第1話 邪竜はただ惰眠を貪りたかっただけなのに
「君の居場所を奪わせはしない、たとえすべてを敵に回したとしても」
――そう言いながら私の頬を優しく撫でるのは、アストレイド王国第一王子シグルド様である。
たなびく銀髪
透き通るような蒼い瞳が、優しくこちらを見つめている。
……もしこれがおとぎ話みたいに可憐なお姫様に向けられた言葉なら。
きっと誰もがうっとりする、ロマンチックな場面になっていたのだろう。
だが、ちょっと待ってほしい。
私――全長十メートル超えのドラゴンなんですけど!?
しかも、「邪竜」って呼ばれて討伐対象になってるみたいなんですけど!?
***
「う~ん……もう食べられないよ……」
「リィネ! いつまで寝とるつもりや。このぐうたら竜が!」
薄暗い洞窟の中、少し開けた空洞で、私は大きな翼を折りたたみ丸くなり、実に気持ちよく惰眠をむさぼっていた。
そこへ容赦なく飛んできた怒声に、私はうっすらと目を開ける。
うるさいな……
重いまぶたを持ち上げた先にいたのは、白くてもふもふした、かわいい小型犬。
いや、違った――。
このお方は自称「高貴なる聖竜」。
人間からは、使い魔の姿でさえ人間からは伝説の聖獣フェンリルと呼ばれている――聖竜フェンリクス様だである。
とはいえ、今の私にとってははそれどころではないのである。
私はまだまだ眠いのだ。
「……んー、あと百年だけ寝かせてよ」
「アホか! そんな悠長なことぬかしとる場合ちゃうで。外の気配、よう見てみぃな」
フェンは銀色の毛でもふもふの尻尾をブンブンと振りながら
興奮した様子で洞窟の外に気を向けて話を続ける。
「邪竜を殺すべし! と、ご立派な軍勢様がお出ましやで」
「へえっ!?」
私は物騒な言葉に驚き体を跳ね起こす。
いててっ……。
寝ぼけて振り上げた翼が岩壁を削り、パラパラと崩れた岩が鱗にぶつかる
私はのっそりと身体を起こし、バサリと翼で岩くずを払った。
そう、私はドラゴンなのだ。
全長十メートルを超える巨体でありながら
紅の角と黒き翼、赤黒い鱗……。
……いや、ほんとなんで?
普通さ、転生って言ったら
お城でドレスを着て王子様に愛されるお姫様とか、
それが無理でも武力チートの辺境伯令嬢とかさ。そういうのになるのが普通なんじゃないの?
なんでよりによって、勇者に剣を抜かれる枠になっているんですかね?
「えー、私何もしてないんだけど……なんで狙われなきゃいけないのかな」
「はぁ……自分、ほんまに何もわかってへんなぁ。邪竜いうんはな、存在しとるだけで人間様には『悪』なんや。
おまけにここは『龍脈』のド真ん中。アンタみたいなデカいんが居座っとったら、邪魔でしゃあないっちゅう話や」
龍脈。
大地の底を流れる巨大な魔力の流れで、ドラゴンである私にとっては、とても居心地の良い場所だ。
でも、別に悪さもしてないし、良くない?
実際ここ数十年ぐらいはここで寝てるだけだもん。落ち着く洞窟で二度寝をしたいだけだったんだけどなぁ。
「さて、お客さんたちが来たみたいやで」
フェン様がジッと洞窟の入口の方を睨みつける。
確かにどんどん騒がしくなってきた。
金属が擦れ合う音に、数え切れないぐらいの人間たちの足音。
私から見れば小さな存在だけど、キラキラとした甲冑に身を包んだ兵士たちがたくさんの列を成してこちらに進んでくる。
こちらを見つめ騒ぐ兵たちの前へ、一人だけ迷いなく歩み出る影があった。
光り輝く銀の甲冑を纏い、マントをたなびかせ、抜き放たれた剣先はまっすぐ私を捉えている。
「邪竜よ、我はアストレイド王国第一王子シグルド・ノル・アストレイド」
その背後には、アストレイドの騎士たちだけでなく
どこか冷ややかな雰囲気をまとった別国の軍勢も控えている。
「……我が盟友たる公国に多大な被害をもたらした以上、見過ごすわけにはいかぬ」
「フェン、どうしよう? 私公国になんにもしてないんだけど……」
「どうもこうもないわ。追い払わん限りキリがないで。
……なんやったら、ウチが全員まとめて片付けたろか?」
ニカっと口角を上げて小さな牙を見せつけるフェン様。
冗談ぽく言ってるけどフェン様ならやりかねない。
偉大な聖竜なので、使い魔の姿でも力は桁違いらしい。私の寝床で血みどろな戦争を起こされても困るよ。
……それにせっかくかわいいワンちゃんが人間を噛み砕く姿はちょっと見たくないなぁ……。
「うーん、それはちょっと……。私が追い払うから良いよ」
「よう言うた! 邪竜リィネのパワーで皆殺しにしたれ!」
邪竜らしい事をいったことが気に入ったのか、はたまた邪竜の殺戮ショーが見れるからなのか、
フェン様は嬉しそうな顔を見せて短い手足を揺らしながら応援してくれている。
「追い払うだけだもん」
はぁ……。ややこしいことになったけど、
ちょっとブレスを吐いて脅せばすぐ逃げ帰るだろうし、今回は追い払おう。
けが人を出さないように魔力をセーブしながらやれば……。
私はグゥっと息を吸い込みながら、龍脈からの魔力と同調させていく。
「あれ、そういえばあんたブレス吐いたことあったんやっけ?」
魔力をためている私を見て、フェン様が不安そうな顔でこちらを見つめてくる。
「あー、そういえば初めてかも? でもなんとなくわかるから大丈夫!」
「リィネ! ちょ、ちょっと待ちぃ!
そんなに大量の魔力を圧縮したら――」
兵士たちの視線が一斉にこちらへ向けられる。
その瞬間、洞窟の空気が凍りついた。
フェン様の静止は間に合わず、私は同調していた魔力を解き放ち、ブレスを吐き出していた。
ドゴォォォォォォォォォン!!!!
劈く、轟音。
私の口元から発せられた極厚の熱弾は洞窟の天井や壁を削り取りながら貫いていく。
……あれ? ちょっと追い払おうと思って手加減したはずなんだけど、なんだか想像の何十倍も威力が出ているような。
「あほーっ! 加減せず撃ったらそうなるに決まっとるやろ!」
困り顔で喚くフェン様に怒られつつ、私は洞窟にちらりと目をやった
ぽっかりと抉り取られた洞窟は、轟音と共に巨大な岩石が天井や壁から崩れ落ち、兵士たちを襲っていた。
激しく動揺する兵士たちだったが、シグルド王子だけは冷静に状況を判断したようで動き始めていた。
「総員退避しろ! ここは崩落する!」
最前線に出てきていた彼は、逃げ遅れた部下に指示を出しながら安全な入口へと送り出す。
王子の指示により我に返った兵士たちは迅速な行動で退避を始める。
かの王子も、他の者が逃げ遅れないよう最後尾に残り、私に向かって警戒を続けながら避難を指示している。
「シグルド様、危険です。お逃げを!」
前線に残っていたシグルド王子を助けようと側近らしき兵士たちが駆け寄る。
だが、その時岩壁に跳ね返った岩片が飛来する。
シグルド王子は自らの身を呈して側近の兵士たちを突き飛ばす。
「危ない、お前たち下がれ!」
「王子!?」
彼らの間は崩れ落ちた岩で分断され、側近の兵士たちは洞窟の入口へと追いやられていく。
眼前で崩落した岩に逃げ場を失ったシグルド王子は、兵士を庇った際に額に受けた衝撃のせいか血を流しながらその場に倒れ込む。
そんな状況を許さないかのごとく、洞窟の崩落は止まらずに
彼を押しつぶさんばかりの岩が降り注いでいく。
私は考えるより先に、体が動いていた。
「あ~~~もう!!」
私は巨大な黒い翼を広げた。
降り注ぐ岩を――すべて受け止めるように。
岩の衝撃が響くが、私にとって大したことではない。
朦朧とした意識のシグルド王子は私の行動に驚きつつも、微かに私の翼に触れる。
彼は私の翼を撫でてから、意識を手放した。
安住の地、ただ暮らしやすい洞窟で惰眠を貪っていただけなのに。
「……はぁ。
これで二度目だよ。
なんでこうなるかなぁ」
これから起こる未来を知らない私は、
翼の中に小さな体温を感じながら、深いため息をついていた――。




