中編(1)
「そこになおれ琉詩葉! お前にも今一度、正しい作品、悪い作品というものの区別を叩きこんでくれるわ!」
冥条獄閻斎は、怒りに燃える目で孫娘の琉詩葉を見据えながら、荒ぶる声でそう告げた。
昼間みてきた警察ロボット映画のあまりの老害っぷりに、すっかり気持ちが後ろ向きになってしまった老人の内で、プチンッ!
怒りと悲しみが感情の極限に達してしまったためだろうか、老人の脳内で物事の因果律を制御する機能が掠れた音をたててシャットダウンした。
みょみょみょみょ~~~ん……
「あれ……目の前が、なんだかおかしい……」
老人の視界が変な効果音と共に、グニャリと歪んでいき意識が薄れていくのがわかった、次の瞬間には。
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「うううう、くだらない……でも嫌いになれない!」
ふと気がつけば、何かの拍子に時空の歪みに巻き込まれたのだろうか。
聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎は映画館のスクリーンに流れるエンドロールを前にして、呆れ果てたような、それでもどこか昂ったような溜息を漏らしていた。。
ゴールデンウィーク明けのたまりにたまった激務をどうにか大方かたずけることが出来て、休日が手持無沙汰になったこの老人は、孫娘の琉詩葉と一緒に、警察ロボット映画『イージー』を観るために『イオンシネマ多摩センター』まで足を運んでいたのである。
正直このシリーズ、もうかれこれ40年近く前の傑作メディアミックス(死語)シリーズがまたまたアニメでリビルドされるという話を聞いた当初から、獄閻斎はかなり不安だった。
10年前の実写版でさんざん寒い思いを味わわされた獄閻斎としては、もう今さら何をどう作り直したって、昔は才気に溢れていたお年寄りのクリエイターたちの慰みものしかならないのではないか、そこに獄閻斎と同じようなお年寄りのファンが押し寄せてあーだこーだ言う、極めてクローズドな虚しいお祭りにしかならないのではないか、ヒシヒシとそんな予感がしていたのである。
それでもヨーチューブで拝見した公開前の監督のインタビューでは、かなり色々考えて戦略的に作っている様子がうかがえたし、実際公開初日にSNSの「X」で流れて来る感想は「最高に狂ってる」「頭おかしい」「正気の沙汰ではない」といった、なんだか逆に興味をかきたてられるような熱狂的な感想も多く、だったらちょっと見てみようかと、老人は孫娘を連れ、映画館を訪れたのである。
だが……
「な……なんじゃこりゃー!」
スクリーンで展開されていく光景の数々に、獄閻斎は驚愕の声を上げた。
「酷い、確かに酷い。だが嫌いになれない……好きだ!」
老人は胸に溢れて来る二律背反な感情を整理するのに必死だった。
元々このシリーズ、後の劇場版で世評が高まったため忘れられがちではあるが、80年代のエリートオタククリエイターたちが悪ふざけで始めたようなところがある作品ではあったが……
今回はあえてソッチの方に……80年代のオタク悪ふざけをトレースしたような思いきり酷い(←一応ほめてます)方向に振ってきたのである。
(つづく)




