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解決編

 羽黒祐介は、琥珀色のウイスキーを飲んでいるせいか、事件のことはほとんどどうでもよく感じられていた。それよりも、根来の娘であるすみれが今どうしているか、無茶をしていないか、ということが気になっていた。祐介は、正月に池袋駅で別れて以来、すみれに会っていなかった。酔いがまわると会えない寂しさがふつふつと浮かんできて、たまらなかった。(「名探偵 羽黒祐介の推理」参照)


 祐介がそんなことを思っているとは夢にも思わない根来は、芋焼酎を一口飲むと、彼の様子を静かに窺った。

「どうだ? 事件の真相、分かったか?」

「ええ」

 と祐介は答えた。祐介にはこの時、ある真実が見えていた。彼は軽く咳払いをすると事件の説明を始めた。


「まず、このダイイング・メッセージの意味ですが、決して「ルート1」なんかではありません。「ルート1」では、まったく意味が通りませんからね。それに数学者でもない限り、死に際に「ルート1」なんて考えもしないでしょう。

 それでは、このダイイング・メッセージの本当の意味とは何なのでしょうか。最大の手がかりは、被害者が殺された時の状況です。被害者は、椅子に座ったまま、上半身をテーブルに伏せていました。腹部からは血が滴り落ち、右手の指には血がついていました。そして、彼が死亡するまでには若干の時間があったということです。

 犯人は、おそらく客の振りをして、部屋に入り、椅子に座っている被害者の腹部と胸部を、刃物で切り裂いたのでしょう。

 この直後に、被害者は自分の血を使って、テーブルの裏に文字を書いたのだと思われます。しかし、不自然ではないですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()血文字を()()()()()()()()()

 その理由は単純です。犯人がまだその部屋に居残っていたからでしょう。被害者は、犯人の目を盗んで血文字を書かなければならなかったのです。だから、大っぴらに犯人の名前は残せませんでした。また、大量に出血している被害者は、体力的に席からの移動はできなかったでしょう。

 ということは、被害者はテーブルの下に潜り込んで、血文字を書いたのではなく、()()()()()の状態で()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それでは試しに、被害者の気持ちになって、椅子に座ったままの状態で、テーブルの裏に文字を書き起こしてみましょう。その字はどうなりますか。驚くことに、左右が反転するでしょう。鏡文字になるはずです。これが今回の最大のポイントです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 と祐介は言いながら。血文字を再現した紙を、電球の明かりにかざしてみた。そこには、反転した字がはっきりと映っている。


 挿絵(By みてみん)


「被害者はこの時、重傷を負っていて、まさに死にかけていました。そして、テーブルの裏に書いたということから、字が見えなかったはずです。つまり、この字は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、この字は福笑いの状態にあったと考えられます。そして、僕は、この字をあらためて見つめているうちに、この字の正体がだんだんと分かってきたのです」

「なんて字だ?」

 と、根来は焦ったそうに言う。

「僕の考えでは「九」です」

「しかし、名前に「九」が入っている容疑者はいないぞ?」


「それについては、こういうことです。被害者は、犯人の名前について、ある決定的な勘違いをしていたのだと思われます」

「なんだ、その勘違いって?」

「それは、久谷吾六の「クタニ」という漢字についてです。被害者は「クタニ」と名乗られて、音だけで、九谷焼の「九谷」と勘違いしてしまったのでしょう。焼き物の収集家である被害者にとって「クタニ」といえば、九谷焼の「九谷」を連想するものですからね。

 つまり、被害者はテーブルの裏に「九谷」という犯人の名前を書こうとして、「九」を書いたところで、運悪く力尽きてしまったのです」

 祐介は、一息吸ってから、言い放った。

「つまり、犯人は九谷吾六です」


 根来は黙ってその話を聞いていたが、ここまできて満足げにため息をついた。

「見事だ」

 根来は、また酒を飲む。

「俺も捜査を続ける中で、だんだんと真相に気づいたんだ。だから、久谷吾六を徹底的に監視することにした。しばらくして、やつめ、まんまと尻尾を出したよ。盗まれた萩焼の茶碗を鞄に入れて、新幹線で、京都に向かおうとしているところを捕まえたんだ。なんでも、盗品を扱う専門の顔なじみの業者に売りつけにゆくつもりだったらしい……」


 根来は、そう言って満足げに頷くと、祐介の方を見た。

「ダイイング・メッセージの問題、お前には少し簡単だったか?」


 ところが祐介は、曖昧に微笑んだだけで答えなかった。


 それから、しばらく、二人は黙っていた。時間は絶え間なく過ぎてゆくのに、それはひどく長く感じられた。


 ……悠久の時間が流れているようだった。


「また面白い話があったらお聞かせください……」


 ……そう呟くように言って、ウイスキーを見つめている彼は、静かに物思いに耽っているようだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。こちらの作品は「真夏のミステリーツアー」というアンソロジー企画の際に執筆したものです。今回、文章を手直しして、投稿致しました。皆さまは、ダイイングメッセージの謎を解けましたでしょうか……。

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