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2-2

「あら、マイ様? マイ様じゃないですか!」


 町中を歩いていると、市に差し掛かって間もなく、買い物中だった以前の知り合いに声をかけられた。


「おはよう、ティル! 久しぶり!」


 壺屋の前で立ち止まると、

「あれ、本当だマイ様だ」と壺屋を営む陶工も舞に気づいたようだった。「聖血召喚の儀式があったって聞いてましたけど、あれってまさか……?」


「ええ、そうなの、また召喚されて……」

「ははあ! やはりベーパ神はマイ様がこの地に必要な方だと、お見抜きなんだな。ベーパのお恵みを!」


 額に軽く握った拳の甲を当てる、祈りのポーズを素早く取られ、舞は苦笑しながらポーズを返す。


「あはは……どうかしらね。ベーパのお恵みを」

「しかし、ありがたいことです。また召喚に応えていただけるとは」

「まあ、応えたっていうか、問答無用っていうか……」


 話していると、道交う人が次々に足を止め、すぐに人だかりができてしまった。


「おや、マイ様! 戻ってらしたって本当だったんですねえ」

「うん。また施療院で働くから、スヴェンも遊びに来てね」

「聖血のお披露目式はいつになりそうです? 祭りの支度をしなきゃ!」

「あ~……今回は、しないんじゃないかしら、アトラン。ほら、来たのがまた私だし、もう、お披露目式は一回やってもらってるから」

「そんなあ! ベーパへの冒涜だ! 八年に一度の祭りですよ!」

「そ、そうね……まあ、伝えてはおく、かな?」

「おはようございます、マイ様。どちらへ?」

「ああ、ウィアー。おはよう。今から施療院よ」


 飛び交う言葉に返事をしていると、


「領主様はお元気ですか?」


 と、答えにくい質問が飛び出す。舞は思わず目を泳がせた。


「そ、れは……どうかしら。前に会った時は元気だったと思うけど」

「喧嘩でもしたんですかあ?」

「いいえ、喧嘩はしてない」


 すぐさま否定するが、嘘だ。喧嘩はした。ただ、領民に軽々に内情を話すのははばかられた。いや、別に、フレデリックのことなんかどうでも良いが、聖血と領主の不仲は、領民の不安のタネになってしまいかねない。が。


「ただ、あの……私、今、城から出て、一人で生活してるの、だから……」


 今の状況はどう説明しても、仲睦まじそうには聞こえなかった。

 案の定、周囲の空気は明らかに変わった。みんなの顔には、なぜ? と書かれていて、なんなら頭の上に? マークが浮かんでいる気さえした。


「なにか、うちの領地にご不満でも……?」

「えっ」


 思い切った、というような質問に、舞はおののく。


「あの、私ら、できることはなんでもしますから……」

「いや、あの、」


 戸惑っていると、耳が不穏な囁きを捉えた。


「なあ、聖血様に嫌われたなんてことになったら、ベーパ神の怒りに触れるんじゃ……」

「そりゃ当然よ、前にマイ様が帰った時にはクーデターがあったんだから」

「でも、それは国全体のことじゃないか」

「じゃあその後の氾濫は? まず国へベーパの怒りが落ちて、その後私らが裁かれたんだよ!」


「ち、違うの!!」舞は声を張り上げた。「そうじゃなくて……これは私の望みなの!」

 怪訝な視線が集まり、舞は冷や汗を流しながらとっさに思いついた言い訳を並べた。


「あのね、実は、……ずっと一人暮らしがしてみたくて! この世界なら、皆さん優しいし、その……チャレンジにはうってつけなんじゃないかと思って! それで、領主様にお願いをしたのよ! フレデリックは私のお願いを快く聞き届けてくれただけで……不仲とかではないから! 全然!」


 誰かが訝しげに言う。


「それで孤独な老人の真似事を?」

「え、ええ。そんなところ。……全部一人でやってみたいから、って無理を聞いてもらって、ベン爺に家を借りるところから自分でやってるの! 本当に、ただそれだけ!」

「はあ……」

「も、元の世界では流行ってるのよ、そういうのが。……ほ、ほら! 私って、前から変わってたでしょ!?」


 しどろもどろのつっかえつっかえ、とうとう自分は変人なのだとアピールする舞に、住民たちは顔を見合わせる。


「……まあ、確かに、そうかも……?」

「こんなに気安い聖血様も初めてだって、じいちゃんも言ってたしなあ」

「普通、あんまり町には降りていらっしゃらないものね、聖血様は」


 みな思いおもいに口に出し、最終的に


「「「じゃあ、ベーパが怒ったりはしないんだ」」」


 との結論を出した。

「その通り!!」舞は言って、「ああ、私、もう本当に施療院に行かなくちゃ!」とその場から逃げ出すように切り上げる。しかし。


「あ、じゃあマイ様、これを!」


 と誰かが手にねじ込んだ果物を、はて? と見つめたのがマズかった。


「これは……」

「一人だと、何かと入り用でしょう?」


 それを皮切りに、人々が思い思いに商品や、今さっき買ってきたものを舞の手にねじ込もうと、ワッと寄ってきた。


「あら、それじゃあ私のところのも持って行ってくださいな! 今年も綺麗に染まったんですよ」

「マイ様、この壺も! 水でも入れるのに使ってください」

「いやあ、やっぱりとれたての魚だろう!」

「ほら、みんな! マイ様に差し上げるものは、全部この籠にまとめて!」


 と、あれよあれよと言う間に貢ぎ物が一山できてしまう。

「いや、あの、みんな」「違う、一人暮らしってそうじゃなくて、」「何かを恵んで欲しいわけじゃなく……」と口を挟もうとした舞の声は、みんな無視された。

 ずずいと差し出された籠を仕方なく受け取り、


「ありがとう……。でも今後は、こういうのは、」


 と言いかけ、みんなのキラキラした顔を見て、やめた。

 また、うちの領地に不満があるんだ、なんて怯えさせるのは得策ではない。貢ぎ物が足りないと思われるのも嫌だ。今後は城下町を迂回して施療院に行けばいいだけだ、と自分を納得させる。


「本当に、みんなの心遣いに感謝してる。……それじゃ! 私のチャレンジを応援してね!!」


 半ばヤケクソな気持ちで言い、舞はこれ以上引き止められる前に遁走した。

 まさか変人アピールで切り抜けられるとは。私のこの地での評価って一体……と、思わないでもなかったが、贅沢も言っていられない。この国で生きる人々にとって、聖血は正しく、ベーパの恩寵なのだった。

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