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問題編

私ごとながら、この度、念願の新生ミステリ研究会に所属致しました。今後も文フリなど活動の幅を広げ、頑張って参りたいと思います。

 ある夜、池袋の探偵事務所で、名探偵の羽黒祐介と根来警部が酒を酌み交わしていた。それは絶世の美男子と一匹の猛虎のような男という奇妙な取り合わせだった。祐介は美しい顔つきでウイスキーを飲み、根来は虎のように豪快に芋焼酎を飲んでいた。


 二人にはほんのりと酔いが回る。良い具合に、窓の外にはネオンの灯りが爛々と浮かんでいる。夢のような心地で、懐かしい事件の話などしていると、根来はこんなことを語りだした。


「よくミステリー小説なんかにでてくるトリックで、ダイイングメッセージというもんがあるだろ? 被害者が死に際にメッセージを残すやつ。あんなもんは小説の中だけの話で、現実には起こりえないと思っていたんだが、どうやらそうでもないらしいんだ……」

 と真面目腐った顔で根来が語るので、祐介は思わず笑ってしまった。

 祐介と根来が、青月島という島に閉じ込められたとき、被害者はあんなにはっきりとダイイングメッセージを残していたじゃないか、と思ったからだった。(「青月島の惨劇」参照)


「どうして笑うんだ」

「いえ、なんでもありません」

「まあ、かまわないけどさ。それでだな。これは、俺がまだ若かったころの八月のある日のことだ……」

「ええ」

「俺はまだ若かった……」

「ええ」

「俺はまだ若かったんだっ、畜生!」

「早く話してください」


 根来は、しみじみと若き日のことを思い出して、感無量になっている様子だった。瞼には一滴の涙があった。

 根来は、若いころ、勤めている群馬県警内部でも名の知れた問題児だった。命令を無視して、勝手な捜査はする。単身で犯人の隠れ家に乗り込んで、暴力を振るい、そして死にかける。それでも犯人をちゃんと捕まえてくるところが偉いところで、彼は「鬼根来」と恐れられていた。

「俺はまだ若かったんだ」

 話が一向に進まない。祐介が聞くのを諦めて、ウイスキーを一口飲もうとすると、根来は馬が鞭を打たれて駆け出すように事件のことを話し始めた。


「あれは、群馬のとある市の夏祭りでのことだった。いいか。黒い絵具を塗りたくったような暗闇の中、その寺の参道は人の賑わいに溢れ、焼きそばやたこ焼きの匂いが漂い、提灯(ちょうちん)や街灯の灯りが踊っていた。かき氷のガリガリと削れる音も聞こえてきて、寺の境内には盆踊りの輪が出来ていた。それは夏のもの寂しさの中で際立っていた……」

「どうしたんですか。やけに詩人ですね」

「黙って聞け」

「はい」

 根来は、思い出しながら、事件について語り出した。それは、今では遠い昔の出来事だった。


「俺は、殺しがあったという知らせを受けて、現場に急行した。現場は祭りの会場近くの市民会館の一室だった。俺が着いたとき、市民会館には派手な格好をした若い衆がうろついていた。あの日は昼間雨が降って、夜になっても湿気があって暑かったし、市民会館でも催し物をやっていたからな。そこには自動販売機もあったし、多くの人間がそこで休憩していたわけだ。それで、俺が階段を上ると、控室があった。そこには、すでに所轄の警察がうろついていて、四角い部屋の真ん中にはテーブルが置かれていた。見ると、男の死体が上半身をテーブルに伏せていた。男は、胸部から腹部にかけて、鋭利な刃物で切りつけられていて、テーブルの下には多量の血が滴り落ちていた」

「刺殺だったのですね」


「そうだ。椅子に座っているところを、横から刺されたらしい。出血しながらも、しばらくは生きていたらしいが……。殺された男は郡山宗次(こおりやまそうじ)といって、商店街の八百屋だった。この憐れな八百屋は、町内会の一員だった。彼は、ちょび髭の宗さんと呼ばれ、焼き物の収集家としても地元ではちょっと有名で、実際、見事な萩焼の茶碗を持っていたらしいんだが、事件の後、この萩焼の茶碗が姿を消してしまったんだ」

「物取りですか」

「そうよ。そういうことよ。今回、ちょび髭の宗さんは、市民会館の一室を借りて、自分のコレクションを展示していたらしい。それ以外にも、骨董品が揃っていてマニア向けに販売もしていた。収集家が何人も来ていたから、この萩焼の茶碗を欲しがるものもいたが、宗さんは売らなかった」

 祐介は、ウイスキーを一口飲んで、すこし窓の外を眺めた。


「俺は、その萩焼の茶碗を欲しがった人物を調べた。三人いて、一人は隣町の医者で、江島三郎(えじまさぶろう)、この男はマニアックな男で、骨董ならブリキの玩具から浮世絵までなんでも集めていた。年齢は四十五歳。二人目は、久谷吾六(くたにごろく)という漫才師で、三十二歳。東京に住んでいるが、その日は友人に会いに電車で来たんだ。今のところコメディアンとしては売れていないらしいが、骨董が好きらしい。三人目は、高良八男(たからはちお)、こいつは小うるさい美術評論家で、もともとその萩焼の茶碗のことを知っていて、その日はそれを買い取るつもりで来ていたらしい。歳は、六十二歳」

 根来は、三人の名前を紙に書きながら言った。祐介は、それをじっと見ながら、さまざまな人間が集まった夏祭りを情景を思い描いていた。そして、ふと質問をした。


「それで、ダイイングメッセージは……」

「おう、そのことを忘れていたぜ。実は、被害者の右手の人差し指に血がついていたんで、そのあたりを調べてみたら、なんと木製のテーブルの裏に血文字が残っていたんだ。それがなんと「ルート1」だったんだよ」

「ルート1?」

「あるだろ。こいつだよ」

 と根来は言いながら、紙に慎重にダイイングメッセージを再現した。


 挿絵(By みてみん)


「なるほど。これがダイイングメッセージだったわけですね」

「お前なら解けるだろ? さあ、犯人は誰だ!」


 犯人は先ほどの三人の中にいる。問題はただ一つ、この血文字が指し示している犯人は誰なのか。そしてこの血文字は、一体、何を意味しているのだろうか。

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