藤原教通
おじいさんのありがた~い おはなし。
「何と、彰子たちが」
「今度は真が活躍したんですって」
教通は報告のため、法成寺の道長の居室にいた。道長は横になったまま、傍らには正妻で教通の母、倫子がいた。
「彰子も上手く宮中をまとめてくれているようですね。」
「うむ。まあ身内の恥を身内で解決できたということだな。」
「恥って、半分はあなたのせいでもあるんですよ。」
「妍子には辛い思いをさせていたんだな。」
「姉上は、昨夜から眠っているそうです。薬師は体調には問題がないとのことです。」
道長は倫子との間に彰子、頼通、妍子、教通、威子、嬉子の六人の子女がいた。四人の娘は次々に嫁ぎ、頼通と教通は今や道長に代わって政務を取り仕切っている。孫の数も順調に増えて、娘の産んだ男子が少ないのが気になるが順調であった。
それに対して、もう一人の妻である明子との間の子である頼宗、顕信、能信、寛子、尊子、長家の兄弟は、年下の教通に出世が遅れた三人の兄と、皇太子辞退の後の敦明親王に嫁いだ寛子、皇族以外に嫁いだ尊子のように待遇に明らかな差があった。それでも頼宗と能信(顕信は出家)、長家(倫子の養子となる)は公卿に列せられていた。しかし、この度の一連の騒動で頼宗と能信が起こした騒動は看過できるものではなく、公になると道長や頼通の失脚にもつながる問題であった。とりあえず出家を前提に比叡山に預けていた。
「父上、兄たちの処分なのですが、私に任せていただけませんか。」
「どういうことだ?」
「あの二人は悪霊に唆されて行動していたようなのです。」
「うむ。」
「しかし、比叡山に入るときに従者たちについていた悪霊が離れたということなんです。」
「それで、妍子に取り憑いたということですね。」
倫子も教通が言おうとしていることがわかったようであった。
「はい。今回、真たちが封印してくれたので、残りは二人です。そして悪霊たちは今、二人の兄の傍から離れています。」
「でも、山から戻すとまた取り憑かれるのではないか。」
「実際に取り憑いていた従者たちは、また利用されないように処分しましょう。」
「それで、二人を許すのですか。」
「はい。よく話して説得します。」
「あいつらがお前の話を聞くか?」
「頼通兄でなく、私であることが大切なのです。」
「ん?」
「今、摂関家に不満を持っている藤原の分家や、他の貴族の中には、頼通兄に面と向かって反抗している能信兄を支持しているものがいます。」
「うむ。うちの家系だけでいろいろ独占しすぎたからのう。」
「そこで、今の頼通兄の体制に不満を持つものを能信兄にまとめてもらおうと思うのです。」
「それで、乗っ取られることはないのか?」
「そのために、頼通兄の後の摂関を父上の遺言として指定しておくといいと思います。」
「そうですね。でも頼通の子では叔父の能信に対抗できないでしょうね。」
「そのときは、その子に任せられるようになるまで教通がやればいい。」
「それから、彰子姉の発案で、三条帝の娘、禔子さんを継室に迎えます。」
「お前がか。」
「はい。つまりお前が、間に立つということだな。」
「頼通が断った娘ですね。確かにあなたは正妻を亡くしましたからね。」
「はい。小式部も承知してくれました。」
「うむ。しかし、あの娘を正室にできれば、頼りになる跡継ぎになるのにな。」
「静ですか。それであの子はどうしてますか。」
「今、役小角の導きで霊山で修行をしています。」
「あの子が僧になったら、この寺を住持してもらおうかな。」
「あの子にこんな寺じゃ。もったいないですわ。」
道長夫婦も静の話になるとにこやかな顔になった。
「父上、この件は兄上には秘密でお願いします。それに遺言は」
「私が預かって、必ず実行させますわ。」
倫子はにっこりと笑った。
教通には父にも言えない計画があった。藤原摂関家の荘園の独占は多くの不満を集めていた。特に最近は兄頼通に次々と寄進されていた。さらに兄の名を借りた貴族たちが荘園支配に介入し、公有地を削ったり、条件の悪い土地を公有地と交換させたりと、悪政が行われていた。そのため朝廷の収入は減るばかりで、教通が荘園整理の提案を朝議に出しても、結局、骨抜きにされてしまう。とにかく財政を改革するには摂関家の影響力を削ぐしかない。しかし自分も摂関家の一員として家は守らなければならない。そこで、兄の補佐をしつつ不満を持つ勢力を抑え、独占支配を軟着陸させる。たとえ、後の世で自身が摂関家の権威を凋落させたと非難されることになってもやり切るつもりであった。この計画は、小式部と姉の彰子だけには話していたが、それ以外には、特に兄の前では素振りも見せなかった。公任爺は勘づいているようだったが……。
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
補佐役とはこうありたいものじゃの。
約60年続いた頼通の摂関職を継いだのは、老齢になった教通だった。




