第5章 影の侵入者
宴の熱気が冷めた翌朝、帝体大のキャンパスは昨日の騒がしさから打って変わって静けさに包まれていた。
宴を終えた食堂からにはまだ汚れた鍋や食器が散乱し、グラウンドでは眠そうな顔の陸上部員がジョギングをしている。
「昨日は飲みすぎたなぁ……」
神宮寺は頭を抱えながら広場に出てきた。
「でも、王女様が満面の笑みで帰ってったから、まあ成功だろ」
土屋学生会長は真顔でうなずいた。
「宴も外交の一環だからな。王国との同盟は現実味を帯びてきた」
だが、帝体大の知らぬところで――別の勢力もまた動いていた。
***
黒いマントをまとった女は、森の影からキャンパスを見つめていた。
燃えるような赤髪を編み込み、琥珀の瞳を冷たく光らせる。
「……ここが噂の“新しい国”か」
彼女の名はカーミラ。
魔王軍において諜報と暗殺を担う存在であり、数多の都市を内部から崩壊させてきた。
「魔法も使わずに魔物を退けるだと?そんな馬鹿な話があるか」
カーミラは唇を歪め、木陰から学生たちの様子を観察した。
広場では野球部が朝練を始めていた。
「声出していくぞー!」
乾いた音とともに白球が飛び、避難民の子どもが「すげー!」と歓声を上げる。
カーミラは目を細めた。
「……あれは訓練か…?あの動きに何の意味があるんだ…?」
次に目にしたのは、相撲部とレスリング部が合同で基礎トレーニングをする光景だった。
「腰を落とせ! 押せ押せ押せ!」
「どすこい!どすこい!」
その迫力に避難民の女性たちが黄色い声を上げる。
カーミラは思わず息を呑んだ。
「なんという迫力…」
潜入を始めた彼女は、学生に紛れて食堂に足を踏み入れた。
「新入り? あんたも食ってけよ!」
学食のおばちゃんが笑顔で差し出したのは、山盛りの煮込みと巨大なおにぎりもどき。
「……これは毒か?だが、刺客だと気が付いてる様子は…」とカーミラは一瞬身構えたが、隣で神宮寺ががっついているのを見て渋々口に煮込みを運ぶ。
「……うまい」
思わず漏れた言葉に、周りの学生がにやりと笑った。
「だろ?帝体大の飯は筋肉と心を育てるからな!」
カーミラは顔をそむけた。
「……ふん、飯で心が育つわけがなかろう…」
だが、胸の奥で小さなざわめきを覚えていた。
***
その夜。
カーミラは森に戻り、魔王軍の密使と接触する。
「報告を」
「確かに奴らは強い。しかし剣でも魔法でもなく、不可解な“動き”で団結している。妙に洗練された動き、声を掛け合い、息を揃え、戦うのだ」
密使は眉をひそめた。
「声を揃えて戦う……?儀式か?」
カーミラは唇を噛んだ。
「わからん。だが一つ確かなのは……奴らは放置できぬ脅威だ」
焚き火の火が揺れ、彼女の影が不気味に伸びる。
「次は直接――帝体大を試す」
そう言い残して、カーミラは夜の闇に消えた。
帝体大の学生たちはまだ知らない。
彼らの文化と団結が、魔王軍の脅威が迫っているということを――。




