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2-10

「素晴らしい家ですね」


 率直に言うと、院長は「だと良いんですけれど」と、照れたように顔を伏せる。


「何か、私にもできることがあるでしょうか?」


 院長は少し考えた後、「時々、子供たちに会いに来て、祈ってやってくださいますか」と言う。


「ベーパがそばに在ると感じられることは、きっと子供たちの支えになりますわ」

「……分かりました。必ず」


 舞が請け合うと、院長はホッとしたように頬を緩めた。


「聖血様や領主様のお心にかけていただけて、この院は本当に恵まれております」

「フレデリックが?」

「ええ。ここを建ててくださったのは、今の領主様ですから。それに、資金の援助もしてくださっていますわ」


 彼らしい、と思った。フレデリックは昔から、領主であることに誇りを持っていた。領内での揉め事を裁くのは彼の仕事の一つだが、いつも、何が一番領民のためになるか、頭を悩ませていたのを思い出す。


「ここにおいでになる時は、いつも少し遠くから子供たちを眺めるだけですけれどね」


 院長の付け足しに、むっつりと腕組みをして子供たちの様子を観察するフレデリックが難なく想像できて、舞は思わず笑った。子供の扱いが分からないのかも。それもまた、彼らしいと言えば、彼らしい振る舞いだった。


「ぜひ夕飯をご一緒に」


 と言われたが、もしかしたらフレデリックが施療院で待っているかも、と思い、次はぜひ、と言って辞した。フレデリックは一度やると決めたら、投げ出しはしない。そういう責任感のあるタイプなのだ。

 ソワソワと院長を待つ子供たちも見受けられたので、彼女とは中で別れ、庭をアンドルーと戻る。


「ごめんなさいね、付き合わせちゃって。結構長くかかっちゃった。何か予定があったんじゃない?」

「いえ、大丈夫です。聖血様のお役に立つ以外の予定など、ありませんから」


 アンドルーは子犬のように笑んだ。人を和ませる笑顔だ。


「あなたには助けてもらってばかりね、アンドルー。私にも何か、あなたのためにできることがあればいいんだけど」

「まさか。聖血様にそんな、見返りなんか求めたらバチが当たりますよ」


 判で押したようなセリフが返ってきて、舞は知らず苦笑してしまった。聖血の印、っていうのは、仲間はずれの印だと舞は思う。もっとも、舞は元の世界でも誰かの仲間になれたことはなかった。ずっと親のいない子だったし、元に戻ってからは、行方不明だった子、として。フルーツの中に紛れた野菜みたいに浮いていた。


「みんな、そう言うのよね。私自身が女神様なわけじゃないんだから、もっと軽く考えてほしいんだけど」


 アンドルーが困ったように口ごもるので、


「あ、ごめんねっ! この世界の信仰を軽く見てるわけじゃないのよ? ただ……してもらって嬉しかったら、私も何か報いたいなあって、そう思うだけなの。何か、私にも、できることがあればいいなあって」


 と、舞は慌てて手を振って訂正した。するとアンドルーは「では」と何か思いついたように口を開く。


「何かある?」

「ええ。私のために、祈っていただけますか」


 舞は肩透かしを食った気分だったが顔には出さず、「信心深いのね」と頷いた。カイザーの人はみな、誰しもそうであるように。

 ところがアンドルーは静かに首を振る。


「そうではありません、叶えたい願いがあるので。……俺は俗人なんです」


 ふ、と最後は自嘲すら漏らすアンドルーに、舞は尋ねた。


「それは、聞いてもいいもの?」

「内緒です」


 そう言うアンドルーの笑みは、グウェンが時折見せる笑みに似ていた。これ以上押しても、絶対に教えてくれない時の笑み。

 言ったら叶わない、みたいなものだろうか。この世界でも、そういうのは変わらないのかもしれない。舞は己を納得させ、


「そう。じゃあ、ベーパがあなたを救ってくださるように、祈っているわね」


 舞はもはや慣れてきてしまった額に手の甲を当てるポーズを取り、目を伏せる。しばらくそうして目を上げると、同じように祈りのポーズを取ったアンドルーが呟いた。


「……あなたは私の、美しき救いの女神です、マイ様。本当に」

「え?」


 思わず聞き返してしまった舞だが、アンドルーは照れたように鼻をこすり、


「申し訳ありません、戯言です。……と、お迎えが来ていたようなので、俺はここで」


 と残し、籠を舞に恭しく渡すとそそくさと庭を抜けて施療院へと戻って行ってしまった。

 舞は口をへの字にして頬をかく。良心が咎める、とはこのことだ。しかも『美しき』なんてなかなか言われないから、つい聞き返したりして、妙な反応をしてしまった。


「やっぱり、バチが当たるかも……」


 ポツリとひとりごちると、「なにが?」と後ろから返事があって、舞は飛び上がるほど驚いた。ギョッと身を引いて見れば、孤児院の壁の前で面白くなさそうな顔で腕組みをするフレデリックが立っていた。


「び……っくりした! どうしてここに?」

「迎えに来たんだ。君が孤児院に行ったと聞いて、グウェンも衛兵も目を剥いていたぞ」

「ああ、それは……ごめん。ちょっと用事があって」

「だろうな。で、今のは?」

「え?」

「あの男だ。あまり見ない顔だが」


 近づいてきたフレデリックに焦れたように言い募られ、舞はやっと質問の意味を理解した。


「ああ、アンドルーよ。仕事のかたわら施療院の手伝いをしてて、私にも良くしてくれてるの。こっちに来てからお世話になりっぱなしでね、今日も……」


 と、世間話の一環として説明すると、フレデリックは苛立ったように手で舞を制した。そして、あろうことか


「君に近づく奴は警戒したほうがいい」


 と言う。舞は開いた口が塞がらなかった。


「それ、どういう意味? 私に心からの善意で優しくしてくれる人間はこの世界にはいるわけないから用心しろって?」

「いや、そうじゃなくて、」

「分かった、気をつける。あなたに騙された時みたいな轍は踏まない」


 嫌味ったらしく言って、ふん、と顔を背けて歩き出した。これじゃあさっきの子供たちのやり取りとまるで変わらない、と自分にもフレデリックにも嫌気が差す。が、苛立ちは止められなかった。

 そのまま無言で孤児院を出て、家路を行く。ほとんど空になった籠は自分で持ったままだ。が、それもフレデリックの急いた足音が追いかけてきて、すぐに風のように奪われてしまった。相手をキッと睨みながら、明日からは籠にリュックサックみたいな紐をつけて背負うようにしよう、と決意する。

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