「小しきぶ」4
おじいさんのありがた~い おはなし。
それにしても和泉式部は宮中の人の中でもこの上なく優れていた。このような中で道命法師と噂が広がり、いろんな心遣いもかなわず、周囲の人たちと交流することさえも気が引け、どうしたらいいのかと力をおとした。このまま保昌の屋敷から出て、どこか身を寄せるところがあればと、あれこれと心を悩ませているときに、都にいた赤染衛門という歌人が、和泉式部の恋を想い、一首の歌を送ってきた。
移ろはで しばし信太の 森を見よ 返りもぞする 葛の裏風
(心変わりをしないで、しばらく信太の森をみていなさい。葛の浦風が返ってきますよ。)
これを読んで、和泉式部は、自分の心の内を思いやっているのかと、歌を返した。
年経とも 変らん物か 和泉なる 信太の森の 千重の葛の葉
(年を経ても変るものですか。和泉にある信太の森の千重の葛葉は)
この歌は、和泉の国に信太の森という恋愛の守り神がある。その御神体は樟の木である。この木は常緑樹で一年を通してその色は変らない。赤染衛門の歌の、信太の森は 尾張の国にあり、この神は和泉の信太の神と夫婦である。その尾張の森は葛かづらを神体としている。ここは深い言い伝えがある恋路の森である。
「あらあら、赤染さんやるわね。」
「でもこの歌もらった時って、私生まれてたよね。」
「貴船神社の前でしたよね。」
こうして月日を過ごして、八坂神社の巫女を呼んで、占わせると、この巫女が言うには
「都で節分の夜、人間の夫婦の事を定める神が降りる。節分の夜、神社にお参りなさい。そこで神を祀りましょう。」と言うので、その夜にこの神社にお参りに行った。
このことを保昌が聞いて、社の陰に隠れて待っているところに、和泉式部は少しも気づかないで、巫女を連れて、社へ夕方に参りに行った。
節分の夜のことなので、多くの人が社に籠っており、巫女は神殿の前にいる人たちを和泉式部に霓裳羽衣の舞を舞わせるからと、除けさせた。
ここが運命の分かれ道と、紅の袴、紫の袙の衣の上に、顕紋紗の水干をうち掛けて、玉の簪、玉鬘、濃い紅の掛け帯に、青地の金襴の胸の守りを懸け、綾の襪・縫い物の沓、紅深き扇を翳し、薄物の袖を翻し、静かに舞い始めた。その姿は、ただすばらしいだけではなく、天人の姿を写したかのように厳かで、宮中は澄み渡り、祀られている神も感動されんばかりであった。
保昌は、自分が隠れていることも忘れるほど、思わずその姿に見とれていた。
巫女が、板に、保昌・和泉式部と言う文字を書いて、「神体の方を向いて、衣服の胸を晒して、この板で乳の間をすりなさい」というと、柳の枝が春の風に揺れるように、舞のあゆみもたをやかに、あゆみ行く。
保昌はこの巫女の声を聞き、そのように振舞おうとするのを見ては、どうして耐えることができようか。和泉式部を疑って嫌いになったことを悔しく思い、神の前で半裸になる姿を目を閉じて聞いていると、和泉式部は袖を抜き、半裸になってこの板を、乳の間にかざし、舞の足取りもしとやかに、実に妙なる声をあげて
ちはやぶる 神の見る目も 恥ずかしや 身を思ふとて 身をや捨てまし
と詠みあげ、「今の懺悔を神様お聞きになって、私の身の潔白を明かしてください。」
と申し上げると、その偽りの噂を神もあわれとお思いになったのであろうか。その思いを受け入れ、ご神体が動き、この神宮にいた人々もみな涙を流すと、保昌はもうこらえきれずに隠れていた陰から走り出て、この舞姫を抱き上げて、屋敷に連れ帰り、お互いに二心がないことを確かめ合い、これも和泉の神への祈りのおかげだと言い合った。
「え、ママ、裸で舞ったの?」
小式部は笑いがこらえられない様子だった。
「まあ、私が浮気を疑われて、保昌様から冷たくされたら、このぐらいのことするかもよ。」
「いやぁ、そこまでしなくても、私は和泉を信じているよ。」
相変わらずのアツアツぶりに、小式部も当てらている。
「私も、教通さんが浮気したら、裸で踊ってもらうわ。もう子供も九人もいれば十分でしょ。」
「まあ、教通殿も奥方を亡くされたのだから、これから斉信殿あたりが動いてくるんじゃないかな。前も娘を押し込もうとしていたし。」
「でも、なぜ貴船神社が、八坂神社になったんでしょうね。それに……。」
「貴船神社では、裸で舞わなかったよね。」
「ええ、でもそれより恥ずかしいことを言われたわ。」
「おい、何を言われたんだ。」
「裾を上まで上げて、神様に見せなさいって」
「まさか?」
「裾の上って、まさか一番上まで?」
和泉式部は思い出して顔を真っ赤にしている。
「パパ、それも阻止したんだ。」
「さすが、保昌様でしたわ。」
そろそろ、夜も遅くなっていた。静と真はまだ帰ってこない。
「みんな遅いね。大丈夫かしら。」
「十兵衛殿と、頼光殿がついているから、万一のこともないだろうけど、心配だな。」
「もう少し読んで待ちましょう。まだ小式部出て来てないしね。」
こうして、また内裏に戻り宮仕えを始めたので、この一件をお聞きになった帝も感動され、宮の官人たちも羨むような多くの祝いの品をくださった。
こうして、和泉式部が十七歳になった春のころ、身ごもってしまい悩んでいたが、あっという間に臨月となり、誠に艶やかな姫を産んだ。宝石のように美しい姫であった。
和泉式部は「そもそも私は帝に仕え、雲上人の方々と関わる身であり、それがいつの間にか子持ちになり、そのことで人から笑われることが恥ずかしい。どれほど子守りや乳母をつけて育てても、全く隠し通すことはできないだろう。とても愛おしく思うのだけれど、人に知られぬうちに捨てよう。」と思い、玉の手箱をこしらえ、中にいろいろの布を敷かせて、箱には和歌を書いた蒔絵を施し、金銀で作らせた輪をかけて、中にその子を寝かせて、東寺の門の前の唐石敷きの上に置き捨てて帰った。
「え? 私、捨てられた子だったの?」
「いいえ、だって小式部が生まれたのは保昌様と会う前、私が二十歳の時よ。」
「これだと、父親が私か帝になってしまうな。」
「だって、パパがママと再婚したとき私、十五歳よ。」
「なんだか、事実と違うことが後の世に広がったようだな。」
そのとき、表が妙にざわざわしてきた。
「ああ、やっと帰ってきたみたいだな。」
「じゃあ、続きはまた明日ね。」
「え、わたし生まれたばかりで捨てられたのよ。」
保昌が戸を開けると、庭には数十羽のカラス天狗がいた。
「あっ、じいじだ。」
「おじい様、ただいま戻りました。」
天狗たちの後ろから静と真が駆け寄ってきた。
「あのね。空を飛んできたの月の出がきれいだったわ。」
「水平線というものを初めて見ました。地球って丸いんですね。」
保昌の後ろから、出てきた小式部と和泉も驚いている。カラス天狗の中から、白いひげを生やした長老天狗が歩み出た。
「小式部内侍様と、そのお母上、和泉式部様ですね。」
「ええ。」
「この度はご挨拶に参りました。」
「いえいえ、子供たちがお世話になりました。」
「この子たちはさすが小式部様のお子様ですね。本当に感心しました。」
「え?静、真、何したの?」
「お友達になったよ。」
「いろいろと教えてもらいました。」
「何かありましたら、いつでもお呼びください。天狗の笛をお二人にはお渡ししております。これでお呼びいただけたら近くの天狗が駆けつけますぞ。」
「ママ、この人たちママのファンなんだよ。」
「えええ?」
「大江山によく行くんだって」
「それは、いつもありがとうございます。」
【ごきょうくん】
おじいさんとのやくそくだよ。
縁は異なものじゃ。
掲載が一日遅れてしまいました。
楽しみに待ってくださる方、申し訳ありません。




