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第四章 王女、スカウトされる

 目的の宿屋の入り口で、アルミレッドが口を開いた。


「シルビア、下に降ろすぞ」


 そう言うなり、抱き抱えていたシルビアをそっと下に降ろす。



「……えっ、もう降りるの?」

 

 シルビアは、大いに戸惑った。

 アルミレッドに抱き抱えられ、最初は周囲のからかいや好奇の眼差しに怯え、小さく縮こまっていたシルビアも、目的の宿屋に到着する頃にはなぜかすっかり慣れて「これは意外と楽だな」と思うようにすらなっていた。




 慣れとは、怖いものである。




 アルミレッドが手配したというその宿は、港町の中にあって中流ほどの装いを見せていた。

 一般家庭の家にも思えるこじんまりとした宿は、外から見るとシンプルだったが、中に入ると全てが可愛らしく、とても男性のアルミレッドが選んだとは思えないお洒落で女の子らしい内装だった。


 シルビアは、エトワールの城と、ここに来るまでの船の船室しか宿泊した経験がなかった為、初めての宿屋を興奮した面持ちで眺め回した。


「ここで少し待っていろ。宿泊の手配をしてくる」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべたまま、そわそわと落ち着きなく手を擦り合わせているシルビアを微笑んで見つめたアルミレッドは、混んでいる受付まで行くため、シルビアを待合室のソファに座らせて去っていった。


「……ああ、本当になんて可愛らしいのかしら!あの花は何という花かしら?あのドアの模様は何の様式なのかしら?あああ……」


 あまりの興奮に目を輝かせ、シルビアが一人でブツブツ言っていると、隣に座る体格の良い中年の女性が話しかけてきた。

 海の仕事に携わっているのだろうか。こんがりと日焼けした肌に白い歯がよく映えていた。女性はその歯を全快に見せて豪快に笑っていた。


「はっはっはっ!……あんた、面白いねぇ!もしかして、旅をするのは初めてかい?」


「えっ、ええ……」


 知らない人に話しかけられた為、シルビアは少し困ってしまったが、人の良さそうな女性は気にせず話を続ける。


「あたいは船の船員だから、行く先々で泊まる旅には慣れているけれど……。あんたのようにドアの模様を気にしたことなんざ、一回だって無いねぇ!あんた、見たところ着ている物も上等そうだし、スレた所のない世間知らずに見えるから、大切に育てられた箱入りのお嬢ちゃんなんだろうねぇ」


「……え、ええと?……そう、なのかしら……?」


 箱入りどころか、城から一歩も出たことがない深窓の王女です。

 そして、この国の王妃になる予定です。


 この女性がどんな顔をするのか真実を言ってみたい気もしたが、さすがにそれは出来ないので何とか誤魔化す事にした。


「リ、リトグラには仕事探しの為にやって来たの。は、初めての国だから緊張していて……」


 そう言うと、女性は感心したように唸り、シルビアを上から下まで眺め回した。


「……へえええ、あんたみたいなお嬢ちゃんが仕事をねぇ…。うん、そりゃ偉いね!気に入った!パッと見たところ、身体の線は細いし、力も弱そうだけれど……」


 そこまで言うと、今度はジッとシルビアの瞳を見つめ、何かを探るように思案し出した。


「……うん、真面目そうだし、頭は中々良さそうだね。言葉遣いも良いし。……うん、これなら大丈夫だな!」


 そう言うと、困惑しているシルビアを尻目に何かを取り出してメモをし、そしてそれを当然のようにシルビアに差し出したのである。


「あ、あの……」


「ほら、これ受け取んな!あたいがこの港に来たときに必ず寄る酒場の名前とここからの地図さ!ハンナからの紹介って言えば、何日間かお試しでも使ってもらえるだろうさ!」


「えっ?、えっ?」


 話が全く分からない。

 なぜ、そんな物が必要なのだろうか。

 シルビアが目を白黒させていると「鈍いねぇ」と呆れたようにハンナという名前らしい女性が溜め息をついた。


「だから、あんたが職を探してるって言うから、協力してやるって話さ。ま、あんたに夜の酒場の喧騒が仕切れるとは思えないけれど……。夜はともかく昼間もやってるから、昼の会計やウエイトレスならどうだい?あんたは可愛いし、客もチップくらいくれるだろうさ。ちょうど、昼時の人材を探してるって聞いてたんだ!あんた、ツイてるよ!」


 やっと、話が読めてきた。

 つまり、シルビアは今、仕事のスカウトをされているわけだ。実際には店の人間ではないのだから、本当のスカウトとは少し違うかもしれないが。




 その意味を理解した途端、シルビアの瞳がくわっと見開いた。




「……ううう、嬉しいっっ!」


 エトワール王国では、実の父親に見放され、王妃に疎まれ、姉王女達に嫌味を言われ、城の一室に閉じ籠る日々。

 シルビアはそんな日々がやっと報われた気がしていた。

 酒場に就職出来る!

 自分で一人前に金銭を稼ぐことが出来るのだ!

 誰にも遠慮しなくて良い日々がやってくる!

 民の仕事を経験すれば、今のところ、あまり良いところなしのシルビアもアルミレッドに認められ、いずれは国王にも認められるかもしれない……!


「な、なんて、素晴らしいのかしら……!」


 シルビアは感動のため、その場で立ち上がり、ハンナの手を握りブンブンと縦に振り回した。


「ありがとう、ありがとうございます!夢が、夢が叶いました!」


「い、いやぁ、まだ働けると決まった訳じゃないし、ゆ、夢って……。あの、さ、酒場だよ?いくらなんでも大げさなんじゃ……」


「いいえ!いいえぇ!こうして紹介して下さっただけでも、本当に感謝ですわ。あとは、私が頑張って雇って頂けるように頑張ります!」


 あまりの喜びように、紹介した方のハンナも若干引いていた。



 その時。



「何を頑張るんだ?」


 ハンナの後ろから、静かな声が聞こえてきた。ハンナの身体に隠れ、姿は半分しか見えなかったが、シルビアにはその声の主が誰だかすぐに分かった。興奮状態のまま、勢い込んで話しかける。


「アル!聞いて!今、この方が仕事を紹介して下さったの!私、働けるのよ!」


「ほお……」


 興奮して腕にしがみつくシルビアとは反対に、アルミレッドは不愉快そうに、その細くて鋭い目をハンナに向ける。


「仕事……とやらをこの者に紹介したのは、お前か?」


「……えっ、いやぁ……まぁ……はぁ」



 ハンナは海を渡る逞しい女の勘で感じた。

 この男に関わってはいけないと。

 そして、もうその警告が遅いということも、刺さる視線からひしひしと感じていた。


 ハンナのよく日焼けした肌にじわじわと汗が滲む。


「ほら、アルもハンナにお礼を言って!私、ようやく働けるのよ!これからここにお邪魔して、さっそく雇って頂けるようにお話をしてくるわ!」


 シルビアは両脇に立つ二人の緊迫など何も知らずにアルミレッドにハンナが書いたメモを誇らしげに見せた。




「……ほお……酒、場、ねぇ……」




 ハンナはこの一角の温度が氷点下に下がったように感じた。

  その頃になってやっとシルビアは、ハンナの顔色が悪いことに気付いた。そして遅ればせながら、アルミレッドの顔色にも。


「……あっ、あら?」


 何かまずいことを言ってしまったのかしら……。

 少し不安になったシルビアはアルミレッドを見上げる。


「あ、あの、何か変な事でも言ってしまったのかしら?」


「…………」


「ア、アル?」


「……酒」


「え、なぁに?」


「お前は、酒が何だか知っているのか?」


「…………はぃぃっっ?」


 変な物でも食べたのだろうか、この男は。

 恩人のハンナにお礼を言いもせず、せっかくのめでたい席で喜びもせず。

 さらには、馬鹿にするような言葉を吐くアルミレッドにシルビアは段々ムカムカと腹が立ってくるのを感じていた。


「お、お嬢ちゃん……」


 ハンナは生物的本能から、シルビアを止めたが、彼女は全く聞く耳を持たなかった。必死に腕にすがるハンナの手を振り払い、堂々と言葉をつぐ。


「アル、あなたねぇ!あなたには私が相当なお馬鹿に見えるようね。ふん、お酒が何かですって?知っているに決まっているわ!め、滅多に部屋からは出なかったけれど、お父様やお兄様が飲み交わしていらっしゃるのを……コッソリ、見たことがあるもの!」


「…………」


アルミレッドの眉間のシワが更に深くなる。


「……結果は?」


「は?」


「…………酒を飲んだことによって、いや、飲みすぎた事によって、どうなるのか結果は知っているのか?」


「……」


「酒を飲みすぎた男、が、どうなるのか、本当に、知っているのか?」


「…………」

       



 知らなかった。




 シルビアが読破した城の歴史書には、色々な国のお酒に関する記述もあった。だが、大抵は「美味であった」と書いてあるばかりだったと記憶している。飲みすぎてどうなるかなど、どこにも書いてはいなかったはずだ。

 もしかして、お酒の飲みすぎは男性の命に関わるのかしら……。だとすれば、医師の資格を持たないシルビアに勤まる訳がない。



「……酒場というのは、とても難しい職業なのね……」



 しょんぼりと俯くシルビア。



 憮然とするアルミレッド。



 ハンナはもう帰りたかった。



「…………分かったなら、今回は許そう。だが、これからは気を付けるように」


「ええ、申し訳なかったわ……」


 アルミレッドは更に言葉をつぐ。


「シルビア、お前はまだ十六歳だ。酒場を経験するにしても、まだまだ早い。それに酒場に行くときは、俺も同行する。必ず報告するように」


「…………」


 あたいは十二歳の頃に酒場で働いてたよ!

 それに、どこの世界に護衛付きで働くやつが居るんだい!


 ハンナは大声でそう言ってやりたかったが、本能に応え、すぐに諦める事にした。

 そして、これからは、知らない子供にむやみに声を掛けるのは止めよう……。



 そう、固く決意したのであった。


 その後。


 泊まりにきたはずのハンナは「用があるから」と、どんなにシルビアが引き留めても宿から離れることを選んだ。

 シルビアはとてもがっかりしたが、とても親切な方だったので、最上級の感謝の気持ちを込めて、膝を折りスカートをそっとつまみ上げお辞儀の礼をした。


「ハンナ、結局、あなたのお気持ちには応えられなかったけれど……。このご恩は忘れません。感謝致します」


 ハンナはつくづく自分が声を掛ける相手を間違えたのを知った。


「……やや、やめとくれよ!そんなお辞儀されたら、むず痒くって寝覚めが悪いったらないや!……まぁ、あんたはもう少し世間の勉強をしなさいな。あんな護衛が付いてるんだ。むやみに知らない人の話を聞いちゃいけないよ。……声を掛けた方が気の毒だからね」


 そう言うと、コッソリとアルミレッドの方を見やる。

 シルビアには、暗号のような意味不明な言葉と態度であった。








「これからは、仕事を始めようとするときは、必ず俺に報告しろ。分かったな?」


 ハンナが去った後、そんな言葉を掛けるアルミレッドもまた、先程に比べればマシになったとはいえ、いまだにムスッとしている。


 ……何がなんだかよく分からないけれども、今回はシルビアが悪かったようだ。


 これから、仕事を決めるときは、アルに聞いてからにしよう。




 シルビアは、そう固く心に誓った。




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