第2話 邪竜は叱られる
崩落の音が、ようやく止んだ。
私の快適な睡眠スポットであった洞窟は崩落してきた岩ですごいことになっている。これ誰が片付けてくれるのかな……。
嫌なことを考えるのは後回しにした私は、
広げていた黒い翼をそっと持ち上げ、中の様子を覗き込む。
綺麗な銀髪のシグルド王子は意識を失って倒れ込んでいた。
不思議なことに額から流れていた血は止まっており、傷も少し塞がっているようだ。
それ以外に大きな怪我はなさそうで、とにかく死ぬことはないだろう。
「ふぅ、大丈夫そうだね」
邪竜なんて呼ばれている私だけど、
さすがに寝床で人が死ぬのは気分が悪い。
あとで思い出して
「うわぁ……」ってなるやつだもんね。
誰も殺さず、追い払うだけのつもりだったのに。
よわよわな洞窟のせいで、まさかあんな崩落になるなんて思わなかった。
でも、死者は誰もいなさそうで一安心だ。
「フェン様! 予想とは違う形になったけど、
無事に追い払えそうだし、結果オーライだね!」
ニコニコしながら話しかけた私に、
フェン様はじぃっとした目を向けてきた。
「リィネ……アンタ、ウチに隠してることあるやろ?」
ギクッ――。
不意にかけられた声に顔を向けると、
ぷくっと怒った顔のもふもふ犬……ならぬ、フェン様と目が合った。
「な、何も隠してることなんか――」
翼角で頭をぽりぽりとかきながら誤魔化そうとする。
「あ~~~ん!?」
見た目は可愛いもふもふなのに、
目が据わっていてまったく可愛くない。
嗚呼、許してください。
「う~……ごめんなさい。
実は、その……えっとですね……」
もふもふの圧に負けて、
私は洗いざらい白状することにした――。
***
「ほーん? つまりアレか?
昔この洞窟に迷い込んだ子供を助けるときに、竜の加護を与えたと?」
「しかも、その子供が
今ここに転がっとるこの王子さんやったっちゅうことか?」
気絶したままの王子を安全な場所に寝かせたまま、
十メートルを超える邪竜の私が縮こまるようにして、
フェン様のお説教を受けていた。
「だって……血まみれで死にかけてたんだもん……。
ほら、寝床に人間の子供の死体とか嫌でしょ」
「それに、フェン様から聞いた話で
竜の加護を与えれば人間の傷が治るって聞いてたし、
『それだ!』って思って――」
「このアホ竜!!」
フェン様の怒鳴り声が洞窟に響いた。
「ウチの話思い出すならな、
『竜の加護はおやつ感覚で渡すもんちゃう』
そこも思い出さんかい!」
「ひぃッ!!」
私は咄嗟に、少しでも小さくなろうと翼をぎゅっと閉じて頭を下げる。
「リィネ! 小さくなって隠れようとしてもあかんで!!
……というか、それ子竜の頃しか通用せえへんやろ。
今のアンタ、でかすぎて丸見えや」
ため息混じりに頭を抱えるフェン様。
「はぁ……。
どうりでおかしいと思ったんや。
こいつ、龍脈と同調しとる。
だから怪我なんてあっちゅう間に治ってまうんやな」
「お~、龍脈ってすごいね」
ギロリ、と睨まれる。
あれ、まだ許してもらえてないみたいデス……。
フェン様は私の目の前まで歩いてくると、どっかり座り込んで言った。
「リィネ。アンタ、分かってへんみたいやからもっかい教えたるわ。
竜の加護っちゅうのはな……
契約なんかと違う。
アンタの一部を分け与えるようなもんや。
取り消しなんかできへん、
『魂を分け与える刻印』や」
「……つまりや。
竜族のアンタがどうこうなることはまずあらへんやろうけど、
この王子さんが死ねば、アンタにも少なからず影響が出る」
言われて、幼い頃に聞いた記憶がじわじわ蘇る。
「ちょっと待って、それって……
この王子に与えた加護のせいで、私にもトラブルが起こるってこと……?」
フェン様は静かに頷いた。
「せや。
しかも竜の加護を与えたなんて人間にバレてみぃ。
竜の血と加護を求めて、アンタのところに人間どもが殺到するで」
――あれ?
もしかして。
竜の加護って。
……まじでヤバいやつ?
「今、ヤバイと思ったやろ?
だからウチはアンタが子竜の頃からずっと教えとったんやで」
「えーと……
どうしよ、フェン様? あはは……」
「はぁ……。
ことなかれ主義はええけど、
気まぐれに生きすぎやで、リィネ……」
私の顔を見つめて、フェン様はぽつりと呟く。
「……やっぱり『血』なんやろな」
「……血?」
「あぁ、なんでもあらへん。ともかくや!
王子さんをこのままにしといたらあかんやろ。
どっか安全な外にでも連れ出さな、また兵士たちが来るで」
フェン様がそう言った、その時だった。
「……う、ぅ……」
かすかな呻き声が響く。
私たちが振り向くと、
シグルド王子のまぶたがゆっくりと持ち上がっていくところだった。
「――邪竜、だと?」
蒼い瞳が、真っ直ぐにこちらを見据える。
その視線には警戒があった。
だが、剣を取ろうとする殺気はない。
「えーと……おはよう?」
とりあえず、そう言ってみる。
我ながら間の抜けた挨拶だと思う。
王子はわずかに眉をひそめた。
「……私は、生きているのか」
「たぶんね。
死なれると寝覚め悪いし」
「寝覚め……?」
王子は呆れたように呟いたが、
その視線はすぐにフェン様へ移った。
「それにしても……なぜだ。
なぜ私は、お前たちの言葉が分かる?」
洞窟の奥で、フェン様が深々とため息をついた。
「……せやから、それには理由がある言うとるやろ」
私は気まずく目を逸らした。




