第九章 王女、迷子になる
新しいメンバーが登場します!
暖かい目でお読みください。
お願いします。
「ま、まずいわ……」
シルビアは一人蒼白な顔で森の中に立ち尽くしていた。
右も左もついでに上も下も、どこを歩いたら森を出られるのか皆目検討もつかなかった。
「アルは大丈夫かしら……?」
自分が頼んで連れてきてもらったというのに。 きっと、怒り狂っている事だろう。
そう。
シルビアは、なぜか迷子になってしまっていた。
「はあ……」
シルビアは歩き疲れた足を動かすのを諦めて、月明かりに照らされた木々の間に腰を下ろした。
「結局、あの子も見つからないし……」
あんなに探したのに。シルビアは先程の事を思い返す。森の中をさ迷い歩く年若い少年を見つけ、救助のため馬車を降りた。そこまでは良い。問題はそこから先だ。
「絶対に俺の側から離れるなよ」
アルミレッドからそう強く言われた為、前を走る彼の背を見失わないよう必死で走った。
……はずなのに。
「ちょっと目を離した隙に居なくなっちゃったのよねぇ……」
チラリと目線を反らすと木々の隙間に少年の様な人影が見えた気がした。そのままそちらに視線を這わせているうちに気が付いたら一人になっていたという訳だ。
「こ、困ったわ」
辺りはすっかり暗闇へとその姿を変えていた。夜目の効かない人間にはただひたすら真っ黒な絵の具がぶちまけられているような世界だった。
「アルー……」
心細さから、小さな声で呟いた。
その時。
「おねーさん、何やってるの?」
背後から突然声を掛けられた。
「ひょえええ!」
思わず、腰を浮かせてその場から飛び退いた。
「あー、ごめんごめん。びっくりさせちゃったかなぁ?」
その声の主はひどくのんびりと穏やかに話しかけてくる。とても危険な森の中で遭遇したとは思えない。しかも、まだ年若い少年の様な高い声音をしていた。
「ん……?少年……?」
シルビアはハッとした。
急いで振り返るとその声の主を確認しようと暗闇に目を凝らす。しかし、森の木々に隠れるようにしてその姿は見えない。
「あなた、ちゃんと姿を現しなさい!」
「えー……、出なきゃダメ?」
声の主はなぜか躊躇うような様子だった。
「そ、それはそうでしょう!あなたがこちらに来ないなら、私が行きます!」
シルビアがそう言うと、声の主はしぶしぶ了解を示し「ビックリしないでね」などと言いながら、ゆっくりと木の影で隠れていた身体を前に出した。
「……」
思った通り、声の主はシルビアが馬車で見かけた少年だった。歳の頃は十歳位だろうか。金色の髪、金色の瞳がなぜか暗闇の森の中でもはっきりと輝いて見えた。その輝く瞳でシルビアを見据えて少年は楽しそうに笑っている。
少年が無事だった。その事に一瞬安堵を示す。
だが。
「み、耳……」
少年の頭には普通の人間ではあり得ない位置に耳がはえていた。まるで、虎の耳のようなそれは少年の頭の上でピコピコと揺れている。
「あ、あなたは……」
人、では無いのか……。シルビアはあまりの驚きに声が出せなかった。その様子に少年が困ったように頬を掻いた。
「あー、ごめんね。普段は上手に隠してるんだけど……夜は本性が出やすいんだ。まぁ、これでもだいぶ人の姿に近付けているんだけど、ね?」
そう言うと、にっこり微笑んだ。月明かりに照らされた少年の髪と瞳はさらに輝き、神々しい位だ。しかし、その口元には鋭い牙が見え隠れしている。
「それで?おねーさんはどーしてこんな所にいるのかな?」
再び同じ質問を繰り返す少年。
何をしているって……?
シルビアは弾かれたように叫んだ。
「あなたを探していたのよ!」
そう言うと、意味が理解できないのかキョトンとする少年。
「ぼく?僕を探していたの?なぜ?」
「な、なぜって……」
お互いに訳が分からないといった様子で見つめ合う。
「だ、だから、あなたが危険な森の中をさ迷っているのが見えたから……。た、助けなければと思って……」
結局、迷子になっている訳だが。
「……それで、馬車を降りてきたの?僕一人を助けるために?夜になるのが分かっているのに?」
「え、ええ……」
言われてみれば、信じられないくらい無謀な事だ。
しかも、この少年はどうやら人では無いらしい。
ならば、なぜ馬車を降りてまで探しに来たのだろうか。
あのアルとの生死を掛けたやり取りは一体何だったのだろう。
シルビアは自身の愚かしさと置かれた状況に改めて蒼白な顔になった。
すると、
「あーはっはっはっ」
シルビアの肩ほどまでしかない身長の少年が豪快に笑う。
それはそれは楽しそうに、目に涙まで浮かべている。
「おねーさんみたいな、女の子が僕をねぇ……。あー、おかしい」
「そ、そんなに笑わなくても……」
「いやいや、ごめんね?でも、面白くってさぁ……」
そう言って、さらに笑いを深めている。
「……」
この状況は一体何なのだろう。シルビアは呆然と考える。
まず、助ける予定だった少年は見つかった。
しかし、
「全くの無駄足だったわね……」
シルビアはがっくりと項垂れた。
少年は、森の中をさ迷っていた訳ではないのだろう。なにせ、人では無いのだから。
「まあまあ、そんな事言わないで。僕、おねーさんが気に入ったよ。探してくれたお礼に棲みかに案内してあげる」
「えっ……?」
意外な言葉にシルビアは目を丸くしたが、少年はニコニコとさらに言葉を続ける。
「だーってさぁ、このまま放っておいたら確実に獣の餌食だよ?まさに今、おねーさんの連れが襲われているみたいだしさぁ……」
「連れが……?ア、アルの事ね?!」
良かった。アルは生きてるのだ。一瞬安堵もしたが、後の言葉を理解して慌てて言葉を継ぐ。
「アルはどこ?助けなきゃ!」
そう言うと、少年の肩を掴み全力で揺さぶる。
「おー、おー」
少年はユラユラとされるがままだ。
「早く、早くアルのところに案内して!」
絶叫となった言葉が周囲に響いて消えていく。
「分かった分かった。……もー、特別だよ?僕は母さまと違ってそんなに優しくは無いんだけれど……」
そう言うと、周囲に凄まじい光が広がった。とてもじゃないが目を開けていられなかったシルビアはその場でギュッと目を瞑る。
「おねーさん、もう良いよ」
言われて、瞳を開けるとそこには。
「さぁ、行こうか。早くしないと死んじゃうかもしれないしね」
全身が金色に輝く毛で覆われた黄金の虎が居た。
その虎は先程の少年の声でシルビアに語りかける。
「さぁ、特別に背中に乗せてあげるから。早くして?」
そう、背中を向けて言ってきた。
「……レイリーン……」
やはり、神話は嘘ではなかったのだ。
シルビアは身を持ってそれを体験した。
「レイリーンは、僕の母さまだよ」
そんな風に平然と答える虎の背中にシルビアは恐る恐る手を掛けた。
神獣の背中に乗る。
シルビアはまた一つ貴重な経験をする事になった。
お読み頂き、ありがとうございました♪