1-9
翌朝、食堂の前でフレデリックとばったり行き合った。
「……おはよう」
「……おはよう」
チリリと心が怒りに焼ける感覚がしたが、ぎこちなく挨拶を交わす。グウェンとサジはすでにテーブルについていた。舞は素早くグウェンの隣に陣取ったが、向かいにはフレデリックが座ることになり、思わず舌を打ちそうになった。
しばらくテーブルは無言のままだったが、食事が供され始めると会話がなくても気にならなくなった。香辛料の効いた白身の魚に、パン、干していない肉など、朝食にしては豪勢なラインナップに舌鼓を打つ。
「それで? フレデリック」突如、鋭いグウェンの一言が停滞していた空気を切り裂いた。「あなたマイに言わなければならないことがあるんじゃないの?」
油断していた舞はパンを喉に詰まらせそうになった。フレデリックは食事の手を止め、
「食事が終わったらするつもりだった」
「あら? こういうのは早ければ早いほどいいのよ?」
即座に言い返され、観念したのか、彼は深く息をつく。そして
「昨日の件だが……マイ」
と、思い切ったように切り出した。不穏な空気を察した舞は「は、はい?」とどもりながら返事をする。
「まずは謝罪したい。君を忘れていることは謝ろう。私の落ち度だ」
「は、はあ」
「それと、君を……過去の私が傷つけたことも、改めて謝罪したい」
「はあ」
「どうしてそんなことをしようと思ったんだか、今の私には想像もつかないが、申し訳ない気持ちは本当だ」
「はあ……」
謝罪する、って言いながら、全然「ごめん」って言わないなコイツ。舞が心中鼻白んでいると、
「とにかく、君を好きになったフリまでしていたなんて、我ながらどうかしてる」
ぶ、と水を吹き出したのはサジだ。グウェンは信じられないものを見る目でフレデリックを見たし、舞に至っては口をぽっかり開けてしまった。だがその間も、フレデリックの言葉は止まらない。
「もしかしたら、聖血である君の手綱を握っておきたかったのかもしれないな。君は少し……破天荒なところがあるように思うから。だが、クーデターになって、君をなだめたりする余裕がなくなり、君を元の世界に帰すことにした、とか……はあ、記憶さえあれば弁明もできたと思うんだが……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
舞は思わず手を上げて制止した。
「えっと、今、あなたがしてる謝罪って、……最後の時、私を振って傷つけたことに対してじゃなくて……付き合ったこと自体が嘘から始まってたって話で合ってる? 私をコントロールするために、私と付き合うフリをして……私を利用したってことへの? 謝罪?」
フレデリックはしばらく黙って舞の言葉を咀嚼した後、「そうだ」と肯定した。
舞は気が遠くなった。
「もちろん、当時の私の真意は分からない。が、昨夜、残っていた記録を読んで寝ずに考えた結果、それしか理由が思い当たらなかった」
「……あなたは、私を本当に好きで付き合ってたけど、私がクーデターで傷つかないために、泣く泣く帰した……っていう可能性は、ないってこと?」
「私が、誰かを好きになるなんてありえない」
キッパリとした言葉に、ヒュ、と誰かが息を飲んだ音がした。それが自分だったのか、他の二人だったのか、舞には判別がつかなかった。
「ちょっと待ちなさい、フレデリック」グウェンが珍しく荒れた声で反論した。「それじゃ道理が通らないじゃないの。私がした長雨の話を聞いてなかったの?」
「聞いていた。だが、それこそありえない話だ」
フレデリックは不愉快そうに首を振る。
「私が空のフィンに悟られるほど心を乱すだなんて……私は自分のこの特性を完璧にコントロールしている。そうでなければ、領主の大役は務まらないからだ。自分の感情一つで領地を危険に晒すなんて馬鹿はしない。それに、本当に彼女との別れを嘆いたのなら、彼女を帰した直後に雨が降るはずだ。クーデターが終わった後に降ったのなら、ただの異常気象だろう」
「君に私の特性の話をしたことはなかったはずだが、誰から聞いたかは不問に付そう」と、フレデリックは当てこするように締めくくる。
「じゃあ、マイのことだけ忘れてるのはどうして?」
グウェンのさらなる追及に、彼はため息をつくと、煩わしそうに眉を寄せた。
「私が忘却薬を飲んだのは確かだ。だから……本当に忘れたかったことは別にあったんだろうと思う。マイの記憶が抜けてしまったのは、多分、何かのミスだろう。薬がおかしかったか、」
「ふ、フレデリック。僕は、ミスはしませんが……」
「ああ、魔法のことに関しては、そうだな。じゃあ、もしかしたらマイを騙して付き合ったことへの罪悪感があったのかもしれない。だから罪の意識を、彼女の記憶ごと忘れたかった……そういうことじゃないかな?」
舞の隣で、グウェンがゆっくり天を仰いだのが分かった。どちらかというと唐変木寄りのサジですら、冷や汗をかいて震えている。
一方、舞はフレデリックの顔をぼんやり見ていた。心が凪いだように静かだった。耳に入ってくる言葉が脳を素通りしていく。フツリ、と頭の中で何かの糸が切れてしまったような感覚だった。
「とにかく、すまなかった」
フレデリックが締めの謝罪をすると、舞はゆったり、何度か頷いた。
「――そう。分かった」
舞の返事に、フレデリックは肩透かしを食ったような顔をした。
「そ、そうか。じゃあ、この件は、これで。……で、今後の話なんだが……君にここに住んでもらうにあたって、」
「は? 住まないけど」
「……えっ?」
「当たり前でしょ? なに当然みたいな顔で話進めてんのよ、住むわけないでしょ。のうのうと面の皮の厚い謝罪しやがって、それで済むと思ってんのか」
「でも、分かったって、今」
「――うるさああああああああいっ!! !」
舞の渾身の大音声に、部屋の窓がビリビリ揺れる。
「理解はしたわよ、納得もしたわよ、だけど許したりなんか! っ絶 対 し な い!! 自分の言ったことの鬼畜さを理解してないみたいだから説明してあげるけど、あなた今私に、散々甘い言葉をかけて懐柔したけど、邪魔になったからハシゴを外して放り出しました、おまけにもう一回人生捨てさせて召喚しちゃいました、ごめーんね☆って言ったのよ!? 許す要素がどこにあんのよ!?」
目を白黒させるフレデリックの一方、「それはそう」とグウェンはボソリと言う。サジも同意し、ひっそりと頷いた。
ヒートアップした舞の舌鋒は止まらない。
「しかも!! 記憶すら忘れるってどういうこと!? せめて心に刻んどきなさいよ、人を心底傷つけた己の至らなさ、愚かさとして!! じゃなきゃ反省もできないでしょ!! それでも人の上に立つ領主なの!?」
「そ、それは、ミスかもしれなくて」
「うるっさいわね、このタイミングでよく口答えしようと思ったな!? ミスだろうがなんだろうが忘れたのは事実でしょ!? きちんと報・連・相もしないくせに、言い訳だけは一丁前で、ムカつくったらありゃしない!! あんたの真意なんか知るか~~~っ!!」




