紙飛行機は不時着しない
「あれって飛ばした後、どこに行くんだろ」
映画のラストシーンで、アジアのどこかの町で行われる幻想的な儀式が映っていた。願い事を書いて飛ばせば、それが叶う。恋人たちが永遠の愛を、戦争被害者たちが恒久平和を誓っていた。
独り言を聞かれたのだろうか、映画館を出たところで、
「あんなこと、やったらいけなかったのよ」
と変わったアクセントが効いた話し方の女性に捕まえられた。
純白の鳩が無数に羽ばたき、画面を埋め尽くすようなシーンで、でも飛んでいたのは鳩ではない。
「紙飛行機よ、紙飛行機。あれダメ、ダメよ」
子どもどころか大人たちが夢中になって取り組むことだってあるのを頭ごなしに否定していた。紙飛行機には競技大会まで存在し、作り方や材料、飛ばし方など細かなルールだってある。
「あなた、やっちゃったんでしょ」
「そりゃ、やったことない人なんてそうそういないはずだし」
彼女が言うところでは、有名なランタン飛ばしの簡易版として安全お手軽に文化的なものは一切捨て、ただ願望を叶えるための儀式として映画にまで使われてしまったそうだ。
「もし叶えたい夢、希望あるなら、飛ばした紙飛行機の行方わからないのが大事。二度と目に触れたらダメ。でもそういうの、あんまり飛ばない。本気でないと飛ばない」
飛ばし方にもコツがあるそうだ。
「だいたい人間、悪い感情ある。怒、罵、恨、怨、蔑、嘲、殺、撲、穢、嘆、蟠、悲、妬……なんて文字書いた紙で飛行機作ると、地の果てまで飛んでって、還って来ない。それで気持ち落ち着いて穏やかになる。めでたしめでたし。けど、本当は」
腕をしならせ、指先カタパルトから射出する時が最も甚大な影響を及ぼすという。
「書いても書かなくても変わらない、何にも。だから、あそこ」
彼女の指差した先で、道行く人同士がすれ違い様、肩が軽く擦れるくらい接触するのが見えた。途端、どちらが加害者側かわからないが胸ぐらを掴んで、大声で叫び出したのが見えた。
「あのぷんぷんやってる人。後頭部に紙飛行機が還ってきたのよ」
偶然だと聞き流す分にはたわいもないことなのに、なぜだろう、昔々、いつかはわからないが、紙飛行機を飛ばした時、どんな感情や思考を搭載させていたのかを思い巡らされてしまう。
「だから、気をつけることね」
後頭部に何かが追突した気がした。良い想いのほうを期待したかった。