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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ


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第7話 王子の無茶な提案

「……いや、待って。ちょっと待って。え、待って?」


 身体の不調も、濁った龍脈の気持ち悪さも、今はどうでもよかった。

 それより目の前の王子様が、とんでもないことを言い出したからだ。


 私のもとへ来い――なんて。


 そんな台詞、普通はお姫様とかそういう人に向けるものだ。

 少なくとも、さっきまで討伐しようとしていた邪竜に向ける言葉じゃないと思う。


「えぇと……確認なんだけど……私に言ってる?」

「他に誰がいる?」

「フェン様とか……?」

「ウチは遠慮しとくわ」


 即答だった。

 いや、そこは乗っかってくれなくていいんだけど。


 私はぐらつく頭をどうにか持ち上げて、目の前の銀髪の王子を見た。

 シグルド王子は、さっきと変わらない真面目な顔でこちらを見返してくる。

 冗談を言った顔ではない。


「王子はん……自分が何言うとるんか、ちゃんと分かっとるんやろな」

 フェン様が低い声で割って入った。

 白いもふもふの身体からは想像もつかないくらい鋭い眼光が、真っ直ぐシグルド王子を見つめている。


「邪竜討伐しようとしてた国が、勝手に邪竜を受け入れようっちゅうんやろ。国への裏切りやと取られてもおかしないで?」

「あぁ、フェン殿の言う通りだ。だが承知の上だ」

「軽う言うなや。自分、ついこないだまで討伐隊率いてここ来とったんやぞ」


 その言葉に、空気がぴんと張る。

 そうだ、この人は元々、私を討ちに来た王子様なのだ。

 公国の被害がどうとか、王国の立場がどうとか、そういうのを背負って、ここに来た人だ。


 そんな人が、邪竜を離宮へ連れて行く?

 どう考えても、無茶である。


「その通りだ」

「公国の被害が事実であるなら、私はお前を討つ側に立つべきだろう」


 シグルド王子は目を逸らさなかった。


「だが――」


 王子はそこで一拍置いた。


「私は今、別の事実も見ている」


 蒼い瞳が、洞窟の奥を見渡す。

 淀んだ空気。乱れた龍脈。住処として壊れかけているこの場所。

 それから最後に、弱りきった私へ視線が戻ってくる。


「公国の訴えが全て真実なのか、確証が持てなくなった」


「……」


「そして、この龍脈異変は、王国の王子として看過できるものではない。もし何者かが意図して龍脈を乱しているのなら、それは王国にとっても脅威だ」


 静かな声だった。

 けれど、ひどくはっきりしていた。


「それに、弱ったお前をこのまま放置するのも危険だ。第三者に攫われるかもしれないし、追い詰められて暴走する可能性もある。あるいは誰かに利用されるかもしれないだろう」


 そこまで言って、王子は私を見る。


「だから、私の監督下に置く。それが今、最も被害が少ないと判断した」


 ……なるほど。

 いや、なるほどじゃない。

 やっぱりだいぶ無茶なことを言ってない?


「いや、理屈っぽく言ってるけど、やっぱりだいぶ無茶では?」


「無茶だろうな」


「……やっぱりイカれとるやないか、この王子はん」


 まるで当然みたいに言われてしまって、私は思わず言葉に詰まった。

 隣でフェン様が、わざとらしく大きなため息をつく。



「いきなり私を信用しろとは言わぬ、それに――私も無条件で受け入れるほどお人好しではない」


「……え?」


「あくまで王国のために私が判断したことだ。見極めるために連れていくのだ。

 公国の件もこの異変も、お前達自身のことも」


 甘い情に流されている顔ではなかった。

 王子として決めたことなのだと、その声が示していた。


「無論、王都へ入れるつもりはない。拘束するつもりもない」


「離宮に近づける者も私が選ぶ。フェン殿の同行も構わぬ。むしろ、いてもらわねば困る」


 フェン様の耳がぴくりと動いた。

 それを気にせずに王子はこちらを見つめながら続ける。


「そもそもだ。龍脈が安定しお前が力を取り戻せば、飛び去ることもできるだろう」


 私は目を瞬いた。


「……逃げても、追わない?」

「必要以上には追わぬ」

「……なにその怖い言い方」

「王国へ害をなす存在なら話は別だ。だが、そうでないなら無理に引き留めはしない」


 ひどく不器用な言い方だった。

 でも、嘘を飾っている感じはしない。


「お前が本気で暴れれば、使われていない離宮の一つなど守りきれまい」


 シグルド王子は静かに言った。


「そんなことは承知の上で、私は提案している」


 フェン様がふっと鼻で笑う。


「……ようやく、ちぃとはマシなこと言いよったな」

「フェン様!?」

「最初っから王子はんを信用したわけやない。せやけど、覚悟もなしにほざいとるんやないことくらいは分かる」


 そう言ってから、フェン様はじろりと私を見上げた。


「……リィネ。ああは言うたが、龍脈の様子はやっぱり変や。このままやと、ウチでもアンタを助けられんかもしれん」

「せやから、決めるんはリィネや」

「え、私!?」

「当たり前やろ、アンタのことなんや。ウチが決めてどうするねん」

「いやでも、関係性を考えるとフェン様は私の保護者なのでは……?」

「保護者やからこそや、アンタが嫌や言うなら

 ウチが、今すぐこの王子の喉を食いちぎってやってもええ――」


 フェン様は横目で王子を睨みながら牙を見せる。

 物騒すぎる。

 でも、それがフェン様なりの本気なのだと分かってしまう。

 私のために怒って、私に決めさせようとしてくれている。


 シグルド王子は、本当に平然としていた。

 脅しに動じかないのか、それとも覚悟を決めているのか。


 私はもう一度、洞窟の奥を見る。

 慣れ親しんだ住処。ずっとここにあると思っていた場所。

 けれど、もう長くはいられない。


 眠って、起きて、フェン様に怒られて。

 そんな何でもない時間を、ずっとここで続けていくのだと思っていた。

 それがもう難しいのだと、ようやく実感した。


「一つだけ、聞きたいんだけど……」


 私はどうしても気になったことを王子に問いかける。


「なんで、邪竜の私の言うことをそんなに簡単に信じるの?

 全部、あなたを騙す嘘かもしれないよ。私は邪竜だし」


 王子は少し頭を傾げ考え込んだ様子を見せるが

 すぐにこちらを向いて答える


「言ったはずだ。私はまだ、お前たちの言葉を全て信じたわけではない」

「だが、君の翼に守られてから、私が聞かされてきた“邪竜”の話そのものに疑問を持った。

 だからこそ、自分の目で確かめた上で結論を出したい」


 青い瞳が揺れたかと思うと、こちらを見据えながら王子は続ける。


「それに――私とて、王国を危険に晒すつもりはない。

 もし邪竜が敵だと分かれば、私は命を賭してでも国を守る。

 竜の加護を持つ以上、それが私の責務だ」


 魂の刻印の性質。シグルド王子が死ねば私にも影響が出る。

 たしかに、そうなれば私は今の力を保てないかもしれない。

 でも、それはつまり――この王子が本当に命を張るつもりだということだ。



「王子様」

「なんだ」

「……そこまでして、ほんとに後悔しないの?」

「後悔するかどうかは、あとで決める」

「なにそれ」

「今は、お前をここから出す方が先だ。違うか?」


 ずるい。

 そんなふうに言われたら、これ以上はねのけるのが難しいじゃないか。

 私は長く息を吐いて、しぶしぶ頷いた。


「……分かった。行く」

 自分で言ったくせに、胸の奥が妙にそわそわした。


「でも、あくまで一時避難だからね?」

「ああ」

「ちょっとでも変なことしたら飛び去るから!」

「構わぬ」

「あと、ふかふかのベッド用意してね」

「……アンタ、状況わかっとんのかい」


 フェン様のツッコミが洞窟に響く。

 でも、そのやり取りのおかげで、ほんの少しだけ息がしやすくなった。


「まっ、決まったなら止めへんわ。ぐだぐだ言うてる暇あらへん。移動するなら今すぐや」

「……夜のうちに動こう」


 私は半ばやけくそで身体を起こした。

 それに合わせるように、シグルド王子が一歩前へ出る。

 身体は重い。けれど、さっきよりは少しだけ動ける気がした。

 行き先が決まったからかもしれない。


 洞窟の外へ出ると、夜の空気が肌を撫でた。

 見上げた空には月が浮かび、白い光が山肌を淡く照らしている。


 こんなふうに、住処を背にして外へ出るのは初めてだった。


「ええか、リィネ。龍脈から離れてもしばらくは大丈夫やけど

 あんまりのんびりはしてられんからな、一気に行くで」

 フェン様が私の頭の上に飛び乗る。


「歩いてたら間に合わへん。王子はんも乗りぃ」

「はえ?」


 私は思わず素っ頓狂な声をあげる。


「いや、案内がいるやろ」

「えぇ? 王子様も乗せるの?」

「当たり前やろ……どこに行くかわからんやろ」

「それは、そうだけど……」


 ドラゴンとして生まれてから、ずっと自堕落に洞窟で過ごしてきた。

 人を乗せて飛ぶなんて初めてで、なんだか妙に気恥ずかしい。


「わかった、リィネ。急ごう」

 ふわりと銀髪をなびかせながら、王子様は私の背中に飛び乗る。

 今まで感じたことのない人の重みを背に感じながら、夜空を見つめる。


 フェン様がいる。

 背には、人間の王子がいる。

 どう考えても妙な状況だ。


 ちらりと見つめた洞窟。もう戻れないわけじゃない。

 でも、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 それでも――もう、行くしかなかった。


 私は小さく息を吸い、黒い翼を大きく広げる。

 そして夜の空へと羽ばたいた。

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