第1章 転移と初陣
帝国体育大学――通称「帝体大」
スポーツの殿堂にして、日本の体育界の総本山。ここから数多のオリンピック選手や名コーチが巣立ち、武道から球技、果てはスポーツ科学の最先端まで網羅する巨大な学園都市である。
その日も、帝体大はいつも通り活気に満ちていた。
春の陽光の下、グラウンドでは野球部が快音の鳴らし、サッカー部、ラグビー部が汗を飛ばし、タックルとパスが交錯する。道場では柔道部と剣道部が畳をきしませ、竹刀と気合の声が響く。プールでは水泳部とライフセービング部が互いのタイムを競い、アリーナではバスケ部とバレー部がボールを追いかけていた。
教授陣やトレーナーチームは研究棟で最新のトレーニング理論を論じ、食堂では学生たちが大皿の定食を囲んでいた。
それは、誰もが「日常」と呼ぶ光景だった。
だが、次の瞬間。
――空が裂けた。
轟音とともに、世界が白い光に包まれる。
強烈な揺れがキャンパス全体を襲い、地鳴りのような振動に学生たちは悲鳴をあげた。
「地震か!?」「テロか!?」
教授たちが叫び、学生たちは身をかがめる。だがそれは、彼らが知るどんな災害とも違っていた。
目を開けたとき、帝体大を取り囲んでいたのは、見慣れた街並みでも高速道路でもなかった。
広がるのは、深い森と見渡す限りの荒野。高層ビルは一つもなく、かわりに空には見知らぬ二つの月が浮かんでいた。
「……ここは、どこだ?」
誰かがそうつぶやいた瞬間、森から響いたのは野獣の咆哮だった。
牙をむいた異形のモンスターたちが大地を揺らして現れる。
狼にも熊にも似ているが、その大きさは軽自動車をも超える。
さらに、その群れに必死で立ち向かっている人々がいた。鎧に身を包み、剣や槍を振るう戦士たち。
だが彼らは数で圧倒され、次々に倒れていく。
キャンパスに集まった学生たちが息を呑んだ。
「嘘だろ……あれ、映画の撮影じゃないよな?」
「マジで人が死んでるぞ……」
その場を混乱が支配しかけたとき、先頭に立ったのはラグビー部主将の神宮寺篤だった。
「ラグビー部!全員でかますぞ!!」
声を張り上げると同時に、ラグビー部がモンスターに向かって突撃し、アメフト部と相撲部もあわせて巨体を揺らして前進する。
レスリング部の猛者たちが続き、フィジカルの塊が、一斉にモンスターの群れへと突撃した。
「うおおおおおっ!!」
衝撃と咆哮がぶつかり合い、大地が震える。
その背後から野球部が飛び出した。
金属バットを握りしめ、フルスイングでモンスターの顎をかち上げる。
「ジャストミート!!!!」と叫ぶ声が、緊迫した戦場に響いた。
ボクシング部は軽快なフットワークで巨獣の懐に飛び込み、鋭いワンツーで顎を砕く。
空手部の蹴りは正確無比に関節をへし折り、剣道部の竹刀は頭蓋骨ごと叩き割った。
後方ではアーチェリー部が次々に矢を射ち、陸上部の投擲選手が槍を一直線に飛ばす。
ゴルフ部のドライバーが唸りを上げ、ゴルフボールが弾丸のようにモンスターの頭を撃ち抜いた。
負傷した冒険者は、ウエイトリフティング部が軽々と肩に担いで運び出す。
ライフセービング部やトレーナーチームは即座に応急処置を施し、応援団とチアリーディング部が声を張り上げた。
「帝体大!帝体大!帝体大!ウッ!帝体大!帝体大!帝体大!ウッ!帝体大!帝体大!帝体大!ウッ!レッツゴー帝体大!」
「フレ!フレ!帝体大!」
士気が爆発的に高まり、統率のとれた動きは、異世界の冒険者たちには理解できない“軍団戦術”そのものだった。
冒険者たちは呆然とつぶやく。
「……魔法を使わずに、あのモンスターを圧倒してる……?」
「な、なんだあの統率された集団は……!」
やがてモンスターの群れは蹴散らされ、森の奥へと退いた。
荒い息を吐く学生たちの背後には、守り切ったキャンパスと、倒れずに済んだ冒険者たちがいた。
神宮寺は泥にまみれた顔で笑った。
「よし……帝体大、勝利だ!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
その瞬間、帝体大は単なる大学ではなく、異世界に現れた“新しい力”として世界に刻まれた。
そして――この日を境に、剣と魔法の世界に“スポーツ”という名の革命が始まることになる。