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第三十九話 越前動乱

 なんだろう、焦燥感にかられる。

 大事なことを忘れているような、そんな感覚。

 何を忘れている? 親父は鎌倉入部を果たして得意の絶頂だ。概ねうまくいっている。

 俺は世子として扱われていて、廃嫡などされていないし、京の清丸は日野富子にことのほか可愛がられているらしい。潤丸はすくすく育っている。あの義母もあたりが柔らかくなっているような気がする。あとは傅役の・・・潤丸の傅役って誰だったっけ。


「旦那様」

 そのとき、部屋の外から呼びかけられた。

「ん? 何だ?」

「かつでございます」

 俺の妻の一人、本願寺の娘、勝であった。


「入っていいよ」

「はい」

 墨染の衣をまとった、禿(かむろ)姿の少女が入って来た。流れるような所作で、板戸を閉める。

 勝子は、表情のない白い顔をしていた。


「何があった?」

「本泉寺の兄からの手紙が来ました。富樫様、が大乱の原因を作った甲斐八郎殿の身柄を求めて越前に攻め入りました。朝倉孫右衛門尉殿は討ち死になされ、一乗谷は富樫様と吉崎の門徒が占領しているよしにございます」

 勝子が封書を俺に渡してきた。読めということだろう。


 差出人は、蓮如の七男の蓮悟であった。内容は勝子の言う通り、いや今後に関する調整の懇願ともいうべきか。あまりにも、朝倉氏があっけなく敗走したために、引っ込みがつかなくなったようである。とりあえず、一乗谷を占拠したものの、事態の収拾に手間取っており敦賀に避難した朝倉家の反攻、将軍家の問責、叱責、譴責、さらには討伐までもが予想されるので、勝子の縁者たる関東公方家にとりなしを求めているらしい。とりなしは良いが、言い訳によっては矛先が関東に向かう覚悟もいる。


 取り敢えず、裏は取っておかないとな。

「ツツ丸。わかるな」

 呟くように言うと、ツイーツイと鳥の鳴くような声がした。ツツ丸の合図である。


 さて、扇谷上杉は定正が死んで弱体化した。改めて臣従している。

 関東管領家、山内上杉家は当主の常軌を逸した行動で求心力が弱まっている。

 逆に関東公方家は、古河公方当主が頓死したこともあり、相対的に株が上がっている。しかし、株が上がっているのは、征夷大将軍義尚も同じである。むしろ、六角討伐を成し遂げたことによって権威は大御所義政時代よりも上になっている。下手な嘆願などすれば逆鱗に触れかねない。


 手紙を読み返しながら、呻吟していると、瞬きもしない勝子の眼に気が付いた。くしゃっと頭を撫でる。

「大丈夫だ、なんとかなる」

「はい」

 腕の中で小さく震えだした勝子の頭を何度も撫で続けた。 

 


 さて、下手な手紙を書いて将軍の逆鱗に触れたら、今はまだ関東は幕府に対抗することはできない。

 幕府が鎌倉討伐の兵を起こすとき、その先駆けは間違いなく伊勢新九郎だ。俺はあの男には勝てる気がしない。

 大体、領国はあっても、兵はいない。前線指揮官もいない。周辺の大名に期待するしかない。戦争なんか無理だ。

 北国はもうすぐ雪に閉ざされる。冬の間に、公方様を説得できるだろうか。これは、直接行かなければだめかもしれない。


 現状でまとまっているのは伊豆くらいだろう。

 古くからの伊豆石に加えて、新たに金銀と共に塩、清酒、焼酎、樟脳、石けんという新しい産物により、産業が活性化されている。最近では、俺のことを『伊豆様』などと呼ぶものもいるという。韮山の町が広がっているらしい。町が広がるのは良いが、田は潰すな蔵は高台に作れと命じているから、地震・津波対策にもなっているかな。古奈温泉の宿も増えていると聞く。関銭、棟別銭、は増収の一途であるそうだ。山一つ越えるが、長岡も温泉があるから、別荘地を作るのも良いかもしれない。今のところ国人衆からの不平不満も聞こえては来ない。兵を集めるなどと言い出したらそれもひっくり返ってしまうだろう。


 相模はどうか。鎌倉入部を果たして、関東公方家は勢いがあるとみられている。守護に三浦、守護代に大森を据え、安定しているように思われる。三浦家と大森家は婚姻関係もあり結びつきも強い。相模の東西で勢力を二分している状況である。三浦家は悲願の守護職に就いたこともあり、非常によく言うことを聞いてくれる。里見を抑えたこともあり、内海(東京湾)南半の制海権は三浦の物と言っていいだろう。糟屋の扇谷上杉家もしばらくは大人しいだろう。大森家も扇谷の安定には尽力してくれるはずだ。三浦は兵を出してくれるかもしれない。しかし、二千がいいところだろう。


 武蔵、安房はどうか。

 無理だ、鎌倉府の威光など浸透していない。

 合戦があって、勝った大名、負けた大名、それだけだ。

 兵を出させるなど、あと何年かかるやら。武蔵の南端にようやく地保を築きつつあるところだというのに。六浦湊は川の土砂でいずれ使えなくなる。神奈河はもう横浜がとって代わっている。これからなんだ。


 常陸、上総、下総、下野ははっきり言って敵国だ。甲斐は、延々と身内同士で小競り合いが続いている。

 他には、山内上杉家、あれは、幕府につく。今までも、常に関東の戦では幕府側だった。次があれば、次も同じだろう。

 先鋒の今川に叩き潰される未来しか見えてこない。

 そうならないためにも何とかせねば。


 鎌倉府の自室で話を聞いた親父は、言った。

「お勝と離縁しろ。さすれば、北国のことは他人事になる」

「そんなことをすれば、満天下の笑いものになります!」

「いやか」

「当たり前です」

「ふむ。まあ、富樫殿からの文が来たら考えるとするかの」

 見事に先送りされた。


「上洛せねばと思っております」

 居ずまいを正して、親父に話しかける。

「成算はあるのかの?」

「富樫殿は、浄土真宗と結んで強力な軍であることを知らしめました。いえ、天下に広めてしまったのです」

「ふむ」


「加賀の北は、能登、越中。畠山の領国にございます」

「管領畠山殿か、討伐をと叫びそうじゃの」

「ですから、細川殿を動かせればと思います」

「畠山の不幸は、細川の幸福というわけじゃな」

「というわけで、潤丸を連れていくべきかと思っております」


「ぬ・・・」

「母上の説得、なにとぞよろしくお願いいたします」

 親父は、露骨に嫌な顔をした。聞くところによると、義母は鎌倉府に移って以来、潤丸にべったりなのだそうだ。三管領家の中でも筆頭の権力を有する細川家の当主になろうというのだ、現当主の政元の元で育てたほうが良いには違いない。義母には辛いだろうが・・・いっそのことセットで京に連れて行くかね。

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