第二十四話
シルバーウルフを酷い倒し方してしまった俺たちは悪目立ちを恐れて逃げるようにサンスターズを後にして街道を歩いていた。
遠くには白塗りの壁が特徴的な街が見えるが、どんな街かはわからないな。
「魔王。次の街はどんなところなんだ?」
「魔力の降る街マナルートじゃな。淡い黄緑色に光る魔力が空から降ってくる珍しい現象が特徴じゃ」
「へぇ。めっちゃ綺麗な雪みたいなもんかな?」
「その理解で大体合っておる」
魔王は腕を組みながらこくこくと頷く。
そんな魔王の話を聞いたソラさんはうっとりと両頬に手を当てた。
「なんだか素敵そうな街ですねぇ」
「ああ。ロマンティックな私にぴったりだ」
「そうだな。お前はある意味ロマンに生きてるよ」
「コウちゃんが肯定を!? まさかデレ期!?」
「一生ないので安心してください」
「敬語だ!?」
「で、この街を過ぎれば魔王城じゃ。気を抜くなよ」
魔王はうんざりとした様子で街の向こうにある魔王城を指差す。
漆黒の城は山の中腹に聳え立ち、遠目でも圧迫感があった。
「いよいよ魔王城か。なんか緊張してきたな」
「うむ。なんか興奮してきた」
「すんな! 今興奮する要素なかったよね!?」
「魔王ちゃんのお家に行くんだから興奮するに決まってるだろう」
「魔王城への解釈が斬新すぎる!」
「照れるなぁ」
「褒めてねぇ!」
「そうこうしているうちに着いたぞ。ここがマナルートじゃ」
「おおっ!? なんか、すげぇ……」
「綺麗ですねぇ」
魔王に促されるままに前を向くと、黄緑色に淡く光る雪のようなものが街の上空からゆっくりと降り注いでいる。
地面に積もるようなこともなく、人々が普通に暮らしているところを見るとどうやら人体には無害なようだ。
「ひゃっほーい! まるで私を照らし出すスポットライトのよう! さあ淡い光の中の私を見るがいい!」
「おわーっ!? 変態だ!」
「みんな逃げろ!」
街のちょっとした時計台に登って両手を頭の後ろで組み、頭部のパンツを強調するようなポージングを取る変態。街の人々は変態を指差すと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そりゃ逃げるわ。
「航太よ。変態が喜んでいる姿というのはこんなにもつらいのじゃな」
「そうだね。目が腐るほどにね」
「ふ、二人とも見てないで姉さんを止めてください!」
「「近づきたくない」」
「満場一致!?」
俺と魔王は同時に目の光を無くす。こんなにも美しい街であそこまで汚らわしいものを見るとはな。
その時逃げていく街の人々に興奮して満足した変態は時計台を降りてキラキラと魔力を纏いながら駆け寄ってきた。
「みんなぁー! 私の鬼気迫るステージ楽しんでくれた?」
「うぉら!」
「さぱっぷ!」
俺は右拳に全ての力を集中して変態の腹部へと突き出す。変態の体がくの字に曲がった。
「え、えげつないボディブローが入った」
「まあ効かないじゃろうな」
「残念。それは私のパンティ分身だ」
変態はまったく効いていない様子でいつのまにか俺の後ろに立っていた。
「そうだね。とりあえず忍者に謝れ」
「すまぬ」
「古風! ってお前の相手してる場合じゃねんだよ。今はこの景色を楽しむの!」
こんなに幻想的な風景そうそう見られないぞ。白を基調にした中世ヨーロッパ風の建物も綺麗だし、降ってくる魔力と相まって実に良い景色だ。
「ソラも見ておくがいい。それとも綺麗すぎて声もでないか?」
「あ、あ……」
魔王の言葉に反応を返せずにいるソラさん。なんかぼーっとしてるみたいだな。
「ははっ。綺麗すぎて声も出ないか。無理もな……」
「嗅がせろー!」
「なにごと!?」
突然俺に抱き着いてくんくんと鼻を鳴らすソラさん。てかいい匂いがするやばい。でも嬉しくない何これ。
「おや。ソラってば積極的」
「いや冷静かよ! なんで俺くっつかれてんの!?」
「くんくん! くんくんくん!」
「なんかやばい目ぇしてるよ!? なんかやばい目ぇしてるよ!?」
ソラさんの目が明らかに正気じゃない。俺がそれを指摘すると変態はうんうんと頷いた。
「大事なことなので二回言ったんだね。偉いぞ! 偉男!」
「誰が偉男だ! つうかソラさんどうにかして!」
「ソラはいつも通り、なんの異常もないが?」
「くんくん!」
「異常しかねえだろ! ソラさん目ぇぐるぐるになってるよ!?」
「くーん!」
「うわ四足歩行で逃げた!? 追いかけるぞ!」
「捕まえてエロいことするんですね」
「捕まえて正気に戻すんだよ! いいから早く来い!」
「やれやれ」
俺は肩をすくませて顔を横に振っている変態をぶん殴りたい衝動を抑えながら逃げ出したソラさんを追いかけた。
「もぐもぐ! もぐもぐ!」
「ワアアアア!?」
店先の商品勝手に食ってる! オオカミ少女もびっくりの野生だよなにこれ!
「おいおいこの姉ちゃんどうなってんだ!?」
「ごめんなさいごめんなさい! これお代ッス!」
俺はペコペコと頭を下げ、お金を店主のおっさんに押し付ける。申し訳ないがとにかく弁償はしないといけないだろう。
「はっはっは。会計前に肉を食うとはやるなソラ」
「もぐ」
「とりあえず一旦食べるのやめようか!?」
「もぐもぐ!」
「やめなさい! とにかく一旦落ち着いて!」
「がぶっ」
「ぎゃー!?」
ソラさんに噛まれた! 女子と手をつないだこともねえのに噛まれるのが先だったよ死にたい!
「ふむ。これはご褒美だな」
「こんな特殊なご褒美はいらねぇ!」
「がじがじ」
「痛い痛い!」
やばい。ソラさん全然甘噛みしてくれない。手がボロボロなんスけど。
「ああ、そういえばソラはさっきお腹空いたって言ってた」
「く、食われる!? ええい、放しなさい!」
「ふにゃー!」
俺は心を鬼にして腕を振り回し、ソラさんを引き剝がす。
しかしソラさんはすぐ俺に飛びついておんぶのような姿勢でしがみついた。
「くんくん! くんくんくん!」
「ああ、もう。離したと思ったら匂い嗅がれてるし」
「無理もないな」
「そんなに俺って臭い? ねえかなりショックなんだけど」
「臭いというか、嗅ぎたい」
「それはお前の欲望だろ!?」
「失礼な! 私はパンティを食べたい! ソラは匂いを嗅ぎたい! そこには違いしかないだろうが!」
「同列でアウトだよ! いや、ハナ差でお前のが変態かな!?」
「真剣に考察しているようじゃが、ソラがいないぞ」
「うぉぉい!? どこ行ったんだあの子!」
そういえば背中から重みが消えている。キョロキョロと周囲を見回すと花屋の店先で暴れているソラさんが視界に入った。
「きゃああああ!? 花が、売り物の花がめちゃくちゃに!」
「ああもう。勘弁して下さい……!」
俺は痛くなってきた頭を抱えながら、どうにかソラさんの首根っこを捕まえる。
結局その花も全て弁償し、俺は一生分くらい頭を下げた。