荘園整理令
おじいさんのありがた~い おはなし。
その翌朝、能信は関東に向かう源頼信、頼義の軍と共に出発した。
その軍勢を見送った後、教通は法成寺に向かった。法成寺にはいつものように頼通が訪れていた。
「うむ。能信が。」
「父上、これで能信を赦免することを納得させられますね。」
「そうですね。よろしくお願いします。」
頼通には、能信にひどい目に合わされていた教通が、能信の赦免を願い出るとは意外だったが、父を悲しませずに済みそうで安心もしていた。
「それで、兄上、興福寺と叡山についてはどうなりました。」
「今回、かなりの荘園を要求して来ている。」
「それなのですが、寺社が荘園や僧兵を直接持つことを禁じられませんか。」
「それは納得させるのが大変ではないか。荘園は寺社の維持、僧兵は荘園の警備に必要だと言っているぞ。」
「寺社は神仏に祈り、国や人々の安寧を願うのが本義、利を得たり、戦うのはどちらの教えにも反します。公地に戻し、そこから上がる税から寄進する。あくまでも土地は国のもの、その土地の警備と納税は地元の武士団に委任するという形にできませんか。」
「なるほど、それなら納得させることができるかも知れないな。」
「その武士団を任命するのは武家の頭領、その頭領を指名するのが将軍、その将軍を任命するのが朝廷とすれば組織的に管理できると思います。」
「次の荘園整理令に寺社の荘園廃止を盛り込むのは反対が多いだろうな。」
「この際、公家にも痛みを分けましょう。とにかくこのままだと無視できない兵力になることが心配です。今の規模なら数が多めの興福寺や比叡山でも僧兵を廃止できます。」
「それほど問題となるのか。」
「ええ、十兵衛に聞いた話だと、大勢の僧兵が押し寄せて寺社の権威を盾に強訴したり、寺社の僧兵同士が争って焼き討ちしたりで、朝廷に素直に従わず自らの権利を主張するようになるそうです。特に興福寺は六百年後まで大和一国を支配するそうなのです。」
「大和一国を……。」
「興福寺はわが摂関家が保護しすぎたかもしれないな。」
「それで、比叡山は?」
「比叡山自体が天然の要害で、多くの僧兵を抱えることになります。約五百年後に焼き討ちに遭うまでは、仏と武力を背景に朝廷に圧力を掛け続けます。そのくせ国難というような問題が起こっても国や朝廷を守護するでもなく、加持祈祷で調伏したと褒美を要求してくるそうです。」
教通の知識は十兵衛から得たもので、十兵衛の辛辣な評価がその背景にはあるが、実際現在の状況を考えると、この先どうなっていくのか教通には容易に想像できた。
「寺社の説得は、公季殿と温厚な実資殿に任せてみよう。彼らにも働いてもらわなければな。」
道長は面白そうに言った。太政大臣の藤原公季や、右大臣の藤原実資は、この関東で武家の反乱があるたびにその荘園を手に入れていた。この度も既に関東に使者を送っていることは把握していた。最初から頼信を派遣しなかったのは、実資が最初に推薦したからであった。それだけが手柄になるのである。
教通は、道長の軽口に摂関家以外の力を削ぐ意図があることを見抜いていた。寺社に荘園を公に返還させるには、自らも痛みを負う必要がある。
「それで、兄上名義で集まってくる荘園についてはどうします。」
「まずは、私の名を使うことを禁じる。集まってきている関東のものは頼信たちに処分を任せればいいのだろう。」
「ええ、それで納得させられると思います。」
教通には、頼通が今持っている自らの利益を放棄することなく、実際に手に入っていない新たに入ってくるものを整理しようとしていることは見え見えだった。もう頼通も家族や一族も増え、それを守ることも必要だった。
「兄上、提案があります。」
「ん?何だ。」
「兄上の名義の広大な荘園ですが、荘官を置く代わりに地元の武士団に警護と納税を依頼しませんか。武士団はそうですね。頼信に指名させましょう。」
「それは公地にするというのか。」
「いえ、頼通兄の名を借りて利益を得ている代官たちを失くすことが目的です。兄上はそうやって増えた利益はどうしますか?」
「それは朝臣としては、国に納めることになるな。」
「兄上が率先してそれをやれば、他の公家衆もそれに倣いましょう。」
道長はそれを聞いてにやにやと笑っている。自身はこの法成寺で過ごし、死後は自らの荘園のほとんどを公に返上することを決めていた。それが最後の功徳になる。朝廷の収入よりも荘園の収入の方が遥かに多いという現状はさすがにやり過ぎであると思っていた。私欲に走った先祖もいたかもしれないが、公地公民という制度を定めたのも先祖である。
「わかった。これを基にして荘園整理令を提案しよう。」
頼通も決意と覚悟を決めた。この選択がこの国の滅亡という未来を救うことを信じて、頼通にも頼通の戦いがあった。
そのころ静は、葛城山での二七日の修行を終え、金峯山で修行していた。
山岳での修行は九歳の静には容易ではなかったが、高野山で身に付けた歩行法が大いに役に立った。そればかりでなく修行が続くにつれその歩行速度も格段に向上していた。修行が続くにつれ、静は自分の役割というものを考え始めた。金峯山での修行もまもなく終わる、既に修行の期限であった三七日はとうに過ぎていた。
役行者小角は、静の対応力、そして日々新たな知識や認識を増やしていく様子に驚いていた。しかし、もちろんそれは表情にも出さず、成人の修験者に対するような厳しさで静に向かい合っていた。
この修行が全て終わるころには静は十歳になる。当時貴族の子弟は十歳前後で成人の儀式を行っていた。もう数か月で静も真も成人扱いとなる。
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
痛みを分け合うことが肝心じゃぞ。
荘園整理令って、選挙区制度と同じで、自らに都合の悪い提案は出してこないものだよね。
さて、藤原頼通は自らの身を切る改革ができるのか。




