変わって欲しかったんだが。
「うう……ここはどこじゃ?」
「魔王!? お前も来ちまったのか!」
魔王も教室の横で倒れていたらしく、廊下から部室へと入ってくる。少し頭は痛そうだが、怪我はないみたいだな。
「どうやらわしも転送されたようじゃ。しかも魔力が無くなっておる」
「ええええ……振り出しに戻った感が凄い」
俺はがっくりと脱力し、自身の両手を見つめる魔王を見る。
ソラさんは恐る恐るといった様子で手をあげた。
「あのぅ。それよりここ、部室でいいんですよね?」
「そのはずだぜ。カーテンを開ければいつもの景色、が……」
部室の窓にかかっていたカーテンを開ける。するとそこには予想だにしていなかった景色が広がり、俺は反射的にカーテンを閉めた。
「??? 航太さん、なんでカーテン閉めるんですか?」
「いや。今のは目の錯覚だ。きっと夢だ」
「???」
頭に疑問符を浮かべて首を傾げるソラさん。尻尾がパタパタ動いていて可愛い、とか言ってる場合じゃねえ。
「えーい♪ フルオープン♪」
「あっこら開けんな!」
変態はハイテンションでカーテンに近づき、思い切りそれを開く。
そして視界に飛び込んできた景色に、俺は頭を抱えた。
「えっ!?」
「これは……」
「我々の世界と異世界が混ざっている、な」
魔王は呆然とした様子で外を見つめ、ぽかんと口を開ける。
そうだ、混ざってる。現代社会で良く目にするマンション群の間にいきなり馬鹿でかい時計塔があったり、中世ヨーロッパ風の城まで建っている。
空については―――見るだけでクラクラしてきた。
「あっ!? 外を歩く同級生のみんなも、亜人になってます!」
ソラさんが指さす通り外を見ると、見慣れた同級生たちにも猫耳やら犬耳やらエルフ耳やら翼やら……とにかくバリエーション豊かだ。
「は、ははは。これは夢だ。悪い夢だ」
「わし置いてきぼりなんじゃが……」
「わ、わたしも」
「わぁい! 亜人のパンティってどんなかなぁ!?」
ルンルンと飛び跳ねながら子どものようにキラキラとした目で同級生を物色する変態。
俺はその瞬間全ての希望を捨て、意識を手放したくなった。
「は、ははは……しのう」
「落ち着いてください航太さん! 航太さん!?」
俺は目の前が真っ暗になって、ただ呆然と中空を見つめる。
ファンタジー世界と混成された俺の世界には、俺を見下すように高層ビル群が宙に浮かび、空を飛べる亜人たちが笑いあっていた。
どうやらこれからは“日常の中の異常”ではなく、“異常の中の日常”という冒険が始まるらしい。
歓喜に踊り部室内を縦横無尽に飛び回る変態を見つめながら、俺は盛大なため息を落とした。