第9章 バレーボール大会と赤髪の影
帝体大と避難民がひとつの「国民」となって数日。
キャンパスには新しい空気が流れていた。もう学生と避難民という区切りはほとんどなく、炊き出しや狩り、訓練にいたるまで自然に混じり合って動いている。
「なあ、せっかくだし“国民になった記念”ってやつやろうぜ」
サッカー部の矢田がボールを指で回しながら言った。
「前はドッジボールだったろ?今回は……バレーだ!」
「お前遊びたいだけだろ」神宮寺が肩をすくめる。だが矢田は胸を張った。
「遊びじゃない!ネットひとつで心がつながる、それがバレーボールだ!」
「そういう時だけ口が達者だよな。」
こうして第2回球技大会――「国民合同バレーボール大会」が即席で開催されることになった。
***
広場に張られたネット。バレーボール部が運営と審判を担当する。
今回は同じ国民として帝体大と避難民ごちゃまぜのチームだ。
大江山の横に腕っぷし母ちゃんが立ち、黒崎の隣には鍛冶屋の若者。子供も兵士も関係なく「お前こっちな!」で次々割り振られる。
そして――。
観客席に潜んでいた赤髪の影に、矢田の視線が止まった。
「そこの人!あんたも出ろ!」
「は?」
声をかけられたのは変身魔法で身を隠したカーミラだった。
「私?……見学で十分」
「ダメダメ、人数足りないんだって!スポーツは全員参加!」
腕を引かれ、気づけばコートの片隅に立たされていた。
(馬鹿馬鹿しい……こんな遊戯に付き合うなど……)
しかし笛の音が鳴ると同時に、目の前を白球が弾んだ。
思わず手を伸ばし――パシン、ときれいに上がった。
「ナイスレシーブ!」
神宮寺が即座に声を張り、繋がったボールを矢田がトス、そして大江山がドカンと叩き込む。
「ポイントォ!」応援団の太鼓が鳴り響く。
「大江山…お前そんな飛べるのかよ…」
トスした矢田が何故か驚く。
「相撲は瞬発力とバネの競技。このくらい楽勝楽勝」
そんな会話を横目にカーミラは無意識に小さく息をのんだ。
(……私の手から始まった? くだらない……はずなのに……)
***
試合はどんどん熱を帯びていく。
避難民の子どもが必死に飛びつき、学生が笑いながら支えてやる。
「ドンマイ!」という声が飛び交い、点が入るたびに敵味方関係なく拍手が広がった。
カーミラは最初こそ距離を置いていたが――。
「カーミラ!トスだ!」矢田が叫ぶ。
「気安く名前を呼ぶなっ!」
口ではそう言いつつも、反射的にボールを上げる。矢田が跳び、鮮やかなスパイクを決めた。
「よっしゃあ!今のは最高のトスだ!」
「……っ!」
胸の奥が妙に熱くなる。
その後も気づけば声を出していた。
「そこだ、下がれ!」「今だ、叩け!」
自分でも驚くほどに、試合の中に入り込んでいた。
***
白熱する試合。
終盤、カーミラの元にボールが返ってきた。とっさに跳び上がり、両手で押し込む。
――見事に決まった。
「ナイスブロック!!!」
歓声の中、矢田が駆け寄って手を差し出す。
「ハイタッチ!」
「は、ハイ……?」
戸惑いながら手を合わせた瞬間、妙な感覚が胸をかすめた。
(私は……何をしている……敵の中で、笑って……?)
だが止められない。ボールが飛ぶたび、声を出し、汗をかき、心が弾む。
結局、試合は接戦の末にカーミラ達のチームが勝利。
「いい勝負だった!」「お疲れー!」
敵味方なく肩を組み、笑いが響いた。
***
その夜もまた宴が開かれた。
腕っぷし母ちゃんは鍋をかき回し、黒崎は避難民の若者と剣の話で盛り上がる。
矢田は顔を赤くして叫んだ。
「今日のMVPは――カーミラだぁぁぁ!!!」
「はぁ!?ふざけるな!」
顔を赤らめる彼女に、あちこちから「いいトスだったぞ!」「スパイク最高!」と声が飛ぶ。
カーミラはジョッキを押し付けられ、思わず口をつけた。
(……下らない。下らないはずなのに……どうして酒がこんなに旨いんだ)
篝火の周りではいつも通り「エッサッサ!」が始まり、笑いと歌声が夜空に溶けていく。
その輪の端に混じりながら、カーミラは自分の心に小さなひびが入ったことを、まだ気づいていなかった。




