第31章 大会準備
帝体大のグラウンドは、再び祭りの様相を呈していた。
第1回ワールドカップから数ヶ月。あの熱狂を覚えている者たちが、今度は「野球」という新たな競技に心を躍らせていた。
「ワールドフェスティバル、野球の部!」
横断幕が風に揺れる。
帝体大には元々立派な野球場がある。問題は、三つの国の観客を収容する座席だった。
「観客席の増設、急げー!」
「こっちの骨組み、もう少し右だ!」
「マジーナ王国エリアはこっち!魔王軍エリアはあっち!」
登山部やアウトドア系のサークルが中心となって、仮設スタンドを組み上げていく。
マジーナ王国から派遣された技術者たちも加わり、作業は順調に進んでいた。
「おお、これが野球場というものか」
王国の技術者が感心した声を上げる。
「サッカー場とは全然違う形だな。この扇形は美しい」
「だろ?野球場ってのは独特なんだ」
狩野が誇らしげに答える。
「このダイヤモンドが、野球の全てだ」
露店エリアでは、前回以上の賑わいが生まれていた。
「ミミゾーの串焼き、今日は特製タレだよー!」
「マジーナ王国直送!魔法で冷やしたリンゴールジュース!」
「帝体大名物、勝利のカツカレー!縁起担ぎにどうぞ!」
「カツカレーってなんだ?」
「戦いに勝つ=カツ……ダジャレだな」
「ふっ人間は面白いことを考える」
魔王軍の商人たちも、今回は堂々と店を出していた。
「魔界特産、サラマンダーの燻製肉!ちょっと辛いが美味いぞ!」
「スパイシーだけど、燻製香がたまらん!これ美味い!」
「だろう?魔界は実は美味いものに溢れてるんだ!人間にも好評で良かったわ!ガハハハハ」
サッカーのワールドカップでは緊張感があった魔王軍との関係も、今では自然と打ち解けていた。
スポーツが生んだ絆が、確かにここにあった。
グラウンドの中央では、狩野が三陣営の代表を集めていた。
「ルールの最終確認だ」
狩野がボールとバットを掲げる。
「9人対9人。ベンチ入りメンバーは今回は何人でも可。攻撃と守備が入れ替わる。3アウトで攻守交代、9イニングで決着をつける」
マジーナ王国からはレオニールが代表として出席していた。
「投手が投げた球を、打者が打つ。打った球を守備が捕る。走者がホームに帰れば得点……であっているか?」
「完璧だ」
狩野が頷く。
魔王軍からはガルドが腕を組んで立っていた。
「サッカーと違って、ぶつかり合いはなしか…」
「野球は接触プレーが少ない。技術と判断力の勝負だ」
「ふん……だが、その分、一球一球に魂を込められるということだな」
ガルドの目が光る。
「井戸川と速水に教わった。野球は、力だけでは勝てない。そういうことだな?」
「その通りだ」
狩野が笑った。
「だからこそ、面白い」
練習場では、各陣営が最後の調整に励んでいた。
マジーナ王国のエリア。
大賀がマウンドに立ち、レオニールが打席に入る。
「いくぞ」
大賀の球が唸りを上げる。
レオニールのバットが空を切った。
「くっ……!今のは見えなかった……!」
「160kmだ。最初は誰も打てない。だが、目が慣れれば対応できる」
「もう一球頼む!」
米倉がミットを構え、大賀が頷く。
王国の兵士たちは真剣な眼差しで、その指導を受けていた。
魔王軍のエリア。
井戸川がバットを構え、見本を見せていた。
「いいか、バッティングで大事なのは――」
カキィン!
打球が遠くまで飛んでいく。
「あの軌道……!」
バルゴとバルガが目を輝かせる。
「力任せに振るんじゃない。芯で捉える感覚を覚えろ」
「よし、俺にもやらせろ!」
バルゴがバットを握る。
速水が軽くトスを上げる。
カキィン!
「おお!飛んだ!」
「いい当たりだ!その感覚を忘れるな!」
魔族たちの歓声が響く。
かつての敵同士が、今は共に野球を楽しんでいた。
帝体大のエリア。
狩野がマウンドに立ち、大江山が構える。
「いくぞ」
パシッ!
「おお、いい球だ」
「まだまだだ。大賀の球を知ってるからこそ、俺の球がどれだけ遅いかわかる」
「でも、制球は抜群だぞ」
矢田が声をかける。
「コーナーを突く投球、変化球でかわす投球……狩野には狩野の野球がある」
「……ああ」
狩野は静かに頷いた。
「大賀たちには、向こうで頑張ってもらう。俺たちは俺たちの野球で、あいつらを倒す」
神宮寺がグローブを叩いた。
「そうだ。帝体大は負けない」
「おう!」
全員の声が揃った。
夕暮れ。
グラウンドは準備を終え、明日の開幕を待つばかりとなっていた。
仮設の観客席には、すでに場所取りをする者たちの姿がある。
「明日は絶対に最前列で見るぞ!」
「帝体大を応援するんだ!」
「いや、俺は王国を応援する!」
「魔王軍も侮れないぞ!」
三つの陣営のファンが、今から熱い論戦を繰り広げていた。
リュミエラ王女が、静かにグラウンドを見下ろしていた。
「サッカーに続き、野球……帝体大は、また新しい文化を広めてくれた」
宰相が隣に立つ。
「ええ。しかし、今回は我らも負けるわけにはいきません。大賀殿と米倉殿の指導のおかげで、チームは仕上がっております」
「そうだな。今回こそ、勝利を」
王女の目に、静かな闘志が宿っていた。
魔王軍の陣営。
ガルドが夜空を見上げていた。
「明日か」
隣にはヴァルナが立っている。
「サッカーでは負けた。だが、野球は違う」
「ええ。速水と井戸川の指導は本物だった。私たちは、もう初心者じゃない」
「帝体大を倒す。今度こそ」
ガルドの拳が握られた。
その背後で、魔王の影が静かに揺れていた。
「楽しみだ……」
低い声が、夜風に溶けていった。
帝体大の陣営。
狩野が全員を集めていた。
「明日から、ワールドフェスティバルが始まる」
全員が頷く。
「俺たちは寄せ集めだ。でも、俺たちはスポーツのスペシャリストだ!負けるわけにはいかない!」
「おう!」
「サッカー、ラグビー、剣道、相撲、ボクシング、レスリング、陸上、バスケ、柔道、アーチェリー、水泳、体操……全部の力を、野球にぶつける」
狩野は拳を突き上げた。
「俺たちの野球を、この世界に見せつけてやろう!」
「「「「おおおおお!!!」」」」
グラウンドに、帝体大の咆哮が響き渡った。
夜空には月が輝き、明日の開幕を静かに見守っていた。
こうして、剣と魔法の世界における第2回スポーツの祭典――ワールドフェスティバル野球の部の幕が、切って落とされようとしていた。




