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前編

注)文中に映画のネタバレが含まれます。

「ち……()げーよ絶対(ぜってー)! こんなん、わしが好きだった警察アニメじゃねーよぉ!」

 聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎めいじょうごくえんさいが映画館のスクリーンに流れるエンドロールを前にして憤怒の呻きを漏らした。

 ゴールデンウィークの間に片付けるはずだった理事長執務が意外にパタパタと終わり、休日が手持無沙汰になったこの老人は、孫娘の琉詩葉(るしは)と一緒に、警察ロボット映画『首都騒乱』を観るために『イオンシネマ多摩センター』まで足を運んでいたのである。


  #


 正直このシリーズ、四半世紀前の傑作メディアミックス(死語)シリーズが実写でリメイクされるという話を聞いた当初から、獄閻斎は大いに不安だった。

 あの、まとめて読むと本当に面白いコミック版とか、神が降りているとしか思えない大傑作の劇場版二部作とかに当時ドップリ嵌っていた獄閻斎としては、

 「今更実写化とかしてもショボイ思いするだけじゃね?」的な疑いの念を拂拭できなかったのである。

 そしてドラマシリーズの先行上映が終わり、リリースされたDVDを観る頃、老人の悪い予感は意外な方向に、というか微妙に右斜め上な方向に裏切られていた。


 意図的に、思い切りショボイ方向に振って来たのである。

 コミック版とか劇場版ではなく、あのいいかげんな初期ビデオシリーズを彷彿とさせるユルーイ出来栄えだったのだ。


「成る程、こう来おったか……」

 そう驚嘆の声を上げ、毎話毎話かまされるベタベタなギャグにキッチリ笑わせられつつも、獄閻斎は微妙な思いだった。

 四半世紀前の当時から「お金なくて苦し紛れに作ってるんだろなー」と笑いながら見ていたユルーイ話の数々を、何故今わざわざ金かけて実写でやりなおす必要があるのか。本当にそんなんでいいのだろうか。

 そういう一抹の寂しさというか、虚しさみたいなものが老人の胸に去来していたのである。

 

 それでも、ドラマシリーズの後に公開される劇場版はシリアスな方向に振れているという噂だったし、実際ドラマシリーズの最終話では前世紀の劇場版第二作と直接つながる話だったという、ちょっとしたサプライズも用意されており、そこまで煽るなら是非観てみようかと、老人は孫娘を連れ、映画館を訪れたのである。


 だが……


  #


「な……なんじゃこりゃー!」

 スクリーンで展開されていく光景の数々に、獄閻斎は驚愕の声を上げた。

 老人が大好きだった前世紀の劇場版第二作の、ショボイ実写版リメイクのようなそうでないような、セルフパロディのようなそうでないような、何ともいえない微妙な作品になっているではないか。


「あのカットがこんな所で! あのシーンがこんな所で! ええ? あの台詞をここで言わすかぁ?」

 次々叩きつけられる過去作の引用、オマージュの数々に、老人は戸惑いを覚えつつ、ジュクジュクと無性に腹が立ってきた。


「ふ……ふ……ふざけんじゃねーぞ真面目に作れ!」

 獄閻斎は耐えきれず、スクリーンに向かって絶叫してしまった(心の中で)。


 いや、気持ちはわかるような気がする。

 映画としてスケール感の出る話にするなら、アノ題材がうってつけに思える。

 あのシーンを実写でやれば、ファンが喜ぶと思ったのかもしれない。

 あの台詞をあそこで言わせれば、ファンがニヤリとすると思ったのかもしれない。

 いやでも、それは違うから。そういうんじゃないし。

 前世紀の劇場版に感銘を受けたのは、当時の政情を絡めた作り手なりの戦争論が、これまでのアニメでは見たことも無いような静謐なタッチで描かれていたからこそ、これはスゲーと思えたわけだし、冬の戒厳下の東京で展開されるディスカッションドラマのような台詞のやり取りが超カッコイイと思えたからこそ、それこそ台詞を空んじるくらい映画館で何度も何度も何度も何度も見返してしまったのである。


 それが、今作ときたらどうだ。

 まずヘリコプターありきで、このシーンありきで、この台詞ありきで、テーマとか筋立ては、まあ前の映画の続きってことで、みたいなテキトーさ。

 各キャラクターの設定が、初代隊員のもじりみたいになっているのもコメディタッチなら気にもならぬが、続編を前面にもってきて、しかもシリアスタッチであればあるほど、どうにもこうにも居心地が悪い。

 監督がオリジナルと同じで、作曲家もオリジナルと同じで、パッと見凄くオリジナルに通じる雰囲気を醸しているのもまた微妙にムカつくのである。

 いくら生身の銃撃戦シーンが格好良くても、ヘリコプターが格好良くても、あいつのデッキアップシーンが凄くても、こんなんじゃ全然のれねーよ!!!


「や……やはり惜井監督の実写作品に当たりなし……!」

 ブツブツとそう呟きながら席を立った老人は、何とも虚しい気分で劇場を後にしたのである。


  #


 そんなわけでその夜。


「ふふふ……やっぱりブチブチメカは最高じゃわい。この七つの穴がなんとも言えぬて……」

 大邸宅、冥条屋敷の茶の間で一人。

 獄閻斎は書斎の奥から引っぱり出してきた80年代アニメムックや模型雑誌を眺めまわしながら、ブツブツとそんなことを呟いていた。

 昼間の映画のショックで、完全に気持ちが後ろ向きにモードチェンジしてしまったのである。


「あーあ。昔は良かったわい。サンセットロボットアニメのメカデザインにも、『リアリティ』というものがあった。作品ごとの趣というものがあった。外連味と世界観の表現が両立しておった。空挺ローダーとか山岳作業ローダーとか土木作業ローダーとか、実にセンスオブワンダーじゃった。それが全く、今のアニメときたら……」

 素人目には、今も昔も大して変わらないようなコロコロしたメカデザインを眺めながら、老人が訳のわからない愚痴をこぼしていると……


「お祖父ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 ガラリと襖を開けて、そう老人に話しかけて来たのは、燃え立つ炎のような紅髪を揺らした一人の少女だった。

 獄閻斎の孫娘、聖痕十文字学園中等部二年、冥条琉詩葉(めいじょうるしは)である。


「なんじゃ、琉詩葉……」

 死んだ目で孫にそう答える獄閻斎に、


「今度のプラモバトルに使う機体のチューンナップをお願いしたいの。機体はこれね!」

 琉詩葉は甘えるような目で祖父を見上げて、自身が素組みした一体のプラモデルを差し出してきた。

 若い頃から『ジオラマの凛ちゃん』なる異名を馳せてきた凄腕モデラーでもある獄閻斎に、次回参加するプラモバトルの機体の改造を頼もうというのである。


「どれ、見せてみい……こ、これは!」

 獄閻斎の目が、怒りにカッと見開かれた。

 白と黒のボディカラー。両肩に輝く真っ赤なパトランプ。ウサギさんのような長い耳。

 琉詩葉が差し出した機体は、1/48スケール 実写版(・・・)パトロールローダー『MC-10』。

 オリジナルのアニメ版デザインを実写映えするようにリメイクしたとかぬかす微妙にゴテゴテしたブサ面。

 昼間見た映画で戦闘ヘリと一騎打ちを演じた、あの機体だったのである。


「コクピットハッチを射出できるようにして欲しいの! あと指を可動式にして両手でリボルバーが構えられるといいなぁ、それと出来ればメンテナンス用のトレーラーも……」

 昼間の映画での活躍ぶりに感じ入るところがあったのか、祖父の獄閻斎にそうオネダリする琉詩葉に……


「駄目じゃ琉詩葉! そんな邪道な機体、作れるかー!」

 獄閻斎の怒号が茶の間を揺らした。


「あえ……? 邪道……これが?」

 戸惑う琉詩葉に、


「琉詩葉、『MC-10』のデザインはブチブチデザインのこっちが本流、こっちが王道、1/35スケールMGモデル以外は認めぬぞ。却下じゃ!」

 80年代アニメムックを孫につきつけて、獄閻斎はそう言い放った。


「いやーでも、こっちの方が可動部が多いし、デザインも精密だし、素材(マテリアル)もリアルだし、やっぱこっちの方が……」

 小さい声で、祖父にそう抗議する琉詩葉だったが、


「ならぬ! マテリアルもリアルもあるか! 正しい(・・・)かどうかが問題なのじゃ!」

 獄閻斎はなおも厳しい顔で琉詩葉にそう告げた。


「ななな……お祖父ちゃん、一体どうしちゃったのよ……!?」

 琉詩葉は唖然として祖父を眺めた。

 普段は琉詩葉と一緒に、プレステをやったり、一緒にプラモを作ったり、プラモバトルの稽古をつけたりしてくれる、童心あふれる獄閻斎。

 そんな良寛さんのようだった祖父は、もう其処にはいなかったのだ。


 老害である。


 今、銀色の総髪を震わせながら難しい顔で琉詩葉を睨み下ろしているのは、


「ぶっちゃけウルトラは『セブン』まで。まあ許せて『新』と『エース』。あとはゴミ。平成シリーズとか論外」とか、

「変形するガンガルなんてガンガルじゃねーよ」とか、

「ビームシールドとかガンガルおわったわー」とか、

「平成ライダーとかあんなんライダーじゃねーから」とか、

「第二期平成ライダーとかあんなんライダーじゃねーから」とか、

「昭和ライダーとかあんなんライダーじゃねーから」とか、

「ガンガルシリーズのメカデザインはカトキチアレンジで頂点を極めた。あとはカス」とか、

「日本特撮は平成亀三部作で頂点を極めた。あとは滅びるだけ」とか、

「CG使った映画とか邪道」とか、

「最近のSFにはS・O・Wがないから~」とか、

「走るゾンビなんてゾンビじゃねーよ」とか、

「喋るゾンビなんてゾンビじゃねーよ」とか、

「素早いロボ刑事なんてロボ刑事じゃねーよ」とか、

「紫のライトセイバーなんてライトセイバーじゃねーよ」とか、

「巨人のデザインがキモイからないわー」とか、

「RPGはドット絵じゃないとプレイできんわ」とか、

「ゲームのキャラが喋るとかありえねーから」とか、

 自分に理解できなかったり気に食わなかったりする要素が作品に少し入っているだけで、もうなにもかもを頭ごなしに全否定してしまう、頭のこじれた、ただの頑迷な老人だったのである。


「琉詩葉……お前にも今一度、正しい作品、悪い作品というものの区別を基礎からミッチリ叩き込む必要があるな……!」

 厳しい目で孫を見ながら、老人は琉詩葉にそう告げた。



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