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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ


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第10話 邪竜は目を覚まさない

 アストレイド王国

 離宮 大広間


 朝の陽光が、頭上に開いた星詠用の大穴から大広間へ差し込んでいた。

 静かな光に包まれた部屋は神秘的な雰囲気すら感じられる。だが、その場の空気は少しも穏やかではない。


 大広間の中央で、リィネは大きな身体を丸めたまま眠り続けていた。


 いや、眠っている――というには、少しおかしかった。

 呼吸は浅く、いつものような気だるげな寝息もない。

 黒い鱗もどこか艶を失い、龍脈の上にいるはずなのに、身体の奥へ力が巡っていないように見える。


 夜通し見張りをしていたフェンは、苛立たしげに尻尾を揺らした。

 その時、広間の外から足音が近づいてくる。


 フェンは即座に身構えたが、現れた銀髪の姿を見て、小さく鼻を鳴らす。


「フェン殿、起こしたならすまない。お二人とも休めただろうか」

「ウチは見張りや。休めるわけあらへん」


 シグルド王子は軽く目を伏せたが、すぐにリィネへ視線を向ける。


「……リィネは、まだ眠っているのか」

「寝とるんやない」


 フェンの声は低かった。

 いつものような軽口も混ざっていない。


「ちょっと、このままやとヤバいかもしれん」


 その一言で、大広間の空気が一段冷えた気がした。

 シグルド王子の表情が曇る。


「どういうことだ」


 シグルド王子の問いかけを聞きながら、フェンはリィネの額へ前脚をそっと置いた。

 フェンの白い毛並みの奥から、じわりと聖なる光が滲む。

 その光が鱗の隙間を探るように走ったあと、フェンは苦い顔で舌打ちした。


「ここには確かに龍脈はある。せやけど、リィネには足りへん」

「足りない?」

「この離宮の龍脈が弱いんやない。リィネの器がでかすぎるんや」


 フェンは眠るリィネへ視線を向けた。


「わかりやすく言えば、コップ一杯の水で、大きな畑全部は潤せへんやろ? それと同じや。ここの力だけやと、この図体は支えきれへん」

「このままやと、龍脈を食いつぶして終わりやない。リィネ自身が持たへんかもしれん」


「なっ……目覚めないのはそのせいだというのか」


 シグルド王子は驚いたように目の前の邪竜を見つめている。

 たしかに昨夜よりも生気が薄い。

 ここへ運び込んだ時は、少なくとも言葉を交わせるだけの余裕があったはずなのに。


「しかも、アンタの竜の加護があるせいで話がややこしい」

「加護が?」


 フェンは舌打ちまじりに頷いた。


「龍脈は、近くにある強い性質へ引っ張られる。普通なら大した問題やない。けどアンタは竜の加護持ちやろ」

「この離宮の龍脈は、アンタの加護に同調してしもた。せやから、余計にリィネと噛み合わへん」


「……私の加護のせいで、この龍脈ではリィネに十分な力が引き出せないということか……だがフェン殿なら助ける方法を知っているのではないのか?」


 シグルド王子は自分に与えられた加護を噛み締めるかのように胸に手を当てて顔を伏せながらフェンに問いかける。

 そんなシグルド王子を見てフェンは重い口を開く。


「……あるにはある」

「ならば教えてくれ」

「簡単に言うなや」


 フェンは鋭く睨み上げる。


「本来なら、もっと強い龍脈やら準備の必要な龍術や。今できるんは応急処置にすぎへん」

 そう言ったフェンだが、シグルド王子の顔をチラリと見ると言葉を続ける。


「……リィネを助けるには、今の器を小さくするしかない。邪竜のままじゃ燃費が悪すぎるんや」

「器を……小さく?」

「そうや。姿を圧縮する。巨大な竜の器を一時的にもっと軽い姿へ落とし込む」


 シグルド王子はわずかに目を細める。


「そんなことが可能なのか?」

「腐っても、うちは聖竜やで。ひとまずはそれで助かるはずや」


 フェンの声は重いままだった。


「ただし、今のままだと足りへんのや」

「足りない?」


 フェンの視線が、まっすぐシグルド王子へ向けられる。


「この離宮の龍脈は、アンタの加護に少し同調しとる。せやからリィネと噛み合わん部分も出た。けど逆に言えば、アンタを媒介にすれば足りん分を繋げることもできる」


 シグルド王子は胸元へ手を当てた。

 竜の加護。幼い頃、黒い翼に守られて刻まれたものが、この場面でなにかの繋がりとなったのかのように。


「アンタの加護を逆に利用してやれば、リィネに龍脈の力をもっと効率的に送り込めるわけや」

 フェンはそこで、ほんのわずかに言葉を切った。

「ただ、アンタも無事では済まんかもしれへん」


「どういう意味だ」

「アンタに対して副作用が出るんや。龍脈の感応が強うなるかもしれんし、リィネの影響をより受ける可能性もある。どうなるかは、やってみんと分からん」

「……なるほど、魂の結びつきか」


「なぁ、王子はん」


 フェンの声がさらに低くなった。


「さっきも言ったけど、ウチはこんな見た目やけど聖竜として長きにわたり世界を見てきとる」

「だからこそ、人間を信じてへん。信じた先で何をされたか、嫌っちゅうほど見てきた」

「……あぁ」


 シグルド王子は過去の歴史を振り返る。たしかに人々と竜族との間には様々な形があるものの、それら

全ては最終的には竜と人の敵対によって終わる。それは物語として語り継がれてきていた。


「だから聞くで、アンタに覚悟があるんか?」


 大広間の静けさが、やけに重い。

 差し込む朝日でさえ、その問いの前では冷たく感じられる。


「フェン殿」

「なんや?」

「偉大なる聖竜から見て、私はどう見える?」

「はぁ? なんやねん、その質問は」

 フェンは思いもよらぬ質問に呆れたように答える。


「……はぁ。アンタ、ほんま青いわ。そんなもん、まだ分かるわけないやろ」

「せやけど、まぁ……。イカれた王子はんやなとはウチも思っとるで」

 フェンの言葉から紡がれた最大限の褒め言葉に、王子は少しだけ笑みを浮かべる。

 そして決意したようにフェンに向き合う


「分かった。それでリィネが助かるのなら、ためらう理由はない」


「ほらな、やっぱイカれとんでアンタ」

 そう言ってフェンは、ふっと鼻を鳴らした。

 それ以上は何も言わず、リィネのそばへ歩み寄る。



「……分かった。ほな、やるで」


 フェンはリィネのそばへ歩み寄ると、かわいい小さな前脚をリィネへと掲げた。

 その瞬間、白い毛並みの奥から眩い光が溢れ出す。


 柔らかな光なのに、ただ優しいだけではない――凛とした聖なる気配があたりを包み込む。

 小型犬ほどの姿しかしていないはずなのに、その場に立つフェンは確かに“聖竜”だった。


「聖竜フェンリクス・スノウ・ヴァーニルが命ずる。我が声に従え」


 先程までの可愛らしいフェンとは別人のような低く響いた言葉が響く。


 その刹那、床下を流れる魔力が大きく揺れる。

 脈打っていた流れに白い光が絡みつき、渦を巻くように集まり始めた。

 同時に、シグルドの胸元で竜の加護もまた熱を帯びる。


 胸の内側に感じる熱さ。

 内側へ何かが流れ込むような、あるいは逆に引き出されるような、不思議な熱。


 足元から立ち上る龍脈の光が、シグルドの身体を通り、リィネへと伸びる。

 まばゆい光と共に、大きなエネルギーの波が巨大な邪竜の輪郭を包み込んだ。


 大きく黒い翼が、巨大な影ごと折りたたまれていく。

 鋭い爪は丸みを帯び、膨大な威圧感が小さな器へと押し込まれる。

 それでも竜としての気配は消えない。

 それどころか、むしろ凝縮され、濃く、深く、そこに存在する。


 長い時間が過ぎたようにも感じられる一瞬のあと――

 眩い光が、天井の大穴から天へと抜けた。


 大広間には一転して静寂が落ちる。

 そこにいたのは、もう巨大な邪竜ではなかった。



 ***



 ……なんだろ? 熱い。


 私は身体の奥からじんわりと広がる熱に、ゆっくり意識を引き上げられていった。

 昨日までみたいな重さはない。むしろ前より力が出せそうな、不思議な感覚だった。

 ぼんやりしたまま翼を動かそうとして――うまく力が入らないことに気づく。


 あれ、おかしい。

 重い瞼を持ち上げると、目の前にはフェン様とシグルド王子がいた。

 ああ、そうか。ここ、離宮だったんだっけ。


「あ、フェン様。おはよう……」

「このアホ竜。寝すぎやで、ほんま」

「王子様もおはよ――って、なんでそんなに顔を逸らしてるの?」


 シグルドはなぜか顔を背けていた。

 耳まで赤い。

 ……え、何その反応。

 もしかして寝てる間に私、なんかやらかした?


 不思議に思って身体を起こそうとして、そこで初めて違和感に気づく。

 王子の肩へかかっていたはずのマントが私の身体にかけられている。

 不思議な王子の言動に首を傾げながら、二人を見つめると違和感に気がつく。


 あれ、王子様とフェン様なんか大きくない??


「なんかふたりとも大きく……なった?」


「違うでリィネ。まぁ……自分の身体をよう見てみぃ」

「……え?」


 フェン様に言われて視線を動かすと、視界に入ったのは人間みたいな腕だった。

 黒い鱗がところどころに残っているけれど、どう見ても竜の腕じゃない。見慣れた黒い前脚も、大きな翼も見当たらない。

 慌てて頭へ手をやると、自慢だった大きな角がすごく小ぶりになった角に指が触れ、その間を赤い髪がさらりとこぼれた。


 さらに視線を落として見慣れぬ物体に――リィネは固まる。


「えっ……あれ……これ、なに……?」


 自分の身体なのに、自分の身体じゃないみたいだった。

 細い腕。細い脚。けれど角も鱗も尻尾もある。

 混乱する私に追い打ちをかけるように、フェン様がぬっと顔を寄せてきた。


「まぁ落ち着きや。アンタが死にかけとったから、ちいっと姿を変えさせてもろたんや」

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 私の間抜けな悲鳴が、大広間いっぱいに響き渡る。

 身体を揺らしながら騒ぐ私を見て、シグルド王子はついに観念したように小さく息を吐き、顔を逸らしたまま言った。


「……その、ひとまず、動くな」

「なんで!? いや意味わかんないんだけど!?」

「いいから、動くな」


 なぜか赤面する王子も訳が分からないが

 ただ一つだけ確かなのは

 ――私の身体が、とんでもないことになっているということだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし

「リィネとシグルド、ちょっと気になるな」

「続きも読んでみたいな」

と思っていただけたら、↓の評価(★★★★★)やブックマーク、感想やリアクションなどで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの反応は、執筆を続けるうえで大きな力になっています。

これからも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。

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