高野山
おじいさんのありがた~い おはなし。
静は大天狗の背に乗って四国山地を横切り、海を渡り高野山へ一直線に飛んで行った。
高野山の金剛峯寺のさらに奥、奥の院のそのまた奥の山中の大岩の上に空海は待っていた。
「なぜ姿が見えるのですか?」
「後鬼の封印を解いたため、静様の法力が上がったのです。だからここに修行に入れたのですよ。」
前鬼が説明をしてくれる。そして前鬼と白いカラスとなった後鬼を引き連れた静は、空海に近づいた。
「始めまして、大師様。私は静と申します。」
「話は聞いているが、ゆっくりと話をする時間はない。私についてくるのだ。」
そういうと空海は大岩から更に山の奥に向かって歩き出した。いくら法力が増したといっても体はまだ九歳の体である。大岩の上まで登るのも前鬼の力を借りようとした。
「自分の足で登るのだ。」
「私では体も力も足りません。」
「いいか、肉体の体を持たない私が登っているのだ。考えよ。」
「それは、霊体で登れということですか。」
よく見ると岩の下には一巻の巻物が置かれていた。
「それをよく読み、唱えるのだ。」
静は巻物を開き読もうとした。しかしそこに書かれている文字は静が知っているどの文字でもなかった。梵字とよばれるものであった。
「このような文字は読んだことがありません。」
「よいか、眼で読むのではない。心で読むのだ。まずはこれを読むことだ。」
静はその巻物を広げ、何度も何度も繰り返し読んだ。結局その日は何もわからなかった。
「よいか。明日もこの巻物を読むのだ。」
その夜、静はその目に焼き付いた文字たちを思い浮かべながら眠りについた。
翌朝、早く目覚めた静は、また岩の下まで来るとそこに置かれている巻物を読み始めた。そして日も傾き始めた頃、梵字の読みが頭の中に浮かんでくるようになった。そして日が暮れるまでには一度巻物のすべてをつたない声で音読した。
「ほう、さすがじゃな。これを二日で読むとは」
「しかし、何も起きません。」
「それはそうだ。お前はまだ意味が分かってないであろう。」
「繰り返し読むのですね。」
二日目の夜、静は頭の中に残った文字のそれぞれの読みを思い浮かべながら眠りについた。
そして翌朝、日が昇ると岩の下で巻物を声を出して読みはじめた。繰り返し繰り返し読んでいるうちに、書かれている文字の中に光り輝く文字とその他の文字があることに気が付いた。それから日が暮れるころには光り輝く文字にも四つの種類があることがわかってきた。そして日が暮れるころには暗唱できるようになっていた。
「何か見えてきたか。」
「はい。四つの種類の違う光の文字が混ざっています。これは仏の名なのですね。」
「よくわかったな。如来、菩薩、明王、天部の仏たちを表わす文字だ。」
三日目の夜、静は覚えた書の中の二つの文字が頭に残って心の中で輝きを増していることを感じながら眠りについた。
翌朝も静は、大岩の下で巻物を音読した。もうこの三日間で何千回と声に出して読んでいた。そして昨夜心に浮かんだ二つの文字が、昨日以上に輝いて来るのを感じた。
「何が見えてきたかな。」
「はい。二つの文字が特に光り輝いて見え、夜も心から消えません。」
「どの文字かな。」
静は巻物の二つの文字を示した。それを見て空海は初めて微笑を浮かべて、
「普通は一つなのだが、二つとは。仏たちもお喜びになられるだろう。」
「なぜですか?」
「そのお二方が本当にお前を守護しようと我々を遣わしたのだ。」
その夜、静は二つの文字を思い浮かべながら眠りについた。その夢枕に輝く如来の姿とそれを守護する優しい目をした明王が見えた。
五日目の朝、いつものように大岩の下まで行くと、一心にその巻物を唱え始めた。九千九百九十九回と後鬼がこっそりと数えた時であった。自然とその内容が心に流れ込んでくる。そしてもう一度最初から読み直したころには、静は経の内容を理解していた。
<本当に賢い子だ。この調子で励むのですよ。>
<いいかお前の守りたいものを心に浮かべ、私の名を呼ぶのだ。>
静の心の中に二つの声が聞こえてきた。
「うむ。この修行は終わったようだな。」
「これで終わりなのですか。」
「ああ、お前は如来と明王の二つの声を聞いたのだ。」
「それが真言ですか?」
「おまえはこれで、三尊の声を聞いたことになる。」
「ああ、観音様ですね。」
「その一つでさえ、一人の修行者が一生かかっても得られないものなのだ。」
「はい。ありがとうございます。」
「その経を唱えて岩を登ってみなさい。」
静は巻物の経を心の中で唱えながら、岩を登った。まるで平地を歩くように手も使わずするすると岩の上まで登り切った。
「心の中で唱えたのか?」
「はい、声に出す余裕がありませんでした。」
「いや、無詠唱というのはどのような話でもすごいことになっている。」
「そうですか。」
「ここでの修業の続きは、成人して、入山してからだ。」
「時間がないのですね。」
「そうだな。その時は、ここに来る前に一度天台も覗いてみるといい。最澄が羨ましがっていたからな。」
翌朝、静は迎えに来た前鬼と、小角が待つ葛城山に向かった。三七日参りに出て八日目の朝であった。
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
読百返天に通ずじゃな。
教義とは違うとは思いますが




