第13話 退屈だ!
「たいくつだー!」
離宮の個室にて、私の声がむなしく響いた。
この離宮に移り住んで数日が経った。
窓の外は綺麗な景色だし、部屋は相変わらず広い、シャリーさんが持ってきてくれるご飯はおいしい。
それは認める。この姿になってご飯がおいしくなったのはすごく良かったことだと認めよう。
「でも、退屈なんだよなぁ」
ふかふかのベッドの上に大の字になって転がり、私は手と足をバタバタとさせた。
無駄に大きくて邪魔だと思っていたこのベッドにも、気がついたら慣れてしまったのがなんだか悔しい。
一方、フェン様は窓辺で陽の光が差し込む丸机の上でシャリーさんにおねだりした焼き菓子をぽりぽりとかじっていた。聖竜にしてはずいぶんと安上がりで買収されているが、なんとも言えぬ満ち足りた表情である。
「何が不満なんや、飯はうまいし寝床はふかふか。そして甘いものもたっぷりや」
「それはそうだけど……でも落ち着かないというか……」
他人事みたいに言って、フェン様はまたひとくち齧る。
うっ、おいしそうだな……。私もさっき食べたけど、もう一個くらい欲しいかも。
「だいたい、洞窟のときはずっと籠もってだらだら寝てたやろ」
「だってあれは自分の縄張りって感じがあったもん。ここはなんていうか、人の部屋でお行儀よくしてるだけな気がする」
「言ってる意味がよぉ分からんけどな」
ぷぅっと頬を膨らませながら私はゴロリっと大きく寝返りを打つ。
その反動で尻尾がブンッと揺れたかと思うと、フェン様の机に叩きつけられた。
ドカンッ!!!
「あぁウチの菓子が……。アホタレ! 見た目が変わっただけで、中身はほぼそのままなんやで!」
フェン様が次に食べようと思っていた焼き菓子が粉々になったのを見て驚く私。そんなに強くした覚えは無いんだけど……。
「えぇ、どういうこと?」
「器を小さくしただけなんやから、力自体は変わらへん」
たしかに、身体は小さくなったのに、力の加減はまだよく分かっていない気がする。昨日も服を着せられている時、ちょっと腕を動かしただけでシャリーさんに「お静かに」と笑顔で止められた。
「ブレスだって吐こうと思えば吐けるで、自分の力のバランスぐらいちゃんと見とかんか!」
「なにそれ、面白そう……!」
「アホ、そんなんで試すな。王子にドヤされるで」
「大丈夫、まだやらないもん」
「”まだ”ってどういうことや」
邪竜のときからかなり小さくなったので力も弱くなったと思い込んでいたけど、龍脈から力を得られている以上そんなに変わらないことが分かったのは私にとって驚きだった。
まさかこの姿でもブレスが吐けるなんて……ちゃんと口から出るのかな? 何が……出るんだろ?
私がブレスについて考え込もうとしていたところ
こんこん、と扉が鳴った。
「失礼する」
聞き慣れた、妙に真面目な声。
返事をするより先に扉が開いて、シグルド王子が姿を見せた。
今日もきっちりした格好で、いかにも仕事帰りみたいな顔をしている。
そして部屋に入るなり、ベッドの上でだらけている私と、机の上で菓子を食べているフェン様を見て、ほんの少しだけ眉を上げた。
「……何をしているんだ?」
「見て分からない? 退屈してるの」
「菓子食うとる」
シグルド王子は一拍置いて、それから小さく息をついた。
「そうか……。暮らしに慣れたか、様子を見に来たんだが」
「慣れたよ。慣れたけど、その結果めちゃくちゃ退屈」
「……そうか」
この王子、たまに返事が雑になるよね。
「なんや王子はん。仕事はもうええんか」
「あぁ公国との調整なども一段落したが、それがどうしたのだ?」
フェン様が、そこでにやっと口元を歪めた。
「ほな、ちょうどええやないか」
「……どういうことだ?」
「リィネが退屈や退屈やってうるさいんや。王子はんが外、案内したってぇな」
「は?」
思わず上半身を起こすと、フェン様はふんすと鼻を鳴らした。
「離宮のまわりぐらいやったらええやろ。どうせ外壁の内側やし、万が一見られても今のリィネの格好なら邪竜やとはバレへん」
「あ、ちょっと! フェン様が勝手に話を進めないでよ」
とは言いつつも、私も少し乗り気になっていた。
だって、せっかく退屈をどうにかできそうな話が転がってきたのだから。
「……でも、案内くらいならしてもらってもいいかも」
「さっきまで文句言うてたくせに、切り替え早いな」
「うるさいなぁ。外に出られるなら話は別でしょ」
私はベッドから降りると、そのままシグルド王子へ向き直った。
「というわけで、お願いできる?」
「……というわけで、と言われても困るのだが」
「えー」
「えー、ではない。外へ出るならそれなりに準備が――」
「準備なら今すぐできるやろ? 王子はんも一区切りついた言うてたやないか」
シグルド王子は私とフェン様を順番に見て、それからひとつ息を吐いた。
あ、この顔はたぶん押し切れそうだ。
「分かった。外壁の内までだ。私の指示にも従ってもらうぞ」
「やったー!」
「まったく、自分の立場を忘れたのか……」
口ではそう言っても、シグルド王子が本気で止める気はないのがなんとなく分かった。
この王子、最初に渋るくせに、最終的には案外こちらの願いを聞いてくれる。
***
「……馬?」
シグルド王子に連れ出された先に待っていたのは、艶のある毛並みの黒い馬だった。
足は長くよく手入れされているのだろう、体つきもしなやかである。
「まさか飛んでいくつもりだったのか?」
「あっ……そっか」
すっかり忘れていた。今の私は翼も無いしね。空を飛べないっていうのはちょっと不便だなぁ。
そんなことを考えていると、シグルド王子はひらりと馬に跨がると、こちらへ手を差し出してきた。
「さぁ、手を」
「え? あ、うん」
シグルド王子の手を掴むとグイッと引っ張られて持ち上げられる。
まさか人間にこんなに軽々と持ち上げられるとは思わなかった、今までに無い経験に少し戸惑いながら王子の後ろに載せてもらった。
馬の背は思っていたより高いし、鞍は硬いし、尻尾が微妙に邪魔だ。座る位置を探るようにもぞもぞしていると、下からフェン様の呆れた声が飛んできた。
「何しとるんや」
「だって尻尾が……」
「ええから、場所あけてや」
文句を言いながら尻尾を横へ逃がしていると、フェン様がぴょんと飛び上がり、そのまま私の膝の上へ収まった。
「はい、これでよし」
「よし、じゃないでしょ。なんで当然みたいに乗ってるの」
「そらウチも行くからや」
「重くない?」
「失礼やな。軽いもんやで」
私たちのやり取りに慣れてきたのか前のシグルド王子は特に口を挟むでもなく、肩越しに少しだけ振り返る。
「……落ちないよう、ちゃんと掴まっていろ」
「うーん、馬って落ち着かないね」
仕方なく、私はそっとシグルド王子の上着の背を掴んだ。
ちょっとだけ落ち着かない。たぶん馬そのものに慣れてないせいだ。
馬がゆっくりと歩き出す。
最初は揺れに合わせるのが難しくて身体がぐらついたけれど、しばらくすると少しずつ慣れてきた。
離宮から道を辿るように馬に揺られていくと道は山沿いに続いていた。
明るい昼の光の下で見る外の景色は、窓から眺めるのとはまた違って見える。草の匂いも、土の匂いもすべてが間近に感じられる。
「そういえば」
しばらくしてから、シグルド王子が口を開いた。
「洞窟の件だが」
「あー、出た。今話すことなの?」
「出た、ではない。こちらとしては無視できる話でもない」
「まぁ、それはそうか」
馬の揺れに合わせながら、私は小さく肩をすくめた。
「お前は、あの洞窟にいつからいた?」
「いつから、って言われても……結構前から? 何十年ぐらいだろ」
「曖昧やなあ」
「だって数えてないもん」
「人を襲ったことはないのか?」
「それは無いよ」
即答すると、シグルド王子は一瞬だけ黙った。
「せやせや。リィネは基本、洞窟に引きこもって寝とるだけやったしな」
「いや、言い方悪くない?」
間違ってはいないけど、私だって邪竜のプライドがあるんだけどな
そんなことを考えていると前に座るシグルド王子の背が、わずかに強張った気がした。
「公国側は、お前が近隣へ被害を及ぼしていると断言していた」
「えぇ? なにそれ、ひどくない?」
私はむっとしながら、前にいる王子の背中を見る。
「フェン様の言い方はアレだけど……私基本寝てることが多かったからほんとに知らないんだよね。なのに勝手に邪竜のせいだだって言われても困るんだけどなぁ」
「……そうか」
シグルド王子は短く答えたきり、それ以上すぐには続けなかった。
やがて山道がゆるやかに開け、馬の足取りも少し軽くなった。
木々の間を抜けた先には、草の広がる高台があった。
「着いたぞ」
シグルド王子が馬を止める。
降りるのを手伝われながら地面に立つと、思っていたより風が強くて、思わず髪を押さえた。フェン様も私の腕の中へ逃げ込んでくる。
「ここは?」
私の問いかけにシグルド王子は黙ったまま右手で指さした。その先を見ようと振り返ったとき、私は思わず息を呑んだ。
眼下には離宮全体が見えていた。山沿いに守られるように建てられた建物とその周囲を覆う壁、川や森、そして湖など。さらにその向こうには王都の姿も見える。
「わぁ……すごいね」
「まずはここを見せたかった」
シグルド王子が私の隣へ並ぶ。
「お前が今いる場所が、どういう位置にあるのかを知っておいてほしかった。……お前を拘束しているわけではないしな」
私はしばらく何も言えず、ただ景色を眺めていた。
「ふーん、王都って結構大きいね」
「我が国の中心都市だからな、商業も盛んだ」
「うへーすごい人がいっぱいいそう」
「それは、まぁそうだな」
シグルド王子が小さく笑う。
「洞窟の龍脈が変になったのは困ったけど」
「あぁ」
「でも、あれがなかったら、この景色を見ることはなかったのかもね」
ぽろりと漏らすと、シグルド王子はすぐには答えなかった。
「……龍脈、か」
小さくそう呟いてから、シグルド王子は王都の方を見たまま黙り込む。
その横顔は、景色を見ているというより、もっと別の何かを考えているように見えた。
「王子はんまた小難しいこと考えてそうやな」
「ねー退屈そうな顔」
「余計なお世話だ、まったく」
それだけ返して、シグルド王子は再び視線を落とした。私はよく分からないまま首を傾げたけれど、風は気持ちいいし、景色はきれいだし、まあ今はそれでよかった。
ただ、隣に立つ王子だけは、さっきよりずっと静かだった。




