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第十七章 王女、夫婦の形を知る

 無事に手紙を出し終えた後。

 アルミレッドが教えられたケビン宅に向かうと、中では異様な光景が広がっていた。


 まず、ドアを開けてくれたケビンの表情が暗すぎる。蒼白を通り越して、もはや紙のような白さであった。


「……?」


 アルミレッドは目を見張り訝しむが、ケビンは黙したまま彼を中へと促す。


「し、失礼する」


 戸惑いつつも中へ入ると、すぐ側のダイニングテーブルの椅子にシルビアとルクシオが座っていた。


「戻ったぞ」


 アルミレッドが一言声を掛けるが、シルビアからの返事は無い。さらに不思議に思いつつ側に近寄っていくと、なぜだかシルビアの表情も暗かった。こちらは蒼白ではないが、しきりにそわそわと挙動不審な様子で、奥の台所へと視線をやっている。

 どうやら、アルミレッドが帰還した事にも気付いていない様子だ。


「あ、帰ってきちゃったんだねー」


 そして、こいつである。

 ルクシオは、テーブルの上に置いてある焼き菓子を摘まみながら、アルミレッドへと軽く手を振る。二名が暗い表情の中、この明るさは異様であった。


「……」


 この子虎が何かやらかしたのだろうか。アルミレッドの胸中に嫌な予感が過る。


「……ああ、アルだわ、アルよ!アールー!」


 その頃になって、ようやくアルミレッドの存在に気付いたのか、シルビアが涙目で名前を連呼しながら、駆け寄ってきた。


「ル、ルクシオが、ルクシオが失礼で、フライパンで、私、いたたまれなくて……」


「……」


 何を言っているのか全く要領を得なかったが、おおよその検討はつく。アルミレッドは労うようにシルビアの肩をそっと叩くと後ろのケビンを振り返った。


「……どうやら、連れが失礼をしたようで申し訳ない。手紙は確かに出すことが出来た。早速ですまないが、もう出発出来るだろうか?」


 この二人には、早く外の空気を吸わせてやりたい。アルミレッドは、そう強く願っていた。


「は、はいい、もちろんでさあ!」


 ケビンは、その言葉を聞いた途端、水を得た魚のように輝かしい表情を浮かべると、先程の緩慢な動きが嘘のようにてきぱきと準備を始めた。

 一瞬の後、つぎはぎだらけのナップサックを背負うと、一行を振り返る。


「さあっ、早いとこ出発しましょう!」


「「……」」


 準備が素早すぎる。


「お、おーい、さっき話した通り、この方達を城下町まで送ってくるからなー!」


 アルミレッド達の戸惑いにも気付かず、ケビンは奥の台所へと声を掛ける。しばらくすると奥から子供を背中におぶった大柄の女性が姿を現し、ケビンに野太い声を掛けた。


「ったく、この甲斐性なしの軟弱男がっ!いいかい、ちゃんと仕事して早いとこ帰ってくるんだよ!」


 分かったね?と脅すような言葉を聞いたケビンは背筋をピシリと伸ばし、勢いよく返事を返した。


「はいい、分かりました!」


「……」


 リトグラ王国の騎士団よりも厳しい軍隊体制が敷かれているな……。


 アルミレッドはそう思い、気の毒そうな視線をケビンに送ったが、当の本人はその言葉でやる気が増したらしい。

 鼻息も荒く、一行を促すようにその場を颯爽と後にした。


「ふー……」


 そんなケビンの後ろ姿を眺めながら、残された女性は一際大きな溜め息を吐いた。

 そして、思い出したかのようにアルミレッド達へと視線を向けると、口を開く。


「うちの人は、気も弱いし、頭も薄いし、身体も貧弱なんだ」


「「……」」


 口を開いた途端、いきなり旦那の悪口である。あまりの言い種に誰も声を発しない。


「だけど」


 女性は言葉を続けながら、周囲を見渡すとキッパリとした声を出した。


「仕事に対しては真面目だし、そこは信用できるよ。……短い間だが、どうかあの人をよろしくお願いします」


 そう言うと、大きな身体を窮屈そうに折り曲げ、アルミレッド達に頭を下げた。

 その言葉と姿勢に、普段は見せないであろう主人への気遣いと愛情を感じたアルミレッドは、姿勢を正し丁重に言葉を返した。


「うむ。俺たちも急な依頼を引き受けてもらって感謝している。奥方には迷惑を掛けるが、仕事が終わるまでご主人をお借りする」


「……あいよ!」


 頭を上げた女性は、にんまりと心からの笑みを浮かべた。


 こ、こんな形の夫婦愛も素敵だわ……!


 シルビアは今まで知らなかった夫婦の在り方に感動を覚えて瞳を潤ませていたが、その隣のルクシオは、心底興味が無さそうに欠伸をしていた。


 そして、その後各々で別れの挨拶を口にする。


「お邪魔致しました!」


「じゃあねー、おばさん」


「では、失礼する」


 こうして、馬車に乗り込んだ一行は一路、城下町を目指して進んで行く。






 よく晴れて、日差し溢れる街道をひた走る馬車。

 ガタゴトと身体を揺られながら、シルビアはふと思った事を、御者台に座るケビンへと口にした。


「ケビンさんの奥さまは素敵な方ね」


「……へっ?!い、いきなり何ですかい?」


 彼女は、嫁に出会ってすぐフライパンを投げられ、怒鳴り散らされたはず。その事しか知らないケビンは突然の言葉に動揺する。

 そんなケビンの胸中を知らないシルビアは、なおも微笑みながら言葉を続ける。


「言葉は乱暴でしたけれども、ご夫婦の絆と言うか、愛情の深さを感じましたわ」


「そ、そうですかい?!」


 フライパンを投げられて愛情を感じるなんて……。

 ケビンは後ろのご令嬢をちらりと横目で眺めると、変わった思考の持ち主もいるものだなぁ。と変な感心を示していた。


 そんな二人のやり取りを眺め、ルクシオがポツリと呟く。


「僕はあんな愛情ごめんだなー。……度が過ぎたら食い殺しちゃうかも」


「……」


 考えを改めよう。

 変わっているというより、どこか危険な一行だ。ケビンはルクシオの視線を背中で感じていたが、今度は振り返ることなく、馬車を走らせる事に専念した。





 同じ頃、アルミレッドが依頼した伝書鳩も順調に空を飛んでいく。

 無事に届く事を祈りながら、アルミレッドは澄み渡った空を一人見上げていた。



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