僧兵
おじいさんのありがた~い おはなし。
静は、金鋒山での修行を七日で終えたが、小角に導かれた熊野三山での修行は二七日目に入っていた。最後の課題である空歩の習得に時間がかかっていたのだ。しかし、既に峰々を渡り歩くのにはそう苦労はなくなっていた。
<ふむ。ここでの修業の続きも後ほどじゃな。>
「では、これで。」
<ああ、お前はもう十歳になったようだが、数えでは十一、比叡山で最澄も待ちくたびれているだろう。>
「出家するということですね。」
<叡山に入るということは、出家するということだ。しかし、お前は加冠の儀はまだだ。まずは、最澄に会うのじゃ>
<まあ、今の天台座主は摂関家とは縁が深いので、まずは父か祖父を通すことかな。大臣の息子が入山するだけで大騒ぎだな。>
「あっ、弘法様。」
いつの間にか空海が現れた。そして、その後ろから。
<そんな手続きなど不要だ。私がついて行くぞ>
「あなたは?」
<最澄だ。私が院源に話を付ける。>
「院源様というのは、あの天台座主の方ですよね。」
朝廷の儀式や、摂関家の法事などで何度か見かけた事のある高僧、一条帝、三条帝の出家の際にも関わったらしい摂関家と関わり深い天台宗、延暦寺の主である七十歳を越えた老僧である。
<まあ、あの者も俗事に振り回されておるから、少し喝を入れておかねばな。>
<それは、お前の宗派の問題だから、後にしてくれよ。>
それから静は身分を隠して比叡山の山奥でひっそりと修行をすることになった。
最澄も最初はこの山で一人で修行をしていた。それがこの山の始まりである。
僧房から離れた、山中で静は座禅を組み、経を唱え、最澄の言葉を聞いた。前鬼が作った岩屋で雨露をしのぎ、後鬼が採集してきた山菜で飢えを満たした。そうして七日ほどたった、日が暮れて辺りが薄暗くなっていた頃であった。
「おっ、ここにも一人で勝手に修行している奴がいるな。」
「なんだまだ子供じゃないか。」
「いい身なりしているから、公達様か。」
「まあ、こんなところに一人でいるのがいけねえな。」
長刀を持った僧形の大男たちが、静を取り囲んだ。
「おう、その着ているものと、金目の物を全部寄こすんだ。」
「あなた方は、何者ですか。」
「俺たちはこの寺の僧だ。一体誰の許可を得てこんなところにいるんだ。」
「坊ちゃん、勝手に入られちゃ困るんですよね。」
「まあ、身ぐるみ剥いで、転がしとけば、寺僧たちがかわいがってくれるさ。」
「俺たちはそんな趣味はねえからな。」
「こいつの持っているもので結構遊べそうだぜ。」
僧形の五人の大男たちが静を取り囲んだ。静は慌てず観音経を唱えた。
「門前の小僧習わぬ経を詠むってか。」
「そうそう、仏さまに祈りながら、俺たちにお布施なって………。」
経を唱える静から、白い清澄な光が辺りを明るく照らした。
夕食の支度で異変に気付かなかった前鬼と後鬼が駆けつけたころには、五人の僧兵は膝間づいて、静に向かって手を合わせていた。涙を流している者もいる。
その日から僧兵たちは静を仏の化身と思い、喜んで身の回りの世話をするようになった。
「静様、我々は知恵も財産もありません。今までは仏のためにと長刀を振るい、人の荘園から食料を奪い、寺の荘園に奪いに来るものをひどい目に合わせました。今後どのような功徳を積めば許されるのでしょうか。」
「貧しい人のためになることを考えましょう。世を救い、国を守るのも、一人一人の人の命や生活を守ることも根は同じです。功徳は自分にできることからですよ。」
比叡山に住み着いていた多くの荒くれていた僧兵たちは、それぞれにみな周辺の地域の民たちのために橋を架けたり、道を整備したり、野獣や盗賊から村を守ったりとそれぞれが善行と思われることをはじめた。この事態に腹を立てたのが、僧兵たちを使って私腹を肥やしていた中高位の僧たちであった。
「仏を偽るとは悪魔の子だ。捕えて追放しろ。」
「追放なんて生ぬるい、見せしめに殺してしまいなさい。」
僧兵たちに命令するのだが、僧兵たちは話を聞かない。
「お前たちのような下賤なものは地獄に落ちますよ。我々の言うことを聞いて功徳を積みなさい。」
そういわれても今の元僧兵たちは動揺はしなかった。彼らは自分たちが手を貸すことで民たちから手を合わせて感謝されるという喜びを知ってしまった。それが自分たちなりの功徳の積み方だとこの一月あまりの間に学んだのであった。そう静が入山してもうそろそろ七七日(四九日)になろうとしていた。
そして遂に一部の血の気の多い若い僧たちが数十人で静の修行しているところに押しかけてきた。しかし、静の周りを数十名の僧兵たちが取り囲んで近づかせない。若い僧たちは手に手に木の棒や竹の棒を持って殴りかかるが、僧兵たちは静を取り囲んで一歩も動かない。そして殴られても殴られてもその場を動かなかった。
静は幼さが残るが朗々とした声で観音経を唱え始めた。それに元僧兵たちも一緒に唱和する。清澄な白い光が辺りを包む。その光は山全体に広がっていった。
若い僧たちの半数はひざまずき自らの不明を恥じ涙を流すものも現れた。それでもまだ殴り続けている僧たちもいたが、仲間の僧に止められていた。
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
人から感謝される喜びは尊いものじゃ。
日本の民間仏教のスタイルですね。




