表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

3-4

 今の話から察するに彼は物心ついてからは常に、意思があるものに振り回されるリスクと領主の責任を天秤にかけている。


『私が、誰かを好きになるなんてありえない』


 あの言葉はそういう意味だったのだ、と舞は気がついた。あの時は怒りでかき消されたけど、ずっと心のどこかで引っかかっていた言葉だった。自分が領地を危険にさらすとわかっていながら、感情のままに突っ走るわけがない、と。


 それはつまり……かつて舞をそばに置いていたのは、彼にとって舞は……そこまで心を揺らさない相手だったということに他ならないのではないか?


 舞と別れて世界中を雨にしたというのも、本当にただの季節外れの長雨だった可能性だってあるのだ。それか、全く別の悲しみ……例えばクーデターで傷ついた領民に、胸を痛めたとか。彼の言っていた通り、長雨は舞と別れた直後でなく、クーデター後にあったのだから、そう考えるほうが筋が通る。舞を忘れているのは本当に単なるミスで、グウェンやサジも知らない苦悩を、彼は忘れたかったのでは。

 すると、全てに符号が合った気がした。


 ――そうか。私、付き合った当初からずっと、とんでもない思い違いをしていたんだ。


 別れを告げられた時、元の世界に帰ってしまう前に、フレデリックの真意を問いただす機会は何度もあった。けど、舞はしなかった。


 ――グウェンの言う通りじゃなかったら? 本当に別れたいと思っての提案だったら?


 そう思ったら、踏み出せなかった。怖かった。これ以上傷ついたら、もう二度と立ち直れないと思った。

 意見を聞かなかった、とフレデリックを詰ったけれど、彼を信じきれなかったのは舞も同じだった。今更聞こうにも、あの時のフレデリックの本心はもう分からない。彼は忘れてしまったから……そう思っていた。けど、今ここにきて、はっきりと分かった。


 ――フレデリックは、私が思うように、私を愛していてくれたことは、一度もないんだ。


 付き合っていた頃の幸福な日々が、全て嘘だったとは思わない。

 けど、それはきっと、彼にしてみれば、妹をいたわる兄のような気持ちだったのだ。舞が浮かれて、真意に気づかなかっただけで。


 ――なんだ。なあんだ。

 そりゃ、兄妹に見えるのも納得よ。付き合う前くらいの彼に戻ろうがなんだろうが、私たちは、昔から……、



「マイ?」


 呼びかけに、物思いに耽っていた心が呼び戻される。彼の心配げな顔にハッとして、舞はぎこちなく笑った。


「ごめん、ちょっと考え事。……えっと、なんの話だったっけ?」


 フレデリックはその質問には答えず、舞を見つめて


「まだ元の世界に帰りたいか?」


 と尋ねた。いきなりのことに、舞はうまく反応できなかった。


「え? ……どうして?」

「少し、気になっただけだ。君に、まだ帰る意思があるのかどうか」


 困惑しながらも、自らに問いかけてみる。が、答えは出なかった。

「どうかな。分からない」結局そう返すしかなかった。「向こうに置いてきたものも、もうあまりないし。前の時はおばあちゃんがいたんだけど、帰った時には亡くなってたから」


「……すまない」


 フレデリックの謝罪に「もう終わったことだから」と首を振る。


「でも正直、帰る場所がなくなっちゃったのは、やっぱりちょっと寂しかったかな。根無し草って感じで……どこにも行くあてがなくて、途方もない気持ちになった」


 ホテルの部屋で泣いたことを思い出す。もう誰も、舞に「お帰り」とは言ってくれない。一緒にご飯を食べる相手も、心配してくれる相手もいない。

 舞はあの時から、この世に、正真正銘の一人きりになってしまったのだった。


「なら、ここを、君の帰る場所にするといい」


 ふと、フレデリックが言った。「え?」と顔を上げる。フレデリックは慌てたように付け加えた。


「いや、この自治領でもいいし、……城でもいいけど。……ほ、ほらっ! ここにはグウェンもいるし、サジも、俺もいる。()()には事欠かないだろう? 困ったことがあれば、助けてやれる。領民も、みんな君が好きだし、だから……それで、時々、」


 舞の目から、フレデリックの言葉を遮るようにして、ボロリと涙がこぼれた。彼は驚いた猫のように立ち上がると、「だっ、ど、なっ……、」と言葉にならない声を出す。舞は後から後からこぼれる涙をぬぐいながら


「いやだ、違うのよ、フレデリック。ごめんね、急に……あはは、止まらなくて……」

「ご、ごめん、俺、また何か、」

「違う。違うの……ごめんなさい……」


 舞は顔を覆った。なんと答えればいいのか分からなかった。

 申し出はありがたかった。領主としての恩恵を施すような口ぶりではなかったことも、嬉しかった。彼がただ、友達として、舞の悲しみに寄り添ってくれたのが分かったから。一人で生きようなんて思わなくていい。何も心配することはない。ここで一緒に生きればいい。そう、優しく手を差し伸べてもらった。分かっている。全部。

 けど舞は、違う、と思った。


 ――違う。違ったんだ。


 このどうしようもない心細さも、途方もない孤独感も、この言葉では埋まらない。

 私が、私が本当に欲しかったのは、


 ――私が好きだから、ずっと一緒にいたいって、そういう言葉だった。


 見誤っていた。自分の気持ちを。もうあんな失い方はしたくないと思って、友達になったのに。そうじゃなかった。私はずっと、彼にもう一度愛されたかったんだ。

 でも、それももう前提が変わってしまった。舞は一度も、自分が思うようにはフレデリックに愛されたことなどなくて……だからもう、舞にはこれ以上先がないのだった。

 舞は狼狽えるフレデリックを見る。


 ――ああ、好かれたかったなあ。この人に。

 ――本当に、本当に、好かれたかったなあ。


「フレデリックは、良い人ね」


 ポツリと言えば、困惑したような視線が返ってくる。


「そ、れは、どうかな……良い人間は、君を泣かせない気がする」


「ふふ」舞は思わず笑う。

 フレデリックは誰のことも好きにならない。

 だが、彼が生涯独り身である可能性はない。この国の領主は世襲だし、結婚は領主の義務だ。その時、彼の隣に立つのは?


 ――私じゃない。


 舞は瞬時に判断を下す。舞を選んだ頃は彼も若かったから、舞に対して同情心もあっただろうし、心を揺らさなければ誰でも良いと思ったのかもしれないけれど、今は違う。舞が大人になったように、フレデリックもまた、年を取った。きっと領主としての自分に相応しい相手を見定めるだろう。

 彼の相手はきっと、恋愛として好きじゃなくても、彼が心から信頼し、対等に話ができる、グウェンのような賢い女性のはずだ。

 だとすれば。


 この世界を、この領地を、フレデリックの城を、帰る場所と定めたとして。

 彼の結婚生活を近くで見続けることに、果たして舞は耐えられるだろうか?


「……帰る場所の件、考えとくわね」


 誤魔化す言葉に、フレデリックは、答えになっていない、というような顔をしていたが、追及はしてこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ