第十章 国王、邪険にされる
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アルミレッドは、怒り狂っていた。
安易に同行を許可した自分。そして、自分の命くらい自分で守れると言った王女に。
「どうやったら、こんな短時間で迷子になれるんだ……?」
アルミレッドは深く深く溜め息を吐いた。
「絶対に俺の側から離れるな」そう言ったとき、確かにあの王女はしっかりと頷いていた。
しかし、その数刻後には居なくなっていたのだ。
最初は、すぐに見つかるだろうと来た道を戻った。しかし、元の場所まで戻っても彼女は居なかった。そこで、事の深刻さに改めて気づき慌てて森中を駆け巡った。
一度通った道には短剣で印を付け、比較的安全な街道沿いに居るかもしれないと探したりもした。
なのに、居ない。
「どうなっているんだ……」
これはもうわざと隠れているとしか思えない。
それか、もしくはもう……?
アルミレッドは暗く残酷な考えにたどり着きそうになる自分を無理矢理浮上させた。
辺りは既に暗闇で満ち、周囲を見ても何も見渡せない。
しかし、諦めるわけにはいかなかった。
彼女は、シルビアは、自分の妻になる女である。
それをこんな場所で失うわけにはいかない。
そう決意すると、疲労を訴える身体を無視して休むことなくさらに奥の森へと入っていった。
さらに半刻ほど経ったとき。
アルミレッドは周囲の気配がおかしい事に気が付いた。
音が無さすぎるのだ。
風と木々の枝が擦れる音しか聞こえない世界。
「獣の声が全くしない……」
先程までは確かに獣の雄叫びや唸り声が森の中に響いていた。なのに、今はそれが無い。
まさか。
アルミレッドは嫌な予感に身体を凍らせた。
その時。
グルルル……
右手側のすぐ近くから獣の声が聞こえてきた。
アルミレッドは自分の予感が当たった事を知る。
決して、嬉しいことでは無かったが。
「大物の縄張りに入ったか……」
他の獣が恐れ、近付かないほどの大物。
アルミレッドは、すらりと長剣をかざすと、まだ見えぬ敵と対峙し、
「出てこい!」
そう怒声を浴びせた。
グルルル……グルルル……
その声に反応したかのように獣がゆっくりと現れた。
「……!」
それはアルミレッドの予想以上だった。
熊の様な巨体をさらし、牙を見せる獣。口元からはだらだらと唾液が流れ落ちる。
自分よりも二倍以上ある大きさのそれにアルミレッドは一瞬躊躇する。
「ウガァウウ!」「……!」
周囲の枝を巻き込みながら突進してくる獣。アルミレッドも剣を閃かせ応戦するが、相手の重みがありすぎて力を受け流しきれない。それでもなんとか応戦するが徐々に交代していくアルミレッド。
ふらり、身体が傾いた瞬間を狙って獣の鈎爪がアルミレッドの胸元を目掛けて抉る。
《ガキィィィン!》
胸元への攻撃を防いだ瞬間、大きな音を起ててアルミレッドの剣が弾き飛ばされた。大きく弧を描いて飛ばされた剣は後方の離れたところに突き刺さった。
「くっ……!」
急いで、短剣を取り出すと、後方まで下がる。しかし、獣がその隙を見過ごしてくれる事はなかった。
「ガァァァァ!」
これで、最後だと言わんばかりの咆哮。そして、自分を目掛けてくる巨体。
ここまでか。
アルミレッドが自分の死を覚悟した次の瞬間。
《グオオオオ!!》
今までの比ではない咆哮が辺りを満たした。目の前の獣からではない。
「く、こんな時にっ」
新手かっ?!アルミレッドが更なる窮地に唇を噛み締めたとき。
それまで、手加減することなく殺気を溢れさせていた目の前の獣が一瞬ピクリと痙攣したようにその手を止めた。
「……?」
アルミレッドは戸惑う。しかしこの隙を見逃す訳にもいかない。急いで背後に走ると地に突き刺さっている長剣を引っこ抜く。
「ガァァァァ!」
そんなアルミレッドの様子に熊の獣も再び牙を剥き出しにした。
「来いっ!……こんな所で倒れてたまるか!」
アルミレッドが改めて決意を込め対峙したとき。
「やめて!」
背後から信じられない声がした。
「シ、シルビア?!」
聞き慣れたその声はもしや。アルミレッドが状況も忘れて反射的に振り返るとそこには。
「……」
アルミレッドは自分の見ているものが信じられなかった。
金色に輝く黄金の虎。さらにその背にはシルビアが股がっているのだ。
虎はアルミレッドの様子に構うことなく悠然と歩くと、構えもなしに熊の獣の前に進み出た。
「シルビア!」
アルミレッドは、背に乗るシルビアの身を心配する。
しかし、それは不思議な声にかき消されてしまう。
「止めろ、こいつは僕の獲物だよ。……失せな」
年若い少年の声が響く。
その声は金色の虎から聞こえてくるようだ。
グルルル……
熊の獣が少し警戒を弱める。しかし、相変わらず牙だけはこちらに向けて唸っていた。
「……失せろと言うのが聞けないか。……僕の言葉に、逆らうんだね?」
確認するように静かに問う少年の声。
先程よりも冷気を増したその声に獣がピクリと身体を震わせた。
そして。
グル、グルル……
大きな身体を縮こませると、そのまま後ずさるように対峙する場から引いていく。
「これは……」
虎が味方してくれた、ということか……。
アルミレッドはあり得ない状況に目を丸くする。しかし、限界だった身体からは力が抜け、情けないとは思ったが、その場で膝をついてしまった。
「アル!」
シルビアが虎の背から飛び降りるとアルミレッドの側に寄ってくる。
そうだ、シルビアが見つかった。
アルミレッドは、探していた人物に会え、一呼吸おく。
「アル!本当にごめんなさい。ああ、でも無事で良かったわ!」
シルビアは目に涙を溜めてアルミレッドを見下ろしている。
「……シルビア、この状況は一体……」
聞きたいことは山程あったが、どれも言葉にならなかった。何よりも一番気になるのはこの言葉を話す金色の虎だ。
この虎の容姿はまるで……。
アルミレッドがそこまで考えていると、シルビアが思い出したように一気に話し出した。
「そうだわ!あ、あのね、馬車の子供が、レイリーン、いやレイリーンの子供で、私を乗せてくれて……」
全く訳が分からない。
訝しんでいるアルミレッドの気配を察したのか、金色の虎が口を開いた。
「あーもう。おねーさんは慌てているみたいだから、僕から説明するよ。初めまして、人間。僕の名前はルクシオ。正真正銘、レイリーンの息子だよ」
そう言うと、目の前の虎は口元を斜め上に引き上げた。どうやら、笑っているらしい。その虎の話を聞いてシルビアが意外そうな声を出す。
「あら、あなた、ルクシオっていう名前なの?自己紹介がまだだったわね。私は……」
「シルビアでしょ?こっちの人間がさっきそう呼んでいたよね」
と、アルミレッドの方に首をしゃくってみせる。
「人間、人間って……。俺にはアルと言う名前が……」
「あー、はいはい」
口を挟んだアルミレッドの言葉をルクシオはうんざりしたように遮る。そうして、嘲るように言葉を継いだ。
「僕、基本的に人間には、興味ないから。おねーさん……シルビアは特別なの」
だから、ごめんね?と、謝ってくるが口調は全く申し訳なさそうではなかった。
……俺の名前を覚える気はないらしい。
ムッとして言い返そうかとも思ったが、先程の獣から助けてくれたのも事実だったので、口をつぐんでおくことにした。
「じゃー、行こっか」
早々とアルミレッドに興味を失ったのか、ルクシオはシルビアを見据えて話し出した。
「シルビアと……しょうがないからそこの人間も棲みかに案内してあげるよ。母さまにご挨拶してね?」
そう言うと、再びシルビアの前に背中を差し出した。
「さぁ、シルビアは乗って良いよ」
つまり、シルビアは背に乗って、アルミレッドには歩けということか。
言外の意味を察して、シルビアが戸惑う。
「あ、あの、乗せて貰えるのはありがたいのだけれど……。出来ればアルも……」「それはダメ」
「「……」」
間髪いれずに返ってくる言葉。
アルミレッドは溜め息をつきつつ、話し出す。
「構わぬ。シルビアだけを乗せてくれ」
「で、でもっ……」
「あー、人間。それ正解!駄々をこねるようなら、シルビアだけ連れてお前は置いて行っちゃおうと思ってたから」
なかなか賢いね。等とほざいている虎を尻目にアルミレッドは思った。
いつか剥製にしてやる……。
そんな三者三様な一行をよそに月明かりは静かに二人と一頭を照らし出していた。