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サジに魔法で服を乾かし、清潔にしてもらった後、ひとまずは場所を変えて、と馬車に乗せられた舞が着いた先は、カイザー王国・リヴァイアサン領の領主城。フレデリックの城だった。その一番高いところ、舞にとってはフレデリックに別れを告げられた忌まわしい記憶の残る領主執務室で舞たちを待っていたのは、金髪碧眼の輝かんばかりの美女だった。
「グウェン!!」
舞は驚き、久々に友人の名前を呼んだ。
「まあ、マイ!」
グウェンの精巧に作られたビスクドールのような相貌が、パッと花開くようにほころぶ。
「本当にあなたなのね? またあなたに会えるなんて! ずっと恋しく思ってたのよ」
グウェンは言いながら舞に駆け寄り、抱きしめてくれる。久方ぶりの再会に、舞は不覚にも涙が出そうになった。
「そう言ってくれるのはグウェンだけだよ……」
「何言ってるの、きっと施療院に通うみんなが喜ぶわ。ああ、でも、その中でも一番喜んでるのは私よ。疑わないで。さ、よく顔を見せて。ああ、元気だった? あなた、少し痩せたみたい」
「ちょっと、大人になったから」
「あら、そうなの? でも、どんなに大人になっても、あなたはずっと私の可愛い妹よ」
ちょん、と舞の鼻を人差し指でつく真似をするグウェンに、くすぐったい気持ちになる。
グウェンは舞の八歳年上で、舞より八年先にフレデリックに召喚された。舞にとっては先輩救世主だ。初めて出会った時から舞を妹のように可愛がってくれ、この世界での生き方の手本を示してくれた。
「また会えて本当に嬉しい」
「私も。グウェンにずっと会いたかった」
「おばあ様はお元気だった?」
「……亡くなってたの」
「まあ、そんな……!」グウェンは息を飲んだ後、舞の手を優しく握って囁く。「辛かったでしょう」
「あなたが辛い時、そばにいてあげられなくてごめんなさい。よく頑張ったわね」
「うん……」
「お身内がいないとなると、戻った後は思っていた以上に大変だったんじゃない? 金貨は? ちゃんと使ったんでしょうね?」
「あー、ちょっとだけ。でも、なんとかなったよ」
そういえば、あの一財産もアパートの押し入れに眠ったままだ。こんなことならもっと使っておけば良かった。自分がいなくなった後、なにか騒ぎにならなければいいが。
グウェンは、ほう、と感心したように息をつく。
「流石の胆力ね。あなたを誇りに思うわ、マイ」
「えへへ。でも、グウェンのほうは? 大丈夫だったの、」
「君が、初めて召喚されたわけじゃないのは、分かった」
再会を喜び合う二人の間に、フレデリックの無粋な声が割り込む。舞はムッとしてフレデリックを睨みつけた。
「疑ってたわけ?」
「そうじゃない。いちいち突っかからないでくれないか、話が進まない」
「はあ!? そっちがイラつかせるからでしょ!」
視線がぶつかり、火花が散る。一度ぶん殴ってやりたい、とは常々思っていたが、実際は蹴り上げても怒りは一向に収まらなかった。むしろますます燃え上がるようだ。
そこに「まあまあまあまあ」とグウェンが割り込む。
「相変わらず仲が良いわね、二人とも。フレデリックに至っては記憶がないっていうのに」
「「……え?」」
目を剥いたのは舞とフレデリックだ。
「ま、待って? 記憶がない? ……って、どういうこと? フレデリック、記憶喪失なの?」
まさか戦闘に巻き込まれて、と一瞬ヒヤリとしたものの、当の本人が
「初耳だ」
と、元気な様子で言うので、訳が分からなくなった。
「厳密に言うと、記憶喪失という言い方は少し違います」と訂正したのはサジだ。
「事故などの偶発的な事件に付随する副作用ではなく、フレデリック様は自ら、進んで記憶をなくされたんです。僕の作った忘却薬を飲んで」
「……は?」
青天の霹靂とはまさにこのことだ。舞はあんぐり口を開けて、フレデリックをまじまじ見つめてしまう。
「……初耳だ」
フレデリックは繰り返しながら、執務机の窓近くに行き、腕を組んでしかめ面をした。
「それはそうでしょうとも」サジは、垂れた金色の瞳を伏せ、毛量が多く、くせの強い黒髪と額の境目を掻いた。「あなた様はこの件に関する全てを忘れておられる。でなければ、薬に欠陥があったことになってしまいます」
そう言う、鳥のくちばしにも似た、ツンと尖った唇から漏れる声には疲れが滲んでいる。
「『リヴァイアサン領の宝剣に失敗はない』、だものね」
巷でのサジの評判をグウェンが口にすると、サジは鋭角な眉にさらに角度をつけて「その通りです」と頷いた。