第十話
ソラさんの本性を知った俺はふらつく体をどうにか支えながら広間へと戻った。
「ああ、疲れた。風呂入っただけなのになんかもう、疲れた」
「??? どうしたコウちゃん。お腹痛いの? パンティ飲む?」
「薬みてぇに言うな! 今お前にツッコんでる場合じゃねえんだよ」
「私にツッコむとか、下ネタかね? キレがないな」
「ちげえしダメ出しすんな!」
「出したいのは白いやつですもんね」
「うるせーよ! なんか頭痛くなってきた。俺も部屋帰るわ」
変態に付き合ってたら余計具合が悪くなってきた。もう寝よう。
「ちゃんと出すのよー」
「何を!? いややっぱ言うな!」
「もちろんコウちゃんのエナジードリンクさ」
「言うなっつってんだろ! おやすみ!」
「おやちゅみー」
俺は何もかもを振り切るようにベッドに潜り込み、疲れのせいかすぐに眠りについた。
「ふぅ、爽やかな朝だ。広間に差し込む日の光が気持ちいいぜ」
翌日の朝。すっかりリフレッシュした俺は広間の窓から差し込む日の光に目を細める。
本当に良い朝だ。昨日までの疲れなんて嘘のようだな。
「ま、ままま魔王ちゃん! 私は、私はねぇ!」
「ぎゃああああ! スカートに頭入れるなぁ!」
「台無しか! ちったぁ静かにしろド変態が!」
「私を罵倒する気か!? ハァハァ、いいだろう、受けて立つ!」
「ハァハァすんな! お前罵倒されて興奮してない!?」
「それはわからんが、何かが昂ぶっているのは確かだ」
「興奮してんじゃねーか! これはもうダメかもわからんね!」
「なんてこと言うんだ。必殺パンティクラッシュをくらわすぞ」
「パンティクラッシュって何!? それパンティ破れちゃうんじゃない!?」
「あっ」
「今気付きましたみたいな顔すんな!」
「大丈夫だ。パンティは刻まれても味わえる」
「味わえねえよ! ああもう、朝から疲れた……」
俺はがっくりと肩を落とした。どうやらこいつと一緒にいる限り爽やかな朝とは無縁らしい。
「疲れたのかコウちゃん。栄養が足りないんだな」
「常識が足りないんだよ」
「おはようございます皆さん」
「おっおう、ソラさんおはよう」
俺は背後から聞こえた声にドキッとしながら振り返ると、すっかり身支度も済ませているソラさんの姿があった。
昨日の事件から気まずくなっている俺を見ると、ソラさんは頭に疑問符を浮かべながら近づいてきた。
「ち、近いよソラさん。近いって」
「そうですか?」
「そうだよ。あ、そ、そうだ。そういや今何時くらいだろうな? 腹減ってきたぜ」
俺は若干無理やり話題を逸らした。
「なるほど。確かに時計がないと今の時間もわからんな」
「えっと、今は朝の十時ですね」
ソラさんはポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで時間を確認した。
スマホ……そっか、電波はなくても時計がわりにはなるもんな。確かに俺のも十時になってる。
「おおっ!? な、なんじゃその光る板は! 初めて見るぞ!?」
「あ、そっか。魔王はスマホなんか知らないもんな」
驚いた様子の魔王。そりゃそうか。異世界にスマホなんざあるわけがねえ。
「すまほ? すまほとはなんじゃ」
「この板どうしで通話ができる道具なんです。今は時計とカメラ機能くらいしか使えないですが」
「かめら? かめらとはなんじゃ?」
「カメラは……えっと、実際に見てもらった方がいいですね」
ソラさんは困ったように笑うと、魔王に向かってシャッターを切った。
「まぶしっ!? 貴様いきなり何をする!」
「ほら。こうして姿を板の中に残すことができるんです」
「ふぉぉぉ!? 板の中にわしがおる! すごいすごい! すごい道具じゃな!」
魔王はソラさんからスマホを受け取ると、興奮した様子でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「はしゃいでる魔王ちゃんマジかわゆ」
「同意はするがお前と一緒にされたくないと思うのは何故だろうな」
「男の子だからだろう」
「常識があるからだよ! お前の“可愛い”には邪な何かを感じる!」
「馬鹿な。私はただ魔王ちゃんのいけない写真が欲しいだけだ」
「アウトォぉぉ! それ思い切りアウトだからなお前!」
「こんな私を認めない世間が悪い」
「俺は今犯罪者が生まれる瞬間を見た」
「もー冗談だよコウちゃん。そんなのちょっとしか思ってないって♪」
「ちょっとでも思うなよ!」
「おおーっ! 凄いな! 貴様は写真写りがよいのぉ」
「ふふっ、ありがとうございます」
魔王はスマホの使い方を覚えたのか、パシャパシャとソラさんの写真を撮っている。実に楽しそうだ。
「あっちはあっちで穏やかムードだな。よかった」
「魔王ちゃん魔王ちゃん。コウちゃんのケータイでは連写も撮れるんだよ」
変態は突然俺のスマホを取り上げると、魔王へと手渡した。
「いや連射なんかどのスマホでもできるんじゃね!? ていうか勝手に渡すな!」
「ふぉぉ……! すごいのぉ」
「さあ撮って! 私をもっと撮って!」
ポーズをとる変態と連射でシャッターを下ろす魔王。地獄がそこにあった。
「やめろぉ! よりにもよってそいつを撮るな!」
「もの凄い躍動感じゃ」
「魔王さん勘弁してください! もうそのスマホ変態の画像でパンパン!」
「まあ冗談はこのくらいにして、朝食を食べに街へ行くぞ」
「冗談だったの!? 冗談じゃねえよ! ああもうデータ消すの面倒くせえ!」
魔王からスマホを奪い返した俺は半泣きになりながら変態の写真を削除した。
「ま、まあまあ。とりあえず行きましょう?」
「よし! まだ見ぬ朝食へさあ行くぞ!」
俺が写真を消していると、霧咲姉妹が俺の首根っこを掴んで引きずっていった。
「うぉうっ!? ふ、二人で引っ張らないで。あああああ……」
「意外と強引じゃな人間」
のんびりとした魔王の声を背に受けながら、俺は霧咲姉妹に街へと引っ張られていった。