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1日で終わるシリーズ

1日で終わるイケオジスローライフ

作者: 猫舌威
掲載日:2026/09/20


 我が忠誠は、折れた剣とともに終わった。


「勝負ありッ!!」


 相手方に上げられる勝者の赤いフラッグ。わっと観客席が沸く。


「勝者、ジャマー・ヤーネン支団長! 敗者……ニクラス・ヴィレッジ副団長!」


 私は騎士団長の座を賭けた……いや、賭けさせられた闘いで、20才近く年若の男に負けた。

 王の推薦を受けて臨んだというのに、王の目の前で試合に負けたのだ。もうここに私の居場所はないだろう。まあ、あきらめのつく幕引きではある。


「ニクラス副団長、よい試合でした。副団長がもう10才若ければ、私も危うかったでしょう」


 勝利したジャマーが、私に握手を求めてくる。

 が、その目はいやらしくニヤけている。陰で私を老兵と呼んでいる男だ。清々したと、顔に書いてある。


「なに、さすがは騎士団長の息子だ。私の剣が折れたのも、運命だろうよ」

「まこと不運なことでした。皆もニクラス副団長が去ることを惜しんでおります」

「ほう、私が去ることは決定済みか」


 握手に応じる。互いに目は笑っていないが。

 

「ではジャマー新団長の武運を祈り、老兵は去るとしよう」

「なんの。これからも、お力添えを期待しております」


 合わせた掌からは、言葉通りの敬意はまるで伝わってこない。

 ジャマーが客席へ色目を使いに行っている間、私は王の元へ向かう。

 武しか能のない弱小伯爵家の次男ごときが、王国騎士団副団長にまで登れたのは、陛下の覚えあってのことだ。陛下の足下へ頭を下げる。


「御覧の通り、負けましてございます」

「……ニクラス」


 情けない報告に、陛下の呆れたような声が降ってくる。


「……何故言わぬ」

「……私の剣がヒビ割れていたことですか?」


 陛下の側近たちがぎょっとしている。

 騒ぎ立てることをしないのは、この試合に潜んだ思惑を知っているからだろう。

 試合前ならまだしも、いま言ったところで、である。いや、試合前であっても、別のヒビ入り剣を渡されるだけだ。


「私に団長は荷が重いと、ずっと申し上げておりましたでしょう。ちょうど良かったのです。これで希望通り、領地に隠居できます」

「42で何が隠居か。余の命令でも留まらぬのか?」

「留まったところで、また負け試合が催されるだけです。騎士たちは敗者の下には着きたがりませんよ」


 そう、この試合は私を追い落とすためだけのもの。

 騎士団長であるメザ―リ・ヤーネン侯爵は、自分の息子を次期団長に据えたいのだ。

 次期団長には、ヤーネン侯爵一派と上位貴族らがジャマーを推し、国王及び下位貴族らが私を推した。そこで団長の座を賭けての試合が、ヤーネン団長から提案されたのだ。


 剣が不良品であることなど、剣の腹を叩けば音で判る。私は団長に剣を手渡されたあのときには、負けを確信していた。

 試合を提案してきた段階で予測できた結果でもあった。

 王は深く、悲嘆のため息をつく。


「竹馬の友がこんな形で城を去るのを、止めることすらできぬ王とは……」

「私も、貴方さまとの学友という関係に甘えすぎたのです。これまでの不敬、及び無礼をお許し下さい」


 丁寧に一礼し、闘技場の出口へ向かう。もとより花道だとは思っていなかったが、二度と踏むことのない土だと思うと寂しさはある。

 勝者を称える歓声が、通路の奥まで届いていた。


「ニクラスめ、明日から別の試合が始まるぞ」


 王がそう呟いて苦笑したことも、私にはもう届く声ではなかった。

 


――――――――



 騎士宿舎の荷物は明日運び出すとして、私はそのまま馬を飛ばし、夕刻、王都の郊外にあるタウンハウスへ入った。

 今日ここを訪ねる旨を書簡で届けていたので、門番、家令らの出迎えはスムーズだった。もちろん現ヴィレッジ伯爵……兄もきっちり在宅で。

 5つ上の兄は伯爵がすっかり板につき、同じ茶髪の碧目なのに、私などにはないヒゲと威厳がある。


「数日ご厄介になります、兄上」

「お前な……先触れすればいいってもんじゃないぞ。何だ、あの内容は」


 何月何日、騎士団長を賭けた試合があり、負けたあとこちらに寄ります、領地で隠居したいので空いてる館を下さい、という旨の書簡である。


「ありませんか? 空き家」

「問題はそこじゃないんだが……まあ、お前のことだ。また女性トラブルだろう」

「またって何ですか。そんなの一度もないですよ」

「いえ、ニクラスさまの知らないところで、おそらくトラブルが起きていたはずでございます」


 兄上の部屋に茶を運んできた家令までもが、真面目に私をトラブルメーカー扱いしてくる。


 思えば若い頃から、たびたびそういった濡れ衣を着せられた。女性同士の諍いなのに、原因が私だとされるのだ。

 私はその場にいなかったと、何度言っても通じない。遠因だ、などと言われる。


 夜会で話しかけてくる女性たちと、共通の話題があるなら話が弾んで当然だろう。何故か男性よりも、私の周囲には剣に興味を持つ女性が多い。

 そして彼女たちが争うのだ。誰が購入した剣が、私に最も似合うかを。

 私は斬れれば何でもいいのに。


 また彼女たちは、ワインの知識もある。私は領地のワイン用の葡萄農園に出資しているので、彼女たちのワインへの造詣を聞くと、領地の皆の喜ぶ顔が浮かぶ。これほど嬉しいことはない。

 そういえばいくつかの令嬢の家が、ワインの仕入れの専属契約を結んだとも言っていた。

 私の農園が潤っているのは、彼女たちのおかげでもあるのだ。



「館はいくつか見繕っているが……本当に隠居する気か?」


 兄の方が、私よりも私の立場に未練があるようで、何度も確認してくる。

 王宮を、騎士の魂を棄てられるかと言われれば、勢いよく肯定の返事はできない。けれど狭い塀の中で腹の探り合いをするよりも、風通しの良いところへ行きたい。

 それが本音だ。


「私がいなくとも王宮は廻ります。今はのんびり暮らしたいんです」


 葡萄の畑も拡げたい。働く皆を労りたい。一緒に汗にまみれたい。

 それが私の夢なのだ。


「それから、良き伴侶を、ですな坊っちゃま」

「うっ……もう少し自由でいたいんだけどなぁ……」



――――――――



 ニクラスは知らなかった。

 夕刻のうちに王都中央部のみで、号外新聞が出たことを。


『貴婦人たち騒然!! 騎士団No.1イケオジ、副団長ニクラス・ヴィレッジ、突然の解雇!!』

『妻娘が逆上、屋敷を追い出される上位貴族夫!「旦那なんかいらない、副団長さえいればいい」』

『背景に現騎士団長の遺恨? ヤーネン侯爵家、ワイン取引額でヴィレッジ伯家に完全敗北』

『関係者の衝撃告白!!「実はあの剣は……」』



 ニクラスは知らなかった。

 翌日の王都ゴシップ誌数社が、一斉に報じた内容を。


『A婦人激白!「ニクラス副団長は私と熱い夜を過ごした……」』

『元上司Mが涙ながらの告白「奴は私の妻にも色目を使っていた」「ワインは関係ない」』

『B婦人の反論!!「私はニクラス副団長の運命の人。他はニセモノ」』

『C令嬢がモノ申す!「私こそがニクラス副団長の番!!邪魔者は消す!」』

『D令嬢の決断!「侯爵令息Jの婚約者を辞退します!ニクラス副団長と育んだ愛」』

『E令嬢が弊社にだけ語った真実「貴婦人たちの話はすべて虚偽」』

『特集!!寝た男の年収が自分の価値を上げる!深夜に罠を張り男を狩る毒婦たち』

『侯爵令息Jが緊急会見!「私は剣に細工などしていない!」しかし同僚は…?』



 ニクラスは知らなかった。

 部下たちが頻繁に催してくれる飲み会が、合コンであることを。

 貴婦人たちがニクラスの部下に金を握らせ、パブを貸し切りにする。表向きは副団長を囲んだ飲み会だが、実は男女比が不釣り合いでなのである。

 彼女らはこぞってニクラスの好みのタイプを聞き出そうと奮闘するが、彼が「内緒」と片目を瞑ると眼福に感謝し、店をあとにするのであった。



 ニクラスは知らなかった。

 騎士団へ取材申し込みに来る女性らが『月刊ダンディズム』の記者であることを。

 雑誌専属の絵師は、普段やらないことをニクラスに要求する。白い襟シャツを胸まではだけることや、雨に降られたていで髪を濡らしかき上げる、ベッドで子供を寝かしつけるように、など。

 それらを纏めた書籍は決まって重版をかさね、飛ぶように売れた。

 貴婦人らはもちろん、鍛えられた身体と騎士団服のラフな着こなしに憧れる男性陣のバイブルとなった。 


――――――――



「おいニクラス、王宮から急使がいらしたぞ」

「え?」


 王都の商人たちに渡りをつけ、葡萄栽培に必要な資材を調達しようとしていた矢先。

 騎士宿舎から運ばれてくるはずの荷物は届かず、代わりに王の書簡が届いた。

 兄上が馬小屋まで急使を案内してきたので、ワラにまみれた格好でそれを開く。


「騎士団復帰を求める……?」


 怪訝な顔をした私に、急使は「ご存知ないのですか!?」と驚く。

 そりゃあ、もう王都の情報は遮断する気でいたからな。

 急使はまるで天変地異でも起こったかのように、王都の現状を語り出した。


「ニクラス殿が除隊したと聞いたファンの貴婦人たちが、試合を提案したヤーネン侯爵と子息の身辺を徹底的に調べ上げたのです。そうしたら、不正の痕跡が出るわ出るわ……。侯爵は団長の任を解かれ投獄、子息も除名。貴婦人たちはなおも止まらず、自分がニクラス殿と結婚して王都に呼び戻すのだと、自称ニクラスの妻が大量発生しているのです」


 ある意味、天変地異なんじゃないだろうか。


 団長が不正まみれなのは薄々知っていたけど、それを握り潰して安定させていたから、混乱を起こさないようにグレーを容認していた。

 いつか誰かが暴くだろうと。これは、私の弱さが招いた混乱なのだろう。


 それにしても、貴婦人のパワーは凄いな。たいして才能もない私に肩入れしても、得などないだろうに。

 王の元でキリキリ働けと、尻を叩かれた気分だ。

 やれやれ、本気を出さなきゃいけないか……



「スローライフはお預けだな」


 兄上が晴れやかに笑う。まるでこうなることが分かっていたように。


「はあ……では、戻りますか、我が城へ」

 




フェロモンだだ漏れ天然系オジです。でもやればできる。

ニクラス・ヴィレッジ→村ニ暮ラス

親子→邪魔やねん。目障りやねん。

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― 新着の感想 ―
タイトルでまず笑いました。 それが1日で終わるの?? と思いながら読んで、号外新聞の所でまた笑いました。 『妻娘が逆上、屋敷を追い出される上位貴族夫!「旦那なんかいらない、副団長さえいればいい」』 …
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