何も考えてないのに世界を作ることになった神様のはなし
かみさまはからっぽだった。
思い出も、知識も、願いもなかった。
けれど、からっぽのままぽつんと目覚めたとき、
「お前は今日から世界を作れ」と、誰かに言われた気がした。
やり方なんて教わっていない。
何を作ればいいのかも、わからない。
けれど、空っぽのなかには、ほんの小さな“寂しさ”だけが残っていた。
神様は、その空っぽの中に、何を入れようかと――それだけを考え始めた。
にんじん――。
なぜそれが浮かんだのか、だれにもわからない。
本人にも、わからなかった。
けれど、かみさまはたしかにそれを望んだ。
ぽつん、と、世界に最初の「にんじん」が生まれた。
神様はそれを見て、
「……きれいな色だ」と思った。
ほかに何もない空間に、やさしいオレンジ色だけが浮かんでいた。
なぜそれがニンジンと呼ばれるのか。
なぜその形なのか。
なぜその色なのか。
だれにもわからない。
かみさま自身にも、わからなかった。
「ニンジン」とは何なのか、その意味も、その由来も、この世界にはまだなかったはずなのに――
神様は、ふしぎと「これがニンジンだ」と知っていた。
けれど、それを深く考える前に、
神様は、にんじんがあることが少しうれしかった。
理由も、目的もない。
ただ、そこに“はじめてのなにか”が生まれたことが、
神様のからっぽのなかに、小さな灯りをともした。
かみさまはニンジンを増やすために、世界を作ることにした。
まず、海を作った。
深い青い海。波の音も、きっとにんじんには必要だと思った。
次に、大地を作った。
やわらかな土の感触。オレンジ色がよく映える、広い大地。
そして、畑を作った。
ふかふかの畝。にんじんがたくさん眠れる場所だ。
かみさまは、自分がなぜそんな世界を作っているのかは理解していなかった。
だが、それが“必要なこと”のような気がして、ただ、手を動かし続けた。
からっぽだった心の底で、
小さなにんじんのための、大きな世界が、静かに形を取っていく。
しかし、途中まで作ったとき、かみさまは困ってしまった。
たしかにこれで、にんじんは出来る。
ふかふかの土、やさしい雨、ほどよい陽射し――
全部そろえれば、にんじんは育つ。
でも、そのすべては自分の手で与えたものだった。
かみさまは畑を眺めながら、
「これじゃあ、私がずっと世話をし続けないと、にんじんは増えていかない……」
と、小さくため息をついた。
にんじんが、かみさまの力なしで、ひとりでに増えていくためには――
何かが、まだ足りない。
かみさまは、世界の“からくり”について、はじめて考えた。
からっぽのなかに、小さな疑問が芽生える。
それは、最初の“次の一歩”だった。
そう、にんじんを育て、畑をひろげる存在が必要だったのだ。
かみさまは、じっと手のひらのにんじんを見つめ、
「……そうだ。にんじんに似せて、にんげんを作ろう」
と、ぽつりとつぶやいた。
なぜそう思ったのか、やはり分からない。
けれど、からっぽの心に浮かんだそのままに、
かみさまはにんじんに手をかざし、
新しい“カタチ”を、そっと世界に落とした。
にんじんに似ているような、
にんじんとは少し違うような、
でもやっぱり、どこかにんじんを思わせる存在。
それが、ニンゲンだった。
似せて作ったったら、似せて作ったのだ。
深い理由も、意味もいらない。
神様とは、そういうものなのだ。
* * *
――というわけで、ニンジンをカレーに入れるべきではないと思うんだ。
神は言っている。ニンジンをあがめよ。食べるなどもってのほかだと……
「それ、おまえがニンジン嫌いなだけじゃねえか?」
おしまい
何も考えずに作りました。
なぜこのようなものが出来たのかは、作者にもよくわかりません。