第33章 帝体大 vs 魔王軍(前半)
試合開始の笛が鳴り響いた。第1試合、帝体大 vs 魔王軍。先攻は魔王軍、後攻は帝体大だ。
狩野がマウンドに上がり、大江山がミットを構える。
「いくぞ、大江山」
「おう。どんと来い」
帝体大の応援席からは「狩野ー!抑えろー!」「帝体大!帝体大!」という声援が飛ぶ。一方、魔王軍の応援席からは地鳴りのような咆哮が響き、「人間どもを蹴散らせ!」という野太い声がグラウンドを震わせていた。
1回表、魔王軍の攻撃。先頭打者はバルゴだった。双子の兄がバッターボックスに立つと、その巨体が異様な存在感を放つ。普通の人間の倍近い体躯は、それだけで威圧感があった。
「でけぇ……」
大江山が思わず呟く。だが狩野は冷静に頷いた。
「だが、でかいだけじゃ打てない。コーナーを突く」
第1球、狩野の球が外角低めに決まった。審判の「ストライク!」という声が響くが、バルゴは微動だにしない。じっとボールを見極めている。
第2球、今度は内角高めを攻めた。その瞬間、バルゴのバットが唸りを上げた。カキィン!という快音とともに、打球はレフト方向へ飛んでいく。
「村瀬!」
村瀬が反応する。ボクシングで鍛えた動体視力が打球を捉え、落下点へ向かって走った。だが――
「伸びる……!」
打球は村瀬の頭上を越え、フェンス際まで転がっていった。バルゴは俊足を飛ばし、悠々と二塁に到達。いきなりのツーベースヒットだ。
魔王軍の応援席が沸いた。「バルゴ兄貴!」「さすがだ!」という歓声が響く中、狩野は帽子を直して次の打者を見据えた。
「……まだ始まったばかりだ」
2番打者はバルガ、双子の弟だ。兄に続けとばかりにバットを構え、闘志を燃やしている。
狩野は慎重に外角へスライダーを投げ込んだ。バルガのバットが空を切り、「ストライク!」の声が響く。
「よし、振ってくれた」
続けて内角へ速球を投げ込んだ。だが、バルガはそれを待っていた。カキィン!鋭い打球がセンターへ飛んでいく。
「北野!」
北野が全速力で追いかける。サッカーで鍛えた脚力を活かして打球を追ったが、わずかに及ばなかった。打球は北野の横を抜け、二塁からバルゴがホームイン。バルガも二塁へ到達した。
「1点……」
帝体大ベンチに緊張が走る。魔王軍があっという間に先制点を奪った。
3番打者はヴァルナだった。赤髪の女魔族がしなやかな動きでバッターボックスに入り、艶やかな声で狩野を挑発する。
「あら、投手さん。緊張してる?」
狩野は無言で投げ込んだ。するとヴァルナは流れるような動作でバントの構えに切り替えた。コツン、という小さな音とともに、打球は三塁線ギリギリのラインをゆっくりと転がっていく。
「セーフティバント!?」
神宮寺が慌てて突っ込んだが、ヴァルナの足は予想以上に速かった。一塁セーフ。その間にバルガは三塁へ進んだ。
「くそ……器用な奴だ」
神宮寺が歯噛みする。ノーアウト一塁三塁という絶体絶命のピンチ。そして、4番打者の登場だった。
会場が静まり返った。漆黒のマントを脱ぎ捨て、魔王がゆっくりとバッターボックスに向かう。その巨体は他の魔族をも凌駕し、圧倒的な存在感を放っていた。
「来た……魔王だ……」
観客席がざわめく。狩野は深呼吸をして、魔王を見据えた。
「……来いよ、魔王」
魔王は静かにバットを構えた。その紅い瞳が狩野を射抜く。
「投げてみろ、人間」
狩野は全力で投げ込んだ。渾身のストレート、今日一番の球だ。だが、魔王のバットが動いた瞬間――
ゴォン!!!
轟音とともに、打球が夜空に舞い上がった。
「嘘だろ……」
全員が空を見上げた。打球はぐんぐん伸び、バックスクリーンを遥かに越えていく。誰もが呆然とその軌道を見つめていた。スリーランホームラン。人間には到底不可能な、規格外の一撃だった。
会場が爆発したような歓声に包まれた。「魔王様ァァァ!!!」「化け物だ……!」「すげぇ……」という声が入り混じる中、魔王は悠然とダイヤモンドを一周した。ホームを踏む際、狩野を一瞥する。
「……悪くない球だった」
そう言い残し、ベンチへ戻っていく。スコアは0-4。帝体大ベンチに重い空気が流れた。
「やべぇな……あの打球、人間じゃ絶対打てない」
矢田が呟く。だが神宮寺は拳を握りしめた。
「だが、まだ1回だ。試合は始まったばかりだ」
狩野は帽子を深く被り直し、静かに頷いた。
「……ああ。ここからだ」
その後も魔王軍の攻撃は続いた。5番ガルドが豪快なスイングで右中間を破るツーベースヒットを放ち、6番の魔族がレフト前ヒットで続く。ガルドが三塁へ進み、7番の魔族がセンターへ犠牲フライを打ち上げた。北野はフェンス手前で捕球するのが精一杯で、ガルドはタッチアップで悠々とホームへ帰還。これで0-5だ。
8番、速水がバッターボックスに入った。かつてのチームメイトが、今は敵として立ちはだかる。
「よう、狩野。久しぶり」
速水がニヤリと笑う。
「……手加減はしねぇぞ」
「当たり前だ。俺も全力で打つ」
狩野が投げ込んだ球を、速水は鋭く振り抜いた。カキィン!打球はショートへの強いゴロ。黒崎が素早く反応して捕球し、二塁へ送球。ダブルプレーが成立した。
「ナイスプレー、黒崎!」
ようやく1回表が終了した。スコアは0-5。帝体大は初回から大量リードを許してしまった。
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1回裏、帝体大の攻撃。マウンドに上がったのは井戸川だった。
「よう、お前ら。手加減はしねぇからな」
井戸川がニヤリと笑いながら、ゆっくりと投球練習を始める。その球は狩野とは全く違っていた。緩急をつけた投球、鋭く曲がる変化球。元チームメイトだからこそ、その厄介さがわかる。
先頭打者の北野がバッターボックスに入ったが、井戸川の緩急に翻弄され、三球三振に倒れた。
「くそ……全然タイミングが合わない」
2番矢田も内野ゴロに打ち取られ、3番神宮寺がバッターボックスに入った。
「井戸川、お前の球、打たせてもらうぞ」
「やってみろよ」
神宮寺が思い切り振り抜いた。カキィン!打球はセンターへ飛んでいく。だが、魔王軍のセンターが俊足で追いつき、難なくキャッチ。3アウト。帝体大は三者凡退に終わった。
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2回表、魔王軍の攻撃。狩野は気持ちを切り替え、丁寧にコーナーを突く投球で三者凡退に抑えた。
「よし、流れを切った。ここから反撃だ」
2回裏、帝体大の攻撃。4番大江山がバッターボックスに入った。
「どすこい……」
大江山は井戸川の球をじっと見極め、第3球、甘く入ったストレートを渾身の力で振り抜いた。ガキィン!という快音とともに、打球はレフトへ高く舞い上がった。
「よし!」
だが、レフトの魔族が驚異的なジャンプでキャッチ。あと少しでホームランという当たりだったが、惜しくもアウトとなった。
「くっ……惜しい!」
続く5番鷹野も内野ゴロ、6番村瀬も三振に倒れ、この回も三者凡退。井戸川の投球は冴えわたっていた。
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3回表、魔王軍の攻撃。3番ヴァルナがセンター前ヒットで出塁すると、4番魔王がタイムリーツーベースを放った。狩野は何とか後続を抑えたが、スコアは0-6に広がった。
3回裏、帝体大の攻撃。7番小宮がライト前ヒットで出塁し、8番黒崎が確実に送りバントを決めて小宮を二塁へ進めた。
9番狩野がバッターボックスに入った。投手でありながら、ここで打席が回ってきた。
「投手が打つ番か……」
狩野は井戸川を睨んだ。かつてのチームメイト、今は敵。その球を打ちたいという気持ちが込み上げてくる。
「お前の球、打ってやる」
井戸川が投げ込んだ。狩野は狙い澄まして振り抜いた。カキィン!打球はセンター前へ抜けていく。
「走れ、小宮!」
小宮が三塁を蹴り、ホームへ突っ込んだ。センターからの返球が飛んでくる。際どいタイミング――
「セーフ!」
「よっしゃ!1点返した!」
帝体大がようやく1点を返した。スコアは1-6。まだ5点差あるが、反撃の狼煙が上がった。
4回表、4回裏は両チームとも得点なく、スコアは1-6のまま後半戦へ突入することになった。
帝体大ベンチでは、選手たちが拳を握りしめていた。
「まだだ……まだ追いつける!」
「5点差なんて、ひっくり返してやる!」
誰一人として諦めていない。それが帝体大の強さだった。狩野はマウンドを見つめながら、静かに闘志を燃やしていた。
「後半、絶対に抑える。そしてお前らが点を取れ」
「任せろ」
神宮寺が力強く頷いた。まだ試合は折り返し地点。帝体大の逆転劇は、ここから始まろうとしていた。




