表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

1-7

 案内された部屋は、落ち着いたトーンでまとめられた部屋だった。ベッドと、机、椅子が二脚、それに小さなクローゼットがあるだけ。質素と言ってもいいくらいで、グウェンらしいな、と思いながら見回す。

 グウェンは部屋に来た侍女からお茶のセットを受け取ると、後に控える夕食もこちらに持ってくるようにお願いし、それ以外は二人にしてほしいと頼んだ。侍女が心得たように下がってしまうと、やっと気安い様子で肩をすくめる。


「ごめんなさいね、無理に連れ出すような真似をして」

「ううん、助かったよ。今は何を聞かされても、怒りが先に来ちゃうから。……それより。無事で本当に良かった、グウェン」


 ぎゅ、と抱きしめると、慈愛に満ちた手が舞の頭を撫で下ろした。


「心配してくれてたのね」

「当然だよ。クーデターは? どうなったの? グウェンが変わらずここにいるってことは、ユランダ様が勝ったんだろうけど……」


 矢継ぎ早に質問する舞に、グウェンは座るよう促すと、お茶を淹れてくれた。そして自分も座ると、


「そうね、何から話したらいいかしら……」


 と息をついた。



 カイザー王国は海に浮かぶ島国だ。貴族階級としての領主はいるが、貴族の内訳的区切りはなく、七人の領主たち――リヴァイアサン、モリガン、クラーケン、ケートー、ヒポカンポス、ザラタン、アバロンシェ――は全てロードと呼ばれている。領主たちは王都以外の七つの領地をそれぞれ収め、その上に王が座していた。

 宗教は水の女神であるベーパを信仰するベーパ教が主で、この国で宗教家はかなり大きな権力を持つ。その理由は、海からやって来る人を食う魔物――この国の人らは『堕ちた血』と呼ぶ――を撃退するのに、海から流れ着いたり召喚されたりする異世界人――聖血と呼ばれる、舞たちのことだ――の血のみが有効だったから。そして異世界人は全てがベーパの恵みとされ、崇拝の対象だからである。

 彼らには聖血の血を土地に蒔いてバリケードとしたり、武器に塗って切りつけることで魔物を消滅させ、長い間闘ってきた歴史がある。遥か昔、とある力のある聖血が海ごと浄化したことで、この世界に堕ちた血はいくらも出現しなくなったが、今でもその権威は揺るぎない。


 以前まで王国には、在位三十年を越す長期君主として、クォーツ王が立っていた。王位継承権一位は、ザラタン家から嫁いだ側妃の息子であるユランダ王子。その状態で十五年は落ち着いていた。

 ところが、奇しくも舞が初めてこちらに召喚されたのと時を同じくして、クォーツ王が、若くしてベーパを祀る僧院に出された自分の弟であるジョエルを王宮に呼び寄せたのだ。

 当然、王宮の勢力図は一変。それまで悠々自適と思われた立場の、側妃の父である七領主が一人、ロード・ザラタンの足元が揺らぐ。逆にジョエルのいた僧院が管轄圏にあり、彼の世話をしていたロード・モリガンや、ジョエルの母親の父であるロード・アバロンシェは、発言力を増した。


 とは言え、それだけなら、単なる勢力図の書き換えで済んだ。当時、いつまでたってもお鉢の回ってこない玉座に拗ね切っていたユランダは、放蕩の限りを尽くしていたとされている。王が息子にお灸をすえるために一計を案じたのだろう、というのが概ねの世間の見方だった。

 それに、元々、リヴァイアサン家はモリガン家が重用する宗教家にも、武闘派のザラタン家が代々所属し肩入れする王国軍にも、過度に寄らない中立派だ。加えて、かつては堕ちた血の跋扈した荒涼とした領地も、外貨を稼ぐ港街に変わって久しい。富に潤う領地を守りきり、国の定める税を納めていさえすれば、中央政治などの面倒ごとにはますます関わらないで済むようになり、近年は良いだけ引っ込んでいられたのだ。


 だが、それも四年後、ジョエルがクォーツ王に毒を盛り、全てが変わってしまった。


 クォーツ王は一命を取り留めたものの、床に伏せる。ジョエルは王宮から落ちのび、僧院にいた頃に作った仲間と蜂起し、王やユランダと真っ向から対立。各地で暴動が起き、内戦が始まった。その時、フレデリックは領主として、ユランダを支持し、戦いに身を投じる決断をしたのだ。


 それが、舞が帰る少し前のことだった。


「結論から言うと、ユランダ王子は勝ったわ。ジョエル様は捕らえられて、今は地下牢に幽閉されている。だから、ジョエル様が次の王になれば、敵対した領主から力を削ぐために聖血を取り上げるだろう……っていう確定的な噂も、現実にはならなかった」


「おかげで今も、リヴァイアサン領で施療院を開けているわ」とグウェンは言い、「けど」と暗い顔をした。


「首魁を失っても、叛逆が完璧に止まったとは言えないの。各地で突発的に起こる暴力行為は続いていて、その度にそれぞれの領地の連隊が鎮圧して、少しずつ力を削いではいるけれどね。ユランダ王子は戦いに勝ったけど、まだ賢人議会に即位を承認されていないから、それも影響してると思う」

「賢人議会って……確か……七領主と、ベーパ大法師のフィランダー、宗教家の三賢人の十一人で構成されたやつだよね? 王が不在の時は、国の最終決定権を持つとか言う……」

「そう。宗教大家のフィランダーが裏で手を回して、半数以上の賛成が取れなくてね。現状、前王のクォーツ王に一番近かったフィランダーが王権を握っている状態なのよ。もうかれこれ三年になるかしら」

「そうなんだ……」

「この状態が続けば先々、残党は数を増やしていく可能性もある」


 グウェンはそこで一度言葉を止めると、気遣わしげに舞をうかがった。


「あなたは怒るかもしれないけれど、フレデリックがあの時、あなたを元の世界に帰してくれて良かったと、クーデター真っ最中の時はよく思ったものよ。あの後すぐに、戦闘が激化したから」

「グウェン、」

「もちろん、あのやり方が最善だったとは思ってない。たとえあなたを帰すために泣く泣く振ったんだとしたって、褒められた選択じゃないわ。フレデリックはきちんとあなたの意見を聞いて、話し合って、あなたを納得させて送り帰すべきだった。けど……擁護するわけじゃないけど、あの頃は本当に、先が見えなかったの。ユランダ王子は確かに勝った。でも、それは結果論に過ぎないわ」


 舞は、む、と口を尖らせて黙り込んだ。グウェンは困ったように眉を下げ、


「やっぱり、意見を聞かれなかったのがネックになってるの?」

「……そりゃあね。だって、グウェンの意向は聞いて、ここに残ることを許したんだもん。同じ聖血だった私には、説明もしなければ、意見も聞かなかったくせに」


 フレデリックは舞に説明しなかったが、当時、この世界はグウェンの言う通り危険だった。舞もそれは知っている。クーデターの不穏な空気を舞は肌で感じていたし、騎士たちや、施療院を訪ねてくる人、それに城下町の人たちにも話を聞く機会はあったから。

 だからこそ、きちんと説明してほしかったし、フレデリックを一人残して元の世界に自分だけ帰ったりしたくなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ