昇天後
おじいさんのありがた~い おはなし。
とどめおきて誰をあはれと思ふらむ 子はまさるらむ子はまさりけり
母、和泉式部はまばゆい光と共にその魂が抜けた小式部内侍の現身に泣き崩れ、教通は宙を仰いで涙を流していた。歓はその裾に縋りつき、円はただ母の名を呼び続けていた。
真子はまばゆい光と共に、その体から抜け出した母を追いかけ、屋敷の庭で守護の法を唱え続けている静円の合掌する手をやさしく包む姿を見ていた。小式部は顔を上げ、真子を見つめるとにっこり笑った。
「みんなのことは任せたわ。」
真子の心の中に一言残すと、静円とともに京中を真っ白にするようなまばゆい光を放って、それから静円の手を離すとそのまま昇天した。
真子の目には静円を守護する明王たちから天に続く、多くの霊たちが作る道が見えていた。晴明、博雅、源頼光と綱を除いた四天王、業平、その他、真子が知らない多くの霊たちが並ぶ道の先に、天神様、八幡様、観音様、そして神々しい如来様が優しい表情で母を待っていた。見たことがない神様仏様でも真子の心の中でそうだと理解できた。
「ママは本当に昇天したのね。」
真子はその空に向かって手を合わせていた。
三条河原から戻った保昌は、横たわる小式部の姿を見て呆然と立ち尽くしていた。
「母は、如来様に迎えられて無事昇天しました。」
静円は母の亡骸が横たわる産室で、合掌していた。保昌はその後ろ姿を見下ろした。
「仏道に励むと、人間的な感情も越えてしまうのか?」
冷静な静円の態度に保昌が憤然と、しゃがみ込んでその顔を見ると、必死に歯を食いしばっている。保昌は優しく静円を抱きしめた。静円はそこで緊張の糸が切れたのか。
「私がもっと修行に励んでいれば、もっと力があれば、母の力を借りずに済んだんです。私は……、僕は……、ママを助けられませんでした。」
そういうと、保昌に抱き着いて声を上げて泣き出した。
悲嘆にくれる部屋の一隅にまっすぐな煙が上がった。静円の腰に下げていた「かめさん」が反応しているのであった。その煙は輝きを帯び、その輝きは室内を明るく照らした。
そして顔を上げた一同の目に映ったのは
「ママ、そんなに泣かないで、静、あなたはよくがんばりました。自分を責めないで」
「小式部!」
「ママ!」
「教通くん、しっかり頑張って、これからが大事よ。」
「わかった。」
教通は歯を食いしばって、愛するそして自分の思いを共有してくれた同志の喪失を受け入れた。
「歓も円も困ったら静兄さんと真姉さんを頼るのよ。」
歓と円も黙って頷いた。
「パパ、あと一人よ。」
「任せろ。」
「真、あとはよろしくね。」
そういうと、煙と共にすーっと小式部の姿は消えて行った。
袴垂が、庭に投げ込まれた呪符に包まれた小石を捜してきた。保昌はそれを受け取ると、すぐに焼却した。それから、庭で静を待っている。前鬼に話しかけた。
「クマラ殿と連絡はとれますか。」
「クマラには連絡した。今、出羽の清原のところにいる。」
「出羽? 胆沢ではないのか?」
「多賀で頼義殿と落ち合うらしい。」
「なるほど、私を連れて行ってくれないか。」
「それはできない。静円殿を守るのが私の役目、静円殿の命令以外には従えない。」
「ぼくも……、私も行きます。約束ですから」
静円が部屋から出てきて、保昌をじっと見つめた。
「静円殿は、休養が必要です。」
命を削って、結界を守り続けた静円の体調を前鬼は心配していた。
「いえ、母上がそれも引き受けてくれました。」
「わかりました。では保昌殿と共に参りましょう。」
「わたしもいくわ。待たせたわね。し・ず・かく~ん。」
ヴィーナスはヴィーナスで静円を見守っていたらしい。ここまで、母を失った静を屋根の上でそっと見守っていたのだった。静円の隣に着地すると、腰の革袋からグミキャンディーを取り出すと、静円の口に押し込んだ。
「これ、喉にいいんだって、それから疲労回復」
と、行って茶色い小瓶を取り出して、口移しで飲ませようとした。静円はそれを避けるとヴィーナスの手から茶色の小瓶を奪って、残りを飲み干した。
「多賀城へ向かうわよ。」
というと、ヴィーナスは姿を消した。
静円と保昌は前鬼、後鬼にそれぞれまたがると、ついてきたがる真子と教通をおいて、北東の方角に向けて飛び立っていった。
「ナンカ オモイゾ」
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
疲労回復には茶色い小瓶だぞ。
順番が逆になったかな。




