第二十五話
「や、やっと大人しくなった」
「くんくん」
「そしてまた匂いを嗅がれているわけだが」
俺はもうゲンナリして全身を脱力する。ソラさんは相変わらず嬉しそうに俺の匂いを嗅いでいた。
「まあ別によかろう。貴様が嗅がれていれば良いだけの話じゃ」
「ひどくね!? ていうか魔王ちゃんさん何故そんなに冷静なのん!?」
この異常事態でよく落ち着いてられるな。
「ソラは恐らく降り注ぐ魔力の影響を受けたのじゃな。元々膨大な魔力があるにもかかわらず空から更に魔力供給され、ソラが本来持てる魔力の蓄積量を上回って暴走しているのじゃろう」
「原因わかってるのかよ! なら早くなんとかしよう!?」
むしろ今までなんで黙殺してるんですかひどひ。
「ふん。確かにソラがおかしくなるとわしの世話係がいなくなるな。……ほれ」
「ひぇう!?」
突然ソラさんを引っ張り下ろすとその手を握る魔王。何してんだこの子。
「な、何故ソラさんと手を繋いだ?」
「ラブラブなの?」
「ちがわい! わしがソラの魔力を吸収して正気に戻しておるんじゃ!」
そう言われてみれば確かに魔王の手元が黄緑色に光っている。ほんとにソラさんから魔力を吸収してるのか。
「はっ。わたしは一体何を?」
「ソラさん! 正気に戻ったのか!?」
「高凪さん? 冷や汗たっぷりで良い感じですけどどうしました?」
「あれこれ戻ってるかな!? びみょう!」
「戻っておるわ。心配するな」
「さすが魔王ちゃん。凄いでちゅね~」
「撫でるな変態!」
変態の手を鬱陶しそうに弾く魔王。とりあえず俺はソラさんに事情を説明することにした。
「ソラさん。魔力で暴走してたのを魔王が助けてくれたんだぜ」
「そうなんですか!? 魔王さんありがとうございます!」
ソラさんはびっくりした様子で口元に手を当てると、慌てて頭を下げる。よかった。いつものソラさんに戻ってるようだ。
「ふん。礼など何の足しにもならぬわ」
魔王は腕を組んでそっぽを向くが、その耳が赤いのをみんな見逃さなかった。
「あっ魔王ちゃん照れてるぅ。かわゆい〜」
「すごーい。女子っぽいセリフなのにお前が言うとキモーい♪」
「コウちゃんもゲロ吐きそうなくらいキモいゾ♪」
「よーしこっち来い星の彼方まで吹っ飛ばしてやる」
俺はバキバキと指を鳴らし、変態へと近づいていく。
その時背後でソラさんと魔王が小さな声で会話を始めた。
「あの、魔王さん」
「なんじゃ」
「魔力を吸収してるってことは、もうドラゴンの姿に戻れるんじゃないですか? どうして……」
「ふん。頭が良いというのも考えものじゃな」
「ご、ごめんなさい」
「最初貴様らに会った時、とんでもない連中がこの世界に来たと恐怖し、対抗心を燃やした。その想いは今も変わっておらん」
「…………」
魔王の言葉に無言になるソラさん。俺は変態をやっつけながらその話に耳を傾けた。
「しかし今は少し認識が変わっておる」
「認識が変わった……ですか」
「ああ。貴様らは倒す価値もない変態だとわかった」
「ええええ……」
「ふん」
がっくりと肩を落としてしょんぼりと眉をひそめるソラさん。魔王はそっぽを向いている。
しかしその耳は赤く染まり、その様子にソラさんも気付いていた。
「……ふふっ。魔王さん耳が真っ赤ですよ」
「そっそういうことは気付いても言わないものじゃ!」
「えへへ。ごめんなさい」
どうやら二人の会話も一段落したようだ。俺は魔王の言葉に安堵のため息を落とすとにこやかに変態を持ち上げてプロレス技をかけた。
「二人とも、行くぜ。今日この街に泊まったらいよいよ魔王城だ」
「あっはい。とりあえず姉さんを降ろして頂けますか?」
「しょうがねえな」
「パンティが伸び伸びになってる。もうこれパンティじゃない」
ソラさんに言われた通り変態を下ろすと、変態は四つん這いになってこれまでないくらい落ち込んだ。
「パンツで落ち込むんじゃねえ! そう思うなら脱げよ!」
「やだ!」
「即答!」
こうして俺たちはいつも通りのペースで、少しだけ変わった魔王と一緒に今日の宿へと歩き出す。
ソラさんと繋ぐ魔王の手に少しだけ力が入っているように見えたのは、恐らく俺の気のせいではないだろう。
俺は気付かなかったふりをして、宿に向かってさらに足を踏み出した。