第34章 帝体大 vs 魔王軍(後半)
5回表、魔王軍の攻撃。狩野は深呼吸をしてマウンドに立ち、気合いを入れ直した。
「ここからだ。これ以上は絶対に点をやらない」
その言葉通り、先頭のバルゴを外角低めの変化球で空振り三振に打ち取ると、続くバルガも詰まらせて内野ゴロに仕留めた。ヴァルナには粘られて四球を与えてしまったが、続く魔王には敬遠気味に攻めて内野フライに打ち取った。
「よし、三人で終わった」
ベンチに戻る狩野に、神宮寺が声をかける。
「狩野、調子上がってきたな」
「ああ。後半は絶対に抑える。だからお前らが点を取ってくれ」
「任せろ」
神宮寺は力強く頷いた。
5回裏、帝体大の攻撃。この回の先頭は1番の北野からだった。
「さっきは三振だった。今度こそ……」
北野は井戸川の初球を狙い澄ましてバットを振った。カキィン!という小気味よい音とともに、打球は三遊間を抜けていった。
「よし!ヒット!」
帝体大ベンチが沸く。ようやく反撃の糸口が見えてきた。
続く2番矢田は、冷静にボールを見極めて四球を選んだ。これでノーアウト一塁二塁。絶好のチャンスが巡ってきた。
3番神宮寺がバッターボックスに入る。その目には闘志が燃えていた。
「ここだ。ここで打たなきゃ男じゃねぇ」
井戸川が投げ込んだ球を、神宮寺は思い切り振り抜いた。ガキィン!という快音とともに、打球はライト線を破っていく。
「走れ!」
北野がホームを駆け抜け、矢田も三塁を蹴った。ライトからの返球が飛んでくるが、矢田の足が勝った。
「セーフ!」
2点追加。スコアは3-6。神宮寺は二塁ベース上で拳を握りしめた。
「まだまだ!これからだ!」
続く4番大江山がバッターボックスに入る。井戸川が慎重に投げ込んできたが、大江山は甘く入った球を見逃さなかった。渾身の力で振り抜いた打球は、センターへ高く舞い上がった。
「行けぇ!」
だが、センターの魔族がフェンス際で見事にキャッチ。惜しくもホームランにはならなかったが、神宮寺が三塁からタッチアップでホームイン。これでスコアは4-6。あと2点差まで迫った。
「追いついてきたぞ!」
帝体大応援席が熱を帯びる。5番鷹野が内野ゴロ、6番村瀬が三振でこの回は終了したが、帝体大は確実に流れを引き寄せていた。
6回表、魔王軍の攻撃。狩野は完全に立ち直っていた。
ガルドを渾身のストレートで見逃し三振に打ち取ると、6番の魔族は詰まった内野ゴロ、7番の魔族も力のないセンターフライに仕留めた。三者凡退だ。
「狩野、完璧だ!」
「守備も締まってきた!このまま一気に逆転だ!」
ベンチの声援が狩野の背中を押していた。
6回裏、帝体大の攻撃。7番小宮が井戸川の甘く入った球を捉え、センター前へのクリーンヒットを放った。続く8番黒崎が確実に送りバントを決め、小宮が二塁へ進む。
9番狩野がバッターボックスに入った。投手でありながら、この場面で打席が回ってきた。
「また俺の打順か……」
井戸川がニヤリと笑う。
「狩野、さっきは打たれたけど、今度は抑えるぜ」
「やってみろ」
井戸川の第1球、外角への変化球を狩野は見逃した。ストライク。続く第2球、内角への速球に狩野は振りにいったが、空振り。あっという間に追い込まれた。
井戸川が3球目を投げ込んだ。落ちる球だ。狩野は必死でバットを出したが、コツンという小さな音とともに、打球は弱々しくピッチャー前へ転がった。
「しまった……」
井戸川が捕球し、一塁へ送球。アウト。だが、その間に小宮は三塁へ進んでいた。2アウト三塁。
1番北野がバッターボックスに入る。
「ここで打てば、1点差だ」
井戸川が慎重に投げ込む。北野はじっとボールを見極め、カウントはフルカウントまでもつれた。
井戸川の6球目。北野は渾身の力で振り抜いた。カキィン!打球はセカンドの横を抜けていく。
「走れ、小宮!」
小宮がホームイン。スコアは5-6。あと1点差。
「追いついてきた!あと1点!」
帝体大応援席が総立ちになった。だが、2番矢田がセンターフライに倒れ、この回は終了。それでも、確実に点差は縮まっていた。
7回表、魔王軍の攻撃。この回は9番井戸川からの打順だった。
「狩野、そろそろ疲れてきたんじゃないか?」
井戸川がバッターボックスでニヤリと笑う。
「うるせぇ。お前を抑えて流れを完全にこっちに引き寄せる」
狩野は気合いを入れて投げ込んだ。井戸川は鋭く振り抜いたが、打球はショートへの強いゴロ。黒崎が飛びついて捕球し、素早く一塁へ送球した。
「アウト!」
「ナイスプレー、黒崎!」
続く1番バルゴも詰まった内野ゴロ。そして2番バルガには、狩野は慎重に外角低めを攻め続けた。最後は変化球で空振り三振。
「よっしゃ!」
三者凡退。狩野は完全に魔王軍打線を封じ込めていた。
7回裏、帝体大の攻撃。3番神宮寺からの打順だ。
「同点に追いつく。絶対に」
神宮寺がバッターボックスに入り、井戸川の球を狙った。だが、打球はセカンドゴロ。
「くそっ……」
続く4番大江山も、井戸川の変化球に翻弄されて三振。5番鷹野も内野フライに倒れ、この回は三者凡退。スコアは5-6のまま動かなかった。
8回表、魔王軍の攻撃。この回は3番ヴァルナからの打順だった。
ヴァルナが狩野の球を捉え、センター前へのヒットで出塁。そして4番、魔王がバッターボックスに入った。会場が静まり返る。
「また魔王か……」
狩野は深呼吸をした。今日すでにホームランを打たれている相手だ。だが、逃げるわけにはいかない。
「今度こそ……抑える」
魔王は静かにバットを構え、紅い瞳で狩野を見据えた。
「来い、人間。お前の全力を見せろ」
狩野は渾身の球を投げ込んだ。魔王のバットが唸りを上げる。カキィン!打球はセンターへ高く舞い上がった。
「北野!」
北野が全速力で後ろへ下がる。フェンスが近づいてくる。
「届け……!」
フェンス際で、北野がジャンプした。グローブが限界まで伸びる。
パシッ!
「捕ったァァァ!」
会場が爆発した。北野がフェンスにぶつかりながらも、ボールをグローブに収めていた。
「北野ぉぉぉ!ナイスキャッチ!」
北野がグローブを高く掲げる。だが、タッチアップでヴァルナが二塁へ進んでいた。1アウト二塁。
5番ガルドがバッターボックスに入る。
「ここで打てば、ダメ押しだ」
ガルドが豪快にバットを構える。狩野は慎重に攻めた。外角への変化球でまず空振りを取り、続く内角への速球でも空を切らせた。追い込んだ。
狩野は3球目を投げ込んだ。低めへの変化球。ガルドのバットが空を切る。空振り三振だ。
「よっしゃ!ガルドを三振!」
帝体大応援席が沸いた。続く6番の魔族も内野ゴロに打ち取り、この回を無失点で切り抜けた。狩野はベンチに向かってガッツポーズを決めた。
「まだ終わってない……!」
8回裏、帝体大の攻撃。6番村瀬からの打順だ。
「ここで同点に追いつく」
村瀬がバッターボックスに入り、井戸川の球をじっと見極めた。ボクシングで鍛えた動体視力が、球筋を正確に捉える。
「今だ!」
村瀬は振り抜いた。カキィン!打球はレフト前へ落ちた。
「よし!ヒット!」
7番小宮がバッターボックスに入る。小宮は送りバントの構えを見せた。井戸川が投げ込んだ瞬間、小宮はバットを引いた。
「バスター!」
打球はセカンドの横を抜けていった。ノーアウト一塁二塁。絶好のチャンスだ。
8番黒崎がバッターボックスに入った。剣道で鍛えた集中力を、この一打に込める。井戸川が慎重に投げ込んできた球を、黒崎はじっと見極めた。
「今だ!」
黒崎は振り抜いた。カキィン!打球はライト前へ飛んでいく。
「走れ、村瀬!」
村瀬が三塁を蹴り、ホームへ突っ込んだ。
「セーフ!」
「同点だ!」
スコアは6-6。会場が揺れた。
「追いついたァァァ!」
「帝体大!帝体大!」
小宮は三塁へ、黒崎は二塁へ。ノーアウト二塁三塁という絶好の逆転機。
9番狩野がバッターボックスに入った。井戸川がタイムを取り、ガルドがマウンドへ歩み寄る。
「井戸川、代わるか?」
「いや……俺が抑える。狩野は俺が抑える」
ガルドは頷いた。
「わかった。任せたぞ」
井戸川がマウンドに戻り、狩野を睨んだ。
「狩野。お前だけには打たれたくない」
「俺も、お前からは打ちたい」
二人の視線がぶつかる。かつてのチームメイト同士、今は敵味方に分かれた二人の真剣勝負だった。
井戸川が渾身のストレートを投げ込んだ。狩野は振った。カキィン!打球はセンターへ飛んでいく。センターの魔族が前進して捕球したが、その間に小宮がタッチアップでホームイン。
「勝ち越し!」
スコアは7-6。帝体大、ついに逆転した。
会場が爆発した。
「逆転だァァァ!」
「帝体大!帝体大!」
狩野はベンチに戻りながら、井戸川を見た。井戸川は悔しそうに唇を噛んでいたが、その目には清々しさもあった。
「……やるじゃねぇか、狩野」
「お前の球、打てて良かったよ」
9回表、魔王軍の最後の攻撃。1点を追う魔王軍、7番の魔族からの打順だ。
狩野は最後の力を振り絞った。7番の魔族を内野ゴロに打ち取ると、8番速水がバッターボックスに入った。
「最後の打席か……」
速水は狩野を見て笑った。
「狩野、いい試合だったな」
「ああ。お前のおかげで、魔王軍は強くなった」
「褒めてんのか、それ」
「褒めてる」
速水は笑って構えた。
「じゃあ、最後に一発打って帰るわ」
狩野が投げ込んだ球を、速水は鋭く振り抜いた。カキィン!打球はセンターへ飛んでいく。北野が追いかけたが、打球は頭上を越えていった。
「抜けた!」
速水は二塁へ到達。ツーベースヒット。2アウト二塁。
9番井戸川がバッターボックスに入った。あと一人で勝利だが、同点のランナーが二塁にいる緊張の場面だ。
「絶対に抑える」
狩野は深呼吸をした。井戸川がバットを構える。
「狩野、勝負だ」
「ああ」
狩野は渾身の一球を投げ込んだ。井戸川が振った。打球はショートへの強いゴロ。黒崎が捕球し、一塁へ送球。
「アウト!」
鷹野のミットにボールが収まった瞬間、会場が爆発した。
「ゲームセット!帝体大の勝利!」
「勝ったァァァ!」
「帝体大!帝体大!」
帝体大ナインがマウンドに駆け寄り、狩野を囲んだ。
「やったな、狩野!」
「お前の粘りが勝利を呼んだ!」
狩野は空を見上げ、深く息を吐いた。
「みんなのおかげだ……本当に、みんなのおかげだ」
魔王軍のベンチでは、魔王が静かに立ち上がっていた。
「負けた、か」
ガルドが悔しそうに拳を握りしめる。
「申し訳ありません、魔王様……」
「謝るな」
魔王は帝体大のナインを見つめた。彼らは抱き合い、涙を流し、勝利を喜んでいる。
「奴らは強かった。それだけだ」
そして、魔王は微かに笑みを浮かべた。
「だが……楽しかった」
ガルドが顔を上げた。
「魔王様……」
「野球とは、こういうものか。力だけでは勝てない。心と技と、そして仲間を信じる気持ちが必要だ。速水と井戸川が言っていた意味が、ようやくわかった」
魔王は帝体大に向かって、静かに頷いた。
「見事だ、人間ども。次は負けん」
その言葉を聞いた帝体大のナインは、一斉に魔王軍に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました!」
勝者と敗者が互いを称え合う。剣でも魔法でもなく、スポーツという共通言語で繋がった瞬間だった。それこそが、スポーツの本質であり、帝体大がこの世界に伝えたかったことだった。




