第5話 ほんとうに変な人だ
王子を見送ったあと、
ようやく崩れた岩の片付けを終えた私は、ふぅと息をついた。
洞窟の中はすっかり静かになっている。
ついさっきまで討伐隊だの崩落だのと騒がしかったのが嘘みたいだ。
「……変な人だったなぁ」
ぽつりと呟くと、
少し離れたところで毛づくろいをしていたフェン様が、ぴくりと耳を動かした。
「変やのうて、めんどくさい男や」
白銀の尻尾をぱたぱたと揺らしながら、
フェン様は呆れたように鼻を鳴らす。
「だってさ、討伐に来たんだよ?
普通もっとこう、『覚悟しろ邪竜!』って感じじゃない?」
「実際そうやったやろ」
「そうなんだけど……」
私はごろりとその場に寝転がって、
洞窟の天井を見上げた。
「でも、ちゃんと話を聞く人間もいるんだなって。
ちょっとだけ思った」
自分で口にしておいて、なんだか妙に気恥ずかしい。
人間とまともに言葉を交わしたのなんて、たぶんこれが初めてなのだ。
そんな私を見て、フェン様は小さくため息をついた。
「せやから気ぃつけや、言うとるんや」
その声は、いつもの軽い調子より少し低かった。
「人間なんぞ、簡単に信じたらあかん。
今は話を聞いとっても、立場や都合が変われば、あっさり牙を剥く」
「でも、あの王子はそういう感じじゃなかったよ?」
「今は、な」
短い言葉だった。
でも、そこには言葉以上の重さがあった。
私はゆっくりと首を巡らせ、フェン様を見る。
「……フェン様」
「なんや」
「昔、何かあったの?」
問いかけると、
フェン様は少しだけ目を細めた。
「……昔もおったんや。
最初は祈って、感謝して、頭まで下げとった」
そこで言葉が切れる。
可愛らしい犬の姿には似つかわしくないほど、
フェン様はひどく遠い目をしていた。
「せやけど最後には、都合よう使おうとする。
人間っちゅうんは、そういう生きもんや」
私は思わず口をつぐんだ。
普段のフェン様は、あんなにやかましくて、偉そうで、
ちょっとお菓子をあげたら機嫌が良くなりそうな単純さすらあるのに。
今の一言だけは、
やけに重く胸に沈んだ。
「……そっか」
「まぁ、自分にはまだ分からんやろな」
フェン様はそう言って、
わざとらしく肩をすくめるみたいに前脚を動かした。
「そもそもやで、アンタが生まれた時からそんな感じやったしな」
「え、私?」
「せや。新しい竜の気配がした思て、ウチが様子を見に来てみたらな」
フェン様はくるりとこちらを振り返る。
「ちっこい黒い子竜が、龍脈の上で気持ちよさそうに腹出して大いびきかいとったんや」
「ちょっと、それは盛ってるでしょ!」
「ほんまに腹見せて寝とった。
こんな感じやったで!」
フェン様はわざとらしくお腹を天井にむけてグースカと大いびきのマネをする。
私が思わずむっとすると、
フェン様はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「声かけても起きひんし、揺すっても転がるだけやし。
『こいつ大丈夫か』思たもんやで」
「それに、しょうがないじゃん。
竜のことなんて何も分からなかったんだし、
フェン様には前にも話したでしょ――」
私は、そもそもこの世界の存在ではなかったはずだ。
前世の記憶はほとんど残っていない。
けれど、この世界に転生してきたのだということだけは、なぜか分かっている。
それに、普通転生ってもっとこう……
寵愛される令嬢とか、武力を誇る辺境令嬢とか、そういうものじゃないの?
なのに、気づけば私は竜の子供だった。
あの時の違和感だけは、今でもはっきり覚えている。
「転生やろ? そんなん竜にはようあることや」
フェン様曰く、竜にとって転生は珍しいことではないらしい。
……私の思っている転生とは、だいぶ意味が違う気もするけど。
「しかし、飛び方を教えても寝る、魔力の流し方を教えても寝る。
ほんま、ようここまでデカなったもんや。感慨深くなるわ」
生まれたばかりで何もわからない私を最初に見つけてくれたのが
使い魔の犬の姿でこの洞窟に来てくれた聖竜のフェンリクス様だった。
竜のことも、この世界のことも、
私が知っていることのほとんどはフェン様に教わった。
「育て方が良かったんじゃない?」
「誰が保護者や」
そう言いつつも、否定しきらないあたりがフェン様らしい。
私はふふっと笑って、黒い尻尾をぱたりと床に打ちつけた。
「でもさ」
「なんや」
「……王子様、また来るって言ってたよね」
フェン様の耳がぴくりと揺れた。
「言うとったな」
「ほんとに来るのかな」
ぽつりと呟くと、
フェン様はじろりとこちらを見た。
「なんや、自分。ちょっと気になっとるんか?」
「気になってないよ!?
ただ、また面倒が来るのかなって思っただけ!」
「はいはい」
軽く流された。
でも、真面目くさったあの蒼い瞳が妙に頭に残っていたのは事実だった。
討伐に来たくせに、
ちゃんと話を聞いて、
しかもまた来るなんて言い残して帰っていくんだから。
ほんとうに変な人だ。
フェン様との昔話に、洞窟の空気はようやく落ち着きを取り戻していた。
さっきまでの騒ぎが遠くへ過ぎ去って、
私もようやく人心地ついた――その時だった。
「……ん?」
洞窟の奥から、
ぞわりと妙な感覚が走った。
今までに感じたことのない、魔力の軋みが洞窟を走る。
いつもなら心地よいはずの龍脈の鼓動が、
今はどこか濁って聞こえた。
「フェン様、今の……」
言いかけた私より先に、
フェン様の耳がぴんと立つ。
「……気のせいやない」
さっきまでの軽い調子が、消えていた。
私はゆっくりと身を起こす。
胸の奥がざわざわする。
心地よかったはずの洞窟が、
急によそよそしい場所になってしまったみたいだ。
「これ、ちょっと嫌な感じかも」
私の呟きに、
フェン様は低く唸るように答えた。
「嫌な感じ、で済めばええけどな」
フェン様は、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし
「リィネとシグルド、ちょっと気になるな」
「続きも読んでみたいな」
と思っていただけたら、↓の評価(★★★★★)やブックマーク、感想やリアクションなどで応援していただけると嬉しいです。
皆さまからの反応は、執筆を続けるうえで大きな力になっています。
これからも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。




