能因法師
おじいさんのありがた~い おはなし。
藤原能信と鬼一法眼は、源頼信一行と分かれ、東北道を北上してた。見るからに貴族の恰好をして乗馬している能信であったが、常に体が大きく強そうな鬼一がついているので、賊に襲われることもなく、人質事件が解決するころには、白河の関までたどり着いていた。
道中、無口だが素朴な鬼一が、常に周囲に気を配って自分を警護してくれ、見通しのいい安全そうな場所に着くと、姿を消して清澄な水と、時には魚や、野鳥、野兎、果実や木の実を取って戻ってきては、食事に世話もしてくれた。
この頼もしい護衛役に、始めは鬼という種族に警戒していた能信も次第に心を許し、次第にいろいろな話をするようになっていた。
鬼と天狗の間に生まれた鬼一は、鬼の血を引くが角もなく、天狗の血を引くが羽が短く空を飛ぶことができない。ただ鬼のように大きな体と、天狗のような素早さを持って鬼の集落で生まれた。鬼としても天狗としても半端な鬼一は、その大きな体をもてあまし、角なしの乱暴者として、穏やかに暮らしている鬼たちから疎まれ、集落では誰も寄り付かなくなった。そこで、大人になると集落を出て各地を力試しと称して放浪の旅をした。そしてある時、集落に戻ると、自分が生まれ育った集落は鬼退治に遭い、誰一人残っていなかった。
そして、その鬼たちの復讐ということで、近くの人の集落を襲った。その集落はそれまで鬼たちとトラブルもなく交流していたと思っていたのに、鬼退治に協力したというのだ。
しかし、その前に立ちふさがったのがクマラだった。
クマラは強かった。さんざん鬼一を叩きのめした後、鬼一を鞍馬山に連れて行った。そして、
「いつでもその怒りを俺にぶつけろ。相手にしてやる。」
鬼一は何度もクマラを襲い、何度も叩きのめされた。何度も叩きのめされるうちに鬼一は、自分の体の使い方、動かし方というものがわかってきた。それでもクマラには一発も当てることができない。それから更に何度も挑んでいるうちにクマラの動きが見え始めた。そしてある日、初めてクマラの拳を避けることができた。それからは少しずつ勝負になり始めていた。それでもまだ一度も勝っていない。
そうやって、何年も過ごしているうちに、ある日、怒りや恨みというものがすっかりなくなっていることに気が付いた。自分の頭の中にはクマラにどうやったら勝てるのか、そればかりを朝から晩まで考えていた。そんな中で初めて戦った人間、源頼義はクマラ並みに強かった。しかし、その動きについて行って引き分けることができた。クマラは格下相手に余裕を見せているが、頼義は自分と対等に本気で立ち向かってきてくれた。そして初めての友と言える存在になってくれた。その友の証「鬼切丸(複)」は、今も鬼一の腰に差してある。
そして、鞍馬山のみんなもいつの間にか仲間として扱ってくれるようになった。クマラも自分を頼りにしてくれていることに気付いた。大江山で初めて戦った時、信頼する仲間を守るためにクマラと共に戦えることに喜びを覚えた。そして、この敵兵のむこうでは友、頼義が戦っているという。自分がここで力を尽くすことが、大軍を相手に戦っている友を救うことになる。鬼一はこれが自分が存在する理由、大切な仲間を守る、それがこの角のない鬼、飛べない天狗として生まれた自分のなすべきことだという思いに至ったのであった。
そんな話を聞いているうちに、能信も自分のことを語り始めた。そうして、白河の関に着くころには、二人はすっかり信頼関係で結ばれていた。
二人はみちのくの玄関である白河の関に着くと、関の近くに宿を取った。同じ宿には一人の僧形の人物がいた。
「もしや、あなたは藤原能信さまではありませんか。」
「ん? あなたは……、誰ですか?」
能信も見覚えがある人物であったが、名前が思い出せない。
「私は、能因ですよ。」
「ああ……。能因法師ですか。どうしてこんなところへ。」
「いやね。私の作った歌に白河の関まで旅をした歌がありましてね。」
「ああ、桂川のイベントの時に評判になった歌があったな。」
「ええ、あまりいい評判ではありませんでした。」
「なるほど、それで、実際に来たんだ。」
「ええ、先日、あなたのお兄さんの頼宗さんと話しましてね。」
「私の歌では龍田川の歌(あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり)が秀作だ。その背後に実際に見た感動が読み取れるとおっしゃるんです。白河の関の歌は、私は秀作だと思っているんですが、実際に行ってないことが知れ渡って、後々まで悪い評判になるそうなんです。」
「それで、旅をしているんだ。」
「ええ、せっかくですから、歌枕を巡っています。松島まで行って、そこから末の松山、姉歯の松まで足を延ばそうと思っています。」
「東側を回るのだな。ここから西に安達ケ原というところがあって、そこには近づかないようにということだ。」
「ああ、聞いています。教通殿が遭った鬼婆ですね。恐ろしい話ですね。」
教通の関東東北への旅は、京内でも評判になっていた。そしてその活躍が現在の教通の京での評判につながっていた。
能信は能因と別の部屋に寝所を取ると、まだ夜も浅かったのだが、久々の屋根のある建物で、旅の疲れもあって早々に眠りについた。そして夜も深まったころ、部屋の中で話し声がする。鬼一が誰かと話しているようだった。
「鬼一、誰かいるのか?」
「ああ、能信様。お目覚めですか。」
「誰と話しているんだ。」
「今、阿弖流為が蝦夷の霊と話しているんです。」
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
苦労を共にすると親しくなれるものじゃ。
人は成長するものです。




