第十五章 国王、馬車を手に入れる
久しぶりの投稿です。
暖かい目でお読みください。
お願いします。
「兄ちゃん達!無事だったかい!」
森を抜けた後、次の乗り合い馬車の通っている町まで無言で歩く三人に向けて、安堵のこもった明るい声が掛けられた。
一斉に声のした方を見やると、日差しを浴びながら一人の男が顔をくしゃくしゃに綻ばせながら立っていた。
「あ、あなたは……」
シルビアは驚きに目を瞬かせる。声の主は昨日レイリーンの森までシルビアとアルミレッドを乗せてくれた御者であった。
男は馬車の脇に立ち、微かに茶色の瞳を潤ませている。
「いやー、無事だったんだねぇ!昨日、家に帰ったあとも心配でさぁ。……こうして、待っていたんだよ」
そう言うと、近づいてきたシルビア達に怪我が無いかと上から下まで確かめるように見やる。
「おー、怪我も無さそうだなぁ!良かった良かっ……た?」
そこで、初めて見知らぬ顔が増えていることに気付いたらしい。
「おんや、そこの少年は……」
そこまで言って、ハッとしたらしく口をパクパクと開け締めした。
「もしかして、森で迷子になっていたっていう少年かい?!……本当に居たんだねぇ!」
御者からしてみれば、半信半疑だったシルビアの証言だったが、こうして現実に出くわして事実だったと言うことが分かったらしい。
「いやー、坊主も良かったなぁ!そこの兄ちゃんと姉ちゃんに感謝せなぁ!」
感極まった様子で、グリグリとルクシオの頭を撫で回す。
ルクシオは、撫でられるがまま大人しくしていたが、心底嫌そうな表情で顔をしかめている。
「「……」」
ここまで御者の男が一人で話していた。
シルビアは、まだアルミレッドの奴隷に関しての言葉に動揺していたし、アルミレッドは、これからの事に思いを馳せていた。
ルクシオに至っては、自分を坊主と呼び、勝手に頭を撫でまくる人間の存在を不愉快に思っていた。
「……あんらぁ?せっかく助かったって言うのに何か、暗いねぇ」
やっと、その場の重苦しい雰囲気を察したらしく、男は困ったように薄くなった頭をガリガリと掻いた。
「うーん、怪我してるようなら、馬車に乗せてやろうとも思っていたんだが……」
男のその言葉を理解したアルミレッドがピクリと表情を動かす。
「……俺たちを乗せると?」
「えっ、いやぁ、まぁ、怪我してるようなら、歩くのも一苦労だろうしなぁ。……でも」
怪我一つしていないのなら、必要無かったな。と続けようとした男の言葉をアルミレッドが遮る。
「乗せてもらおう」
「……へっ?い、いや、そりゃ構わないが……」
次の町は目と鼻の先である。そこまでだったら乗るほどの距離でもなかろう。
アルミレッド以外が不思議そうに首を傾げた時。
「城下町まで案内せよ」
「「……」」
アルミレッドの一言で、その場の全員が固まった。
特に、御者の男は言葉の意味すら理解出来なかったようで、ポカーンと口を開けている。
「に、兄ちゃん……な、何を言ってるんだい……?」
男はもう一度聞き返す。
すると、アルミレッドは理解させるようにゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。
「俺たちは、火急の用件で城まで行かねばならない。だから、急いで城下町まで送って欲しいのだ」
「は、はぁ……」
今度の言葉は確かに理解出来た。
しかしである。
「そ、それは無理だぜ、兄ちゃん!」
「……僕、こんなボロ馬車で移動するの嫌だなぁ」
男とルクシオの声が同時に発せられた。
「「……」」
再び、沈黙に陥った一行だったが、最初に口を開いたのは、男だった。
「ボ、ボロ馬車だとぉ?!た、確かにボロはボロだし、車輪も軋むし、幌も無いし、荷台も小せぇけどなぁ……」
持ち主なのに、なんのフォローにもなっていない。
「こ、こんな馬車でも俺の自慢の馬車よ!速度ではそんじょそこらの馬車と引けを取らないぜぇ!」
そこまで一気に捲し立てて、男はハッとする。急いで城下町に向かいたいと言うもの達に速度の自慢をしてしまった。
己の迂闊さを恨む。
ルクシオは、そんな男を見やりながら、肩をすくめるとアルミレッドの方を降り仰ぐ。
「……だってさぁ。本当にこんな馬車で行くつもり?」
アルミレッドは、しっかりと決意を込めた瞳で一行を見渡す。
「ああ。……今は馬車を選んでいる暇はない。どんな馬車でも歩くよりは、はるかにマシだろう」
「……マ、マシって」
あんたもかい。男はそう思ったが、口には出さなかった。
しかし、肝心な事に思い至り、言い聞かせるようにしっかりと言葉にする。
「兄ちゃん、乗せてやりたいのは山々なんだがなぁ……。俺ぁ、城下町への通行証は持っていないのよ。今から発行するにしても、金も時間も掛かるしなぁ……」
遠回しにお断りの意思を伝える。
事実、城下町の警備は厳戒で、そこを通る馬車等の通行証は確かな理由が無いと発行してもらえない。
それに加え、男は田舎をのんびりと走る乗り合い馬車の御者である。そんな大仰な任務はこなせないし、望んでもいなかった。
「嫁さんや娘が待っているしさぁ……」
そうボヤく男の言葉は無視して、アルミレッドが懐から何かを取り出す。
「……城下町への通行証なら、俺が持っている。万一の場合に供え、持ってきた」
それに、路銀も充分にある。と金貨を入れた袋を御者に投げてよこした。
「あわわわわ」
ずしりと重たい金貨の束。男はゴクリと喉をならす。
これだけあれば、娘の教育費も賄えるし、馬車の修理だって出来る。
いや、それ以上に念願だった庭付きの一戸建てすら買えるかもしれない。
男の目付きと思考がそこで変わった。
「……よ、よーし、そこまで言うなら連れていってやらぁ!」
男は自分の胸をドンと叩いた。
「……あーあ、金に目が眩んじゃったよ」
ルクシオがなにやら、失礼な事を呟いているが、今の男の耳には右から左だ。
「そうか、それは良かった。……御者、お前の名は?」
アルミレッドがふと思い至った疑問を口にする。
「俺かぁ?俺はなぁ、ケビンってんだ!短い間だが、よろしくなぁ!」
そう、元気よく手を差し出したケビンだったが。
「では、ケビン。そこの町で食料等の確保と手紙を一通出した後、城下町まで直通で頼む」
「……」
そんなアルミレッドの決然とした言葉に再び固まった。
その間、馬車酔いに不安を覚えるシルビアは恐怖で顔が青ざめていたが、誰もそんな事には気をとめてくれなかった。
その後、森近くの町にて食料等の必要物資を購入した一行。
小さな市場にて、またもや、エトワールでは馴染みのない干し肉や乾燥果実などを迷い無く購入するアルミレッドを、感心した面持ちでシルビアは眺めていた。
「アルのだんなぁ!」
他の店で買い物をしていたケビンが、大きな布を肩に背負ってやって来た。
アルミレッドから大枚で雇われた結果、兄ちゃんから、旦那へと呼び名が変わっている。
「アルの旦那、幌を買って参りやした!これで、雨が降っても大丈夫でさぁ」
自分の馬車をカスタマイズすることができ、ケビンはほくほくと幸せそうに顔を上気させている。
「うむ、ご苦労だったな。こちらも食料の調達が終わった所だ」
「そうですかい、そりゃぁ、良かった!」
旅に慣れていないシルビアとルクシオはその間、両者の行動に黙って従っていた。
ルクシオは時折、物珍しそうに町中をキョロキョロと見渡していたが、シルビアから離れそうになると慌てて後をついてきた。
なんだか、弟が出来たようで、シルビアもつい頬が緩んでしまう。
「あとは、手紙を書いて出すだけだな……」
アルミレッドとケビンは、二人で何やら話し合っていたが、思い出したかのようにぐるりと後ろを振り返ると、町を見渡している二人に声を掛ける。
「シルビア、……ルクシオ」
「はっ、はい!」
「んー?」
アルミレッドの突然の問いかけに、驚くシルビアと気のない様子のルクシオ。
アルミレッドは、両者を見やると軽く微笑んでみせた。
「俺は、これから手紙を一通出さなければならん。……伝書鳩小屋まで行ってくるから、その間二人はケビンの自宅にて待機してくれ」
そう言うだけ言うと、返事をする前にさっさと歩みを進めて行ってしまった。
「……ア、アルっ?!」
突然、頼もしい同行者が消えてしまった事に動揺するシルビア。そんな彼女の様子を見て、ケビンが取り成すように口を開いた。
「大丈夫ですって。俺ん家の場所は教えたし。伝書鳩を使いに出したら、すぐに戻ってくるでしょう」
「そ、そうかしら……」
「……僕は、シルビアと二人きりでも嬉しいけどねー」
そんな真逆な様子の二人をケビンが丁重に促す。
「ささっ、狭い家ですが、茶でも飲んでいって下さい!」
こちらです。と先を促すケビンに従いながらも、シルビアは不安げにアルミレッドの去っていった方角を振り返っていた。
昼時の町中は、昼食を求める人で溢れかえっている。
そんな人混みの中を、一行は進む。
ブックマーク、評価、ご感想、励みになっております!
お読み頂き、ありがとうございました♪