蒼い心
「何してんだよ!阿呆だな」
皆で馬鹿笑いする。
国語の時間。
斜め後ろに座っている男子が、椅子から落ちた。
「うわっだっせえ!」
つられて僕も爆笑する。
それまで退屈で仕方なかった授業が一変、夢の世界へ行っていた奴らまで起き出してくる始末だ。
和やかな空気が辺りを包む。
その中で僕は一人、言いようにない寂しさを感じていた。
いつかは。
いつかは、この時間も終わる。
永遠に続くと思っていたあの時間でさえも、一瞬で崩れ去ってしまった。
後に残ったのはどうしようもない虚無感のみ。
もう、あんな思いはしたくない。
もう……。
自分の顔から少しずつ、笑みが消えてゆくのを感じた。
心の中の湖にたっていた波が、鎮まってゆく。
鏡のようだ。
深呼吸。
失うのが怖ければ、最初から手に入れなければいいんだ。
すっかり授業はいつもの退屈な時間に戻っていた。
「蒼ー」
いつもなら皆の中心にいるであろう男子が話しかけてきた。
僕のことを名前で呼ぶのは一人しかいない。
「なにか用か。……蕾」
蕾と書いて「らい」と読む。
一風変わった名前の持ち主は、言動までもがかなり変わっている。
僕に自分から話しかける時点で変わっているといっていいだろう。
「あのさぁ、お前さっき、阿呆なこと考えてただろ」
「なんのことだ?全く意味がわからない」
「だからさー、楽しい時間なんかいつかなくなるんだから、それなら最初っからなかったことにしちゃえって」
な……やっぱり変だこの男。
「去年のことはよく知ってるぜ。でもさ、そのままでいいのかよ?そうやってこれから生きていくのか?」
去年は、楽しかった。
ほんとうに、毎日楽しかった。
付き合ってた奴と、友達何人かといつも一緒で。
毎日笑ってた。
でも、僕達が別れてからは。
状況が一変した。
僕はクラスの中心だったあいつに無視されるようになって、それがクラスに広がっていった。
学年が代わってからも、誰も僕に話しかけようとはしない。
「いいんだよ、これで」
「よくねぇよ!蒼はさ、びびりすぎ!笑えよ!」
「知らねえ。なんでそこまで自分に関わるんだ?放っておいてくれ」
「……蒼のことが、好きだからだよ」
「は?」
「蒼のことが、好きだから気になんだよ。寂しそうな顔してっとさ」
なんだよそれ。
なんだよ……。
そりゃあ僕も気になってたよ。
でも、人を好きになるのが怖くて見つめられなかった。
楽しい時間をまた、失うのが怖くて。
「なんだよ……」
「急に言われても困るよな、ごめんな」
なんでそんなに優しいんだよ。
僕の蒼い心が、戸惑ってる。
蕾の手が、肩まで伸ばした僕の髪をすく。
「馬鹿……やろ……」
目の前がぼやける。
僕の心が、溶けてゆく。