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プロローグ

原則土曜の18時に投稿したいのですが、今までを考えるとどうなるかわかりません。書き溜めもないも同然ですし・・・

少しでも、興味を持っていただければ嬉しく思います。

 荒く息を吐き、ピンク色の妄想を脳裏に描きながら、ベッドの上で右手を動かす。

 やがて、その時が来て、妄想は白金の光に塗りつぶされ、海老のように体が跳ねる。

 ふわっと宙に浮かぶような感覚とともに、ドスンとベッドから落ちた。まだ、体が揺れている。

 可怪(おか)しいと気が付いた。俺がドジっただけではない。

 これは、地震だ。ベッドから落ちた姿勢のまま、慌てて半脱ぎのズボンをたくし上げる。

 その所作も終わらぬうちに、一際大きく床が揺れて、一拍後に、大量の本が体中に落ちてきた。やばい、百科事典数冊分の巨大本『戦国誌クロニクル』が置いてあったはず。あんなものが頭にでも当たったら・・・。運悪く後頭部に何かの辞書のような、重く堅いのが後頭部にぶち当たり、意識は刈り取られた。


 おっおっあっ。自分があげた押し殺した叫びに、はっと目を開ける。

 目の前に、絹布を口に当てていた女がにっと笑った。

「若君様。御立派でございました」


「あ、ああ・・・」

 訳も分からず、相槌を返してしまう。

 女は絹布を、口から放し、両手をついて深々と礼をする。


「若君のお初を戴き光栄でございました。では、お休みなさいませ」

とそのまま部屋を出て行ってしまう。

 とん。次の間の襖が閉まった音で我に返った。


「なんだ? あれは誰だ? いや、ここは、どこだ?」

 三方が襖、板戸に囲まれた部屋。床は板張りである。フローリングという雰囲気ではなく無垢の板を使っているようだ。古い民家の廊下のような。薄暗く、揺れるような明かり。見ると、小さな皿に小さな火が灯っていて、時折炎が揺らめいている。


 どう見ても、現代風の部屋ではない。

 今の今まで寝そべっていた布団にしてからが、えらく簡素な造りである。その感触から敷布団は、藁束を麻布で包んで、その上に絹をかぶせたものらしい。肌触りは良いが、中身はごつごつごわごわしている。掛布団は、すっかりはだけたままだったが、かいまきのような、形をしている。


「あれ?、・・・俺の声」

 口に出した拍子に自分の声に気が付いた。やけに甲高い、子供のような声。声変わり前のボーイソプラノじみた声。 

 訳が分からない。いつ俺は子供になった?

 そりゃ、子供に戻ってやり直したいと思ったことは一度や二度ではないが。

 だが、コレはどういうことだ。


 ふと、股間に風を感じて下を見る。

 何かで濡れているそこは、あるべきものが生えていなかった。

 しかも、自分のものにしては、立派過ぎる。


 えーと、若返り?

 まさか?

 寝巻で局部を隠しながら頭をひねる。


 その時、襖の向こうに人の気配がした。

 可怪(おか)しい。何故板戸の向こうに人がいるのがわかるんだ?

 俺はそんなに敏感だったろうか。


 心の昂ぶりを抑えるような、壮年の男の声が聞こえた。

「若様、・・・丸様。起きていらっしゃいますか」

「起きている。何があった」

 考える前に、返事をしていた。


「・・・御台さまがお呼びでございます」

「母上が? お具合はいかがか」

 考える前に、答えている。俺がではない。俺の今の体がだ。

「薬師の言では今夜が山と・・・」

「そうか。・・・・案内を頼む」


 初老の侍(ちょんまげだったから侍だろう)の後に続いてひんやりとした廊下を歩きながら、御台様、つまり、御台所とは、将軍の正室のことである。史上初めて御台所と呼ばれたのは、北条政子であった。それを俺は、母上と呼んだ。であれば、俺は将軍の息子? いや、まさか。


 次の間から女中が入ってきて身形みなりを整えてくれる。

 冷たく暗い廊下を何度か曲り、板戸の前で、その侍が膝をつき、中に呼びかけた。

 何言かやり取りがあって、俺は中に入った。俺を呼びに来た侍は、入口のすぐ脇に、端座している。


 部屋の中央にきれいな布団が敷いてあり、女性がそこに寝ている。俺は、枕元に座ると呼びかけた。

「母上」


 俺には見覚えのない女性だったが、その人が自分の母だということは知っていた。

 暗い灯りしかなく定かには分からなかったが、その人の顔はひどくやつれていることは分かった。

 その人は、俺の呼びかけに、目を開き、俺の目を覗き込んだ。


「ちゃちゃや、母は長くありません」

「そんな、母上」

「お前の元服が見たかった・・・」

「・・・・・」

 母が、言葉を繋ごうとして咳き込む。


「良いですか。 治部少輔殿の言うことをよく聞いて励むのですよ」

「はい・・・」

「何かあれば、御義兄様(おにいさま)、山内家を頼りなさい」

「はい」


 母の眼を見ながら、そっと差し出された痩せ細った手を握り肯いた。

 母は、目を閉じ、眠ったようだった。

 そして、その夜の内に逝ったのだった。


 葬式などがあり、武家の式服らしきものを着せられ、あちこちと傅かれながら、俺は、呆然と流されるままにいた。

 俺の体が、どこの誰なのか、体の記憶が教えてくれた。

 足利茶々丸(あしかがちゃちゃまる)、第二代の堀越公方。史上稀にみるDQNと俺は思っていた。

 そして、俺の最も好きな戦国武将、北条早雲の最初の踏み台となって、若い命を散らした、悲運の武将である。



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