公平な社会とは
そう遠くない未来、不公平な社会に対して
ついに国民の大半が正義の怒りを爆発させた。
そもそも生物学的な観点からすれば女性は男性よりも
身体能力の面で劣っているのは明らかなのに、
彼らと同じ内容の労働をさせられるのはおかしい。
女は非力なのだ。男はそれを理解していない。
いや、本当は理解した上でそうしているのだろう。
女が全力で取り組まなければならないような仕事を、
男たちはその半分以下の労力でこなしている。
彼らはより楽をするために女に仕事を押しつけ、
それを男女平等という耳障りのいい言葉の名の下に
公平な社会が実現できたと思い込んでいるのだ。
まったくふざけた話である。
女は奴隷ではない。同じ人間なのだ。
今の世の中は男にとっては楽園なのだろうが、
虐げられる側にとっては、ただ地獄でしかない。
真に公平な社会とは何か。
考えるべき時が来たのである。
そのような不満の声が多く上がるようになり、
政治家たちは真剣に話し合った。
性別によって差別される社会はよくないが、
それにしても今まで配慮が足りなかったと反省し、
女性が女性らしく生きられる世の中を実現するべく
社会構造の改革を目標に掲げたのである。
そして慎重に議論を重ねた結果、満場一致で
女性の労働時間を半分にする法案が可決されたのだ。
更には民間企業における女性の雇用枠を減らし、
これにより過酷な労働から解放された女性たちは
ようやく有意義な時間を過ごせるようになった。
生活に余裕ができた女性たちは家にいる時間が増え、
その空間を快適に過ごせる場所へと整えるうちに
必然的に家事のスキルが磨かれてゆく。
料理、掃除、洗濯、買い物、ゴミの分別、
子供の世話、ご近所付き合い、家計の管理……
どれもガサツな男に向いているとは思えず、
繊細な女に任せた方が上手くいくものばかりだ。
今までは夫婦共働きが当たり前の社会だったので、
どこの家庭でも手の空いている者が家事をするという
ライフスタイルだったが、これからは変わるはずだ。
男は男らしく、女は女らしく。
そんな公平な社会が、ようやく実現するのだから。
──それから数十年後、不公平な社会に対して
ついに国民の大半が正義の怒りを爆発させた。
右を見ても左を見ても、企業に勤めているのは
上から下まで男性ばかりではないか。
たまにスーツに身を包んだ女性も見かけるが、
男性の半分ほどの時間しか働かせてもらえず、
その内容もほとんど雑用に近いものばかりだとか。
まったくふざけた話である。
世の中には外に出て働きたい女性も多くいるのだ。
それなのに働く場所も時間も用意されないとなると
女性はいつまで経っても自立する機会を得られず、
夫の収入に頼る生き方しかできないだろう。
女の幸せとは、結婚して家を守ることではない。
そんな風潮は男にとって都合の良い幻想だ。
彼らは快適な暮らしをするために妻を家に閉じ込め、
収入があることを武器に、家庭を支配しているのだ。
これではまるで人質ではないか。
こんな男尊女卑が許されていいはずがない。
真に公平な社会とは何か。
考えるべき時が来たのである。




