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4-3

「私も行くわ!」


 グウェンが勇んで言うのを、フレデリックは「いや、君はここに残れ」と制した。


「どうして? マイが怪我をしてたら、私が必要になるわ!」

「ただ家に帰っただけの場合もある。考え直して王宮に戻って来ているかもしれない。そうしたら君には使いを出してほしい。どちらにせよ、今、君の警護に人員は回せない。捜索が優先だ。聞き分けてくれ」

「でも、」

「グウェン、頼むから!」


 逸る気持ちが爆発し、つい声が大きくなった。だが、こうしている間にマイが残党にさらわれたらと思うと、問答の時間が惜しかった。外で一際大きな雷鳴が轟く。

 彼の激情に、グウェンは静かに、「分かった」と返した。


「私はここで、あなたの我が君に失礼のないようにお相手しておくわ。主賓が二人もいなくなったと知れれば、さしものあのチャランポランも機嫌を損ねるかもしれないし」

「ありがとう、グウェン」


「その代わり」グウェンは言って、顔の前で指を一つ立てる。「マイが怪我をしていたら必ず、最速で私を呼ぶと約束して」

 フレデリックは「ベーパに誓って」と力強く頷く。


「行くぞ、サジ!」


 共に廊下に出て、階段を駆け下りる。


「サジ、お前は兵舎に行って騎士たちを連れてきてくれ。私は馬を!」

「分かりました!」


 途中で二手に分かれ、フレデリックは走った。領に戻って徒歩で探すわけにはいかない。馬を調達して、馬車に繋ぐところから始めなくては。一分一秒が惜しかった。



 ◆


 

 次に舞が目を開けると、そこには満天の星空が広がっていた。ふっくらとした月はあっても、学校で習った星座は一つもない、別世界の空だ。

 しばらく呆然と見上げていたが、人の気配を感じて飛び起きた。その拍子に、地面が揺れる。驚いて両脇にあった縁に捕まった。見れば、そこは小舟の上だった。舟の後方に積まれ、眠っていたらしい。

 先端のほうに、誰かが座っている。背中を向けていた男は舟の揺れに気づき、ランタンを手に振り向いた。


「気づかれましたか」


 舞はその顔に覚えがあった。


「アンドルー……?」


「ええ」彼は舞に向かって腰掛け直す。「手荒な真似をして申し訳ありません」


「……私を、眠らせたのはあなたなの? 家に、侵入して……」


 言葉にすると恐怖が蘇ってきて、口をつぐんだ。彼は意に介さぬように「そうです」と頷く。


「施療院というのは便利ですね。薬がなんでも揃っている。麻酔薬なんてものまで。おまけに、薬棚に近づいても、誰も気にも留めない。のどかなところだ」


 アンドルーがスッと左手を上げて先を指した。


「見えますか? 遠くの灯りが。あれが城下町近くの港です」


 目の端でアンドルーを捉えたまま、指の先を見る。星のような小さな点があった。自分たちの小舟はかなり沖のほうにいるようだ。逃げ場はない。


「何が目的?」


 震えそうになる声を懸命に張って問う。ランタンの灯りに下方から照らされる顔が不気味だった。


「率直に申し上げます。私と一緒に来て、ジョエル様を支持すると世間に表明なさってください」

「……なぜ?」

「ジョエル様は、現在王宮の地下牢に幽閉されています。まだ処刑はされていない。それが、我々の希望になっている。今ならまだ、あの方をお救いできるんです」

「ジョエル派の残党だったのね」

「ええ。最初はグウェン様を誘拐する予定で施療院に潜り込んだんですが、より警戒のゆるいあなたにシフトを。驚きましたよ、家主のいない間に事前の準備を仕込もうと思ったら、あなたが家に入っていくのが見えたんですから。麻酔薬を持ち歩いていて正解だった」

「……救ってどうするの? また、暴力に訴えた革命をするの?」

「それがジョエル様の望みならば」

「支持できないと言ったら?」


 アンドルーの瞳がふっと陰る。彼は舞をじっと見据え、静かに


「あなたを殺します」


 と言った。

 強い言葉に、舞は思わず唾を飲んだ。


「……海にでも投げ入れるつもり?」

「いいえ。俺は何もしません。ただ、舟に一緒に乗っているだけです。あなたが支持すると言えば陸に戻るし、支持しないならこのまま。あなたには神秘があるが、ここで溶かせるものは舟だけですから」

「餓死させるってこと?」

「餓死する前に、干上がって死ぬでしょう。今は火の月です。遮るもののない海の真ん中で、飲み水もない。ですが、あなたが頷けば、そうはならない」


 火の月……元の世界でいう夏だ。暑さで熱中症になれば、一貫の終わりだった。だが舞は強がって、


「杜撰ね。フレデリックが私を探しに来たらどうするの?」

「それはベーパのみぞ知るところです。私が正しければ、女神は私を罰しないでしょう」

「聖血を殺すことを、女神が許すと思うの?」

「あなたが死ぬ時は、俺も死ぬ時です。命で贖えない罪は、水底で懺悔をいたします」


 よどみない返答に覚悟の深さがうかがい知れる。アンドルーは最初から死ぬ気でこの計画に踏み出したのだと分かり、舞は心中おののいた。


「……私を殺して、ジョエル様に益があるとは思えないわ」

「言ったでしょう、事前の準備をしたと。あなたの部屋に、手紙を残しました。ジョエル様を支持することをしたためた手紙です。この主張を通すためならば、命をもかける覚悟だ、と。そのあなたが海に沈んだと分かれば、世間はあなたが己の主張を通すために自死したと思うでしょう」

「フレデリックやユランダ王子が、そんなものを公表するかしら?」

「公表されなくとも、控えはすでに仲間の手にあります」


 計画的な犯行だ。舞は怒りにかまけて一人で帰ってきた己を恥じた。が、それも後の祭りだ。幸い、アンドルーには今すぐどうこうするつもりはないのだから、ギリギリまで粘ってみるより他になかった。



 ◆


 

「マイ! マイ! いるなら返事をしてくれ!」


 フレデリックは叫びながらマイの家に飛び込み、家中を探し回った。だが、どこにも姿は見えない。徒歩のマイを見回り騎士の誰かが見つけて、領主城に連れ帰ってくれたのだろうか。

 だが、その希望は即座に打ち砕かれた。


「ロード、これが机に!」


 騎士が持ってきた手紙には、女性らしい柔らかな筆跡でジョエルを支持すること、領主と王子に不満があること、この世界を正すためには命をもかける所存であることが、劇的な調子で書き連ねられていた。

 フレデリックは手紙を握り潰した。騎士が不安そうにするのに首を振る。


「これはマイの書いたものじゃない。聖血はこの世界の文字の読み書きはできないから、」

「ですが、誰か別の人間に代筆させたという可能性も……」


 ギリ、と歯をくいしばる。そんなはずはない。マイにジョエルを支持する理由はない。だが、彼女がフレデリックに不満を持っていたのは事実だ。領地を出たいと誰かに相談していた可能性はある。その気持ちを利用されて外に連れ出され、知らぬうちに手紙を置かれたのかも。


 ――もし、マイが自分で進んで領地を出たのだとしたら。

 ――俺に彼女を追いかける資格があるのだろうか?

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