3-2
「サーシャ」
グウェンの声が聞こえ、舞はハッと我に返った。
「あまり歩くと、膝に負担がかかるわ。またどうかなっても、もちろん私が治してはあげるけど、痛いのは嫌でしょう?」
そう言ってベッドに促すと、サーシャをスタッフに預け、二人に向き直る。
「あなたたちは、サーシャより元気ね」
腕組みをしたグウェンに交互にねめつけられ、二人は肩を縮こまらせた。
「仲直りしたのはいいことだけれど、施療院は運動場ではないってこと、今後は肝に命じておいてね」
「は、はい……」
「すまない……」
「よろしい。ところで、今日はお迎えが少し早いんじゃない? フレデリック。なにかあった? それとも、愛しのマイに早く会いたかっただけ?」
「ち、違う!」フレデリックは大音声で否定する。「いや、その、……用事があって。二人に」
「あら、私も?」
グウェンが眉を上げて聞き返すと、フレデリックは咳払いして続けた。
「マイをこちらに召喚してから三ヶ月、まだ王宮での聖血召喚の報告会に行っていなかっただろう」
「報告会……って、前にもやったあれ? 王様の前で自己紹介して、食事会に参加せよ、的な。王様が不在だから、今回はやらないのかと思ってた」
聖血召喚の報告会……これは文字通り、各領地でその年に召喚された聖血を時の王にお披露目する晩餐会のことだ。聖血を引き連れた領主が一堂に会す、年に一度の機会であり、舞たち聖血にとっては他の領地の異世界人との滅多にない交流の場でもある。
フレデリックは「そうだ」と頷く。
「本来なら、マイが召喚されてすぐに行われるはずだった。が、王が不在の間の措置は決まっていなくてね。会を見送る話も出たんだが、会議の末、今回はユランダ王子が報告会を執り行うことを議会が了承した。なので、君たち二人を連れて行かなくてはならない」
「私、二度目だけどいいの?」
「形式的なものさ」
「ふーん、分かった。いつ?」
「一ヶ月後だ」
「それってパスできないの?」
突然のグウェンの言葉に、舞はびっくりして彼女を見た。フレデリックもまた、ピシリと固まっている。
「……領主の義務だ」
「領主の義務、ね。あなたの我が君にこんなこと言うのもどうかと思うけど、あの王子様、苦手なのよ。あの王宮自体も得意じゃないけど」
「……グウェン、少し話そう。マイ、少し待っていてくれ。終わったら家まで送るよ」
フレデリックはグウェンを伴って施療院の隅に行く。声は聞こえないが、話し合いがなされているようだ。美女と美男子、背丈も綺麗に釣り合いが取れて、遠目から見ると一服の絵のようだった。
「お似合いだな……」
二人を見つめながら、舞はポツリと呟く。舞の胸がまたチリリと痛んだ。さっきヤスリで削られたのと、同じところだ。
誰が見ても姉弟には見えない二人を見ていると、胸の真ん中が塞がった気がして呼吸がしづらく、舞は服の上から胸の真ん中をさすった。嫉妬だとは思いたくなかった。
二人の話が終わった後、それまでアンドルーと話していた舞は、いつもの通りにフレデリックに家まで送ってもらった。顔には出ないまでも、彼は少し機嫌が悪そうだったので、
「それじゃあ、ありがとう。また明日ね」
籠を受け取り、玄関先で早めに別れを告げる。と、フレデリックが「気をつけろ」と言った。
「多分、近いうちに雨が降るから」
「どうして分かるの?」
「空のフィンが騒いでる。こういう時はいつもそうだ」
「精霊が見えてるの?」
驚いて聞くと「空のフィンだけだ。他は分からない」と、なんでもないことのように言われた。舞はふと、グウェンに聞いた話を思い出した。
「……それって、あなたが空のフィンの好む形の魔素を持ってるから?」
フレデリックは片眉を上げた。
「聞いたのか? 昔の俺に?」
「ううん。この間、グウェンに。グウェンはサジから聞き出したって。でも、詳しいことは教えてくれなかったって言ってた。領主の威厳に関わるからって」
「それは、俺がサジにしておいた口止めそのままだな。まったく、優秀な魔導師様だよ」
揶揄するような言葉をどう受け止めていいか分からず、舞は率直に聞いた。
「これ以上聞かないほうがいいなら、やめておくけど」
「いや」フレデリックは即座に否定すると、一瞬思案した。「説明したい。君には」
「そう? じゃあ、……あ、待って! 中に入って。お茶でもいれるわ」
「いいのか?」
「もちろん。あなたの大事な話でしょ、立ち話で済ませたくない」
言って招くと、フレデリックは腰を折ってダイニング兼リビングに入ってきた。寝室は二階だし、ふらりと予告なしに様子を見にきてくれるベンとお茶を飲んだりもするので、一階はいつ人を招いてもいいように片付けている。
フレデリックは部屋を見回すと、何度か納得するように頷いた。
「家、だな」
「そりゃあね。廃墟に住むわけにいかないもの。でも、家具はほとんど備え付きだったから、正真正銘、自分で一からやったっていうわけでもないんだけど。本当、ベンに感謝しなくちゃ」
「このテーブルクロスも?」
「それはニーナの妹さんからの贈り物。素敵な刺繍でしょう? 腕がいいの。話には聞いてたけど、大作だったからびっくりしちゃった」
生成りの生地に繊細な刺繍の施されたクロスに触れながら、フレデリックがぼそりと呟いた。
「君は、本当に人に愛されるな。……妬けるよ」
「ええ? 何言ってるの、領主様。あなたのほうが、みんなに慕われてるでしょう?」
「いや、そうじゃなくて……なんでもない」
モゴモゴ言うフレデリックを置いてお茶を入れ、机を挟んで向かい合う二脚のうちの一方に座るように促す。
「さ、聞かせて。空のフィンにも愛されてる人の話」
質素で小さな木の椅子は、フレデリックが座ると彼の影にすっぽりと隠れて見えなくなってしまった。
「何から話せばいいのかな……」
眉の上をかきながら言う彼は、迷子の子供のような顔をしていた。




