表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/69

第二十五話 戦雲迫る今川館

 里見の追っ手(?)を引き離し、城ケ島を波除けにした三崎南湊に入ったのは、翌払暁後であった。三崎周辺は海岸は岩場だらけで、暗い中で船を動かし座礁するなどもってのほかなのだ。

 そして、城ケ島砦で待ち構えていた、関戸播磨守に捉まりしこたま絞られた。新型船の試験航海はその日のうちに寄港する予定だったのだ。


 その横では、正木監物が三浦の御隠居にお主が付いていながらと、絞られている。

「播磨、頼みがある」

 一息入ったところで、口を挟んだ。

「なんでございましょう」

「水夫達に江川の澄酒を飲ませる約束をしている。飲ませてやってくれ」

 それで、また怒られた。


「おお、器の底が見える。こんなきれいな酒は初めてですよ、御曹司」

「本当だ」

 口々に江川の澄酒を賛辞する水夫達。すでに樽の口が開いており、あまり量はなかったが、一合升で一杯以上にはある。


「ああ、でも若様。あの上手回しってのは気持ちいいですね。風上に向かっても漕ぎもせずに進むってのは堪らねえ心地よさで」

 そうだそうだと、水夫連が異口同音に同意を示す。

「その代わり、帆の向きを変えたり動かぬように抑えたり、風向きを子細に見るという、今までにやっていないこともしなければならないだろう?」

「それでも漕ぎっぱなしに比べれば雲泥の差ですぜ」


「ただ、風の強いときは帆柱を持っていかれそうになる。廻船に使うなら帆柱はしっかりと付けたほうが良い」

「それに、揺れも大きい。船底に錘でも付けたほうが良いんじゃねえですかい」

「錘なんぞ付けたら、詰める荷が減るだろうが」

「舵を切ったときに傾きすぎて、荷が落ちたり、船が沈んだりするよりは良いでしょうよ」


「儂は、もっとあの船を作ろうと思っておる。みな、思うところをもっと聞かせてほしい」

「へい!」

 城ケ島砦の広間に海の男たちの蛮声が響き渡った。

「播磨、アレも開けろ」


あれ(・・)でございますか?」

「ああ、カス取り焼酎だ」

「一応持って来てはおりますが、・・・ 酒としてはただ、強いだけのものでございますぞ」

 いつのまにか、水夫に混ざって酒杯を重ねている三浦家の御隠居を顎で指した。

「ああいう御仁は早く潰すに限る」


「さあ、皆、これを見ろ。江川の新しい酒だ。澄酒とは違うがこれも澄酒だ。酒精が強いが飲みたい奴はいるか」

「おお、俺が、俺が飲みますよ。若様」

「なんだ、監物か。三浦の家は呑兵衛がそろってるな。ほれ」

 一合升に、酒粕に水を加え圧搾して絞って蒸留した粕取り焼酎を入れて、監物に渡す。監物は止める間もなく一気に升の酒をあおり、そして盛大に(むせ)た。


 ゲホゲホと咽る監物を言葉もなく見つめる一同。ようやく、収まると、監物はきらきらとした視線を向けてきた。

「すげえ、すげえですよ若様。こんな強い酒飲んだのは初めてだ」

 そうだろうな、五回も蒸留したって聞いたぞ。


「おめえら、こいつはすげえぞ。一気にカーッとくる」

「おお、そうか俺にもくれ」

「なんだ、ご隠居。年寄りにはこの酒は毒だぞ」

「なに言ってやがる、さっさと寄越せ」


 三浦の御隠居も盛大に咽る。

「ははは、年寄りには無理なんじゃねえですかい」

「ああ、言ったな。おめえが飲んでみろ」

「待ってました!」


 一気にあおって盛大に咽る。その繰り返し。大騒ぎ。

 本当は傷口を消毒するためのものなんだけどな。ま、いいか。

 俺は酔っぱらった三浦聖庵(みうらの御隠居)にあることを約束させる。



浦の介(うらのすけ)様ぁ。ご機嫌はいかがですか~」

 堀越の一室で、お松が赤子の世話を焼いている。お松の子ではない。もちろん俺の子でもない。

 先の三浦介、三浦の御隠居が遅くに作った男子である。後の名前は三浦高教。彼の事跡はほとんど伝えられていない。


 三浦聖庵は、養子の高救やその嫡子義同と折り合いが悪く何度も争っている。だが、それは相模の安定のためには都合が悪い。守護家が内訌などあれば、それこそ周り中から狙われる。そこで、隠居の聖庵とその子とその母、ごと堀越に引き取ったのである。


 聖庵は親父の御伽衆という位置づけである。また、親父の側室の一人が臨月近いこともあった。赤子の世話の予行演習という意味合いもあった。この子は、史実では常陸の小田家に養子として入り、小田家中興の祖と言われるほどの活躍をするはずだったが、今回はどうなるのだろう。


 その聖庵は、俺と親父と密談中である。

龍王丸たつおうまる殿は十七になられたやに聞いています」

「小鹿殿は相変わらずか」

「北川殿にしてみれば気が気ではなかろう」


「駿河一国と副将軍の家、新五郎殿に背負いきれますかな」

「代守護としてこの十年、目立って功績があったわけでもございません」

犬懸いぬかげの爺(上杉政憲)の縁者だから、引き立ててやりたい気持ちはあるが」


「理は、龍王丸殿の方にあります。先代公方様の御内書まであるとか」

「では、新五郎が龍王丸を攻めれば謀反人ではないか」

「ですから、自分からは攻めず、安部川の対岸、狩野山砦に兵を集めているとか」

「強引に通るには相当な兵力が必要。安部川を挟んで駿河が東西に分かれて戦うか」


「ですが、小川湊近くの石脇城に、伊勢新九郎が入ったそうです」

「なんじゃ、その伊勢新九郎とは?」

「幕府執事伊勢の分家筋とか。北川殿の実弟だとか」

「ふむ・・・」


「犬懸の爺についてですが、新五郎殿の妻子を庇い犬懸の養子に入れるのは如何でしょう」

治部少輔いぬかげのじいは、後継ぎはおるのか?」

「はて、聞いたことがないですね」

「では、決まりじゃな」


「して、何時になる」

「おそらくは、年貢納めの時期も終わる11月の満月前後の大潮に合わせて安部川をさかのぼり、深夜に館に攻め込むものかと」

「よし、そのように準備しよう」


 俺は、江浦えのうら三津の楠美宗右衛門丞を呼んだ。


「これは、これは、御曹司。やつがれに何の御用事ですかな」

 楠美宗右衛門は、堀越で顔を合わせることが多くなったが、今川館への出入りを止めた訳ではない。両属というやつである。俺が龍王丸の家督相続を示唆したものの、一向にその気配がないので戸惑っているのだろう。

「小川湊へ向かう。それなりの人数を連れていく。無事に丸子谷まりこだにに入れるよう手配いたせ」

「ま、丸子谷にございますか」

 素っ頓狂な声を上げた。


 丸子谷とは、龍王丸が母とともに逼塞する地のことである。

「うむ。龍王丸殿も元服を迎え、いよいよ今川の家督を相続なされる」

「なんと!」

「小川湊の長谷川法栄とは、懇意にしていよう。まずは、小川湊に話を通せ。十一月九日には小川湊に大舟を入れる。宿の手配を良しなにとな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ