4 魔鳥が住む村
クライドは子供の扱いが少々不得手なので遠巻きに見守っていた。サブリナに任せてみる。
「この村は昔からコカトリスが住むっていわれてるよ」
「だから鳥を狩るときは慎重にせにゃいけないとさ。コカトリスだったら襲われちゃうからね」
「襲われた人が何人もいるんだって」
「襲われた人はどんな風になるんですか?」
子供たちの言葉を受けながら、サブリナは優しく促すように訊く。
「襲われたら、みんな苦しむんだよ。運が悪けりゃ死ぬ」
「最近、ディッチじいさんが襲われたよな」
一人の男児が言うと子供たちは皆一様に「うんうん」と頷いた。
──最近? じゃあやっぱり頻繁にコカトリスがこの村に?
クライドは静かに顎をつまんで唸った。サブリナを見ると、彼女は表情をあまり変えずに子供たちの話を聞く。
「この村じゃ、一人前になるには鳥を狩らないといけないんだ。デカければデカいほどいい」
「なるほど。噂ではコカトリスは大きな鳥さんだと聞いています。ヴェドラナさんはそのコカトリスを捕まえたいそうですが、それはやはり村長としての威厳を見せるためでしょうか?」
その質問に子供たちは顔を見合わせて、複雑そうな笑い方をした。
「それは……」
「しっ! それは母さんたちがダメって言ってたでしょ」
「でも」
何やら子供たちはヒソヒソと話し合う。そんな彼らにサブリナはにっこりと笑いかけた。
「では質問を変えましょう。鳥を狩ると一人前になるというお話は、村の言い伝えなのでしょうか?」
「そうだよ!」
これは子供たちも答えやすかったようで即答した。
「じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんのじいちゃんくらいか? まぁそんくらい昔から言われてるんだよ」
「その昔、コカトリスを討ち取った人が村長になって、村を作ったらしいよ」
──やはりコカトリスが出てくるのか。
クライドは神妙に唸った。
「そうですか……ありがとうございます。では最後にもう一つだけ」
サブリナは質問を切り上げようとする。クライドは慌てて立ち上がったが、サブリナは構わず最後の質問を子供たちに投げた。
「コカトリスに襲われたというディッチさんのお家に案内してください。そうしたらこの笛をあげます」
景品をちらつかせながら、彼女はやすやすと子供たちを手玉にとってディッチという男が住む家まで案内させた。
そこは山をのぼった場所にあり、元気な子供たちとサブリナはずんずん先を進むが、山歩きに慣れていないクライドには結構な労力を要した。
「ちょ、サブリナ……待ってくれ……」
「あらあら、ギルさんったら、仕方ないですねぇ」
心配する素振りを見せるサブリナだが、歩調は緩めてくれない。
ようやくディッチの家まで辿り着こうとした時には、クライドの足腰は疲弊しきって震えていた。
「無理……もう二度と山なんかのぼるもんか」
平地に着いた途端、地面に伏してしまうクライドの前にはサブリナたちが和気あいあいとしていた。
「はい、ありがとうございました! それじゃあこの笛をあげますね」
子供の一人に笛を渡すサブリナ。子供たちは「わーい!」と歓声を上げてさっさと山を降りてしまった。
「さて……ごめんくださーい」
村長の家と遜色ないほど立派なログハウスの前に立つサブリナは、威勢よくドアをノックする。
クライドもいつまでもへばっているわけにいかず、笑う膝を叩いて立ち上がるとサブリナの横に立った。
数分して、ドアがゆっくり開けられる。
「どちらさん……って、おや?」
出てきたのは見知った顔だった。
「えっ、メル!?」
クライドが真っ先に驚きの声を上げる。
「ん? あんたたち、なんでオレんちが分かったんだ? 怖いんだけど……」
メルが目を泳がせながらドアを閉めようとする。しかし、サブリナの靴が素早くドアの隙間に差し込み、閉じられることはなかった。
「これはちょうど良かったです。メルさん、ディッチさんはいらっしゃいます?」
「……ディッチはうちの父ちゃんだけど。いやいや、つーか何!? うちにコカトリスはいませんけど!」
なおもドアを閉めようとするメル、それを阻止しようと笑顔で抵抗するサブリナ。この対決をクライドは困惑気味に見ていたが、すぐにドアに手をかけて開けるとメルは観念した。
「二人がかりはズルい!」
「昨日のお前に聞かせてあげたいよ」
クライドの軽口にメルはそっぽを向く。
「メルさん、お父様のお加減はいかがですか?」
「げっ……どこからそんなこと聞いたんだよぉ……最悪」
「ちょっと裏技を使いまして。そんなことを話してる場合じゃありません。お父様の容態は一刻を争うかもしれませんし」
「うぇぇ……」
これほど心配してもメルは終始バツが悪そうな顔をする。前のめりのサブリナの前にクライドは立った。
「メル、困ってることがあるなら相談してくれ」
「んなこと言ったって、部外者じゃねぇかよ」
しかしクライドに上から見下される形になれば、彼はその圧力に負けたのかため息をついて部屋の奥へ向かった。
二人でついていく。真っ暗な部屋で桶を抱えた初老の男がベッドに座っていた。
「メル、誰だ、この人らは」
衰弱したように顔色の悪いディッチがメルを睨みつける。
「俺は何度も断ったぜ。でも聞かねぇんだ」
メルが肩をすくめる。クライドはメルの様子を見やり、かすかに違和感を覚えた。
──実の父親がここまで弱っているのに、どうしてこんなに悠長なんだ?
「ディッチさん、コカトリスに襲われたんですか?」
サブリナがディッチのもとへ寄り、心配そうに訊く。
するとディッチは怯えたような目になり、またメルを睨みつける。
それに構わずサブリナはディッチの状態を見ようと、彼の腕を掴んであちこちを調べ始める。
「おい、なんなんだ、あんたは!」
声を荒らげるディッチだが、すぐに吐き気を催したのか桶に顔を突っ込む。
サブリナはその背中を優しくさすり、真剣な眼差しを向けていた。
「……これは、毒ですね」
やがて彼女は静かに診断を下す。
「手足の痺れはありませんか? こうなってしまって何日目ですか?」
「うるさい、黙れ」
「黙りません。目の前に弱っている人がいたら心配するのは当然です。いいから答えてください」
サブリナの声音はけして荒いものではなかったが、有無を言わさない強さがあった。
これにディッチが気まずそうに眉を落とし、メルは首筋を掻いて足元を見ている。
「……痺れはない。もう解毒も済んでいる」
ディッチはしぶしぶ答えた。サブリナはホッと胸を撫で下ろしたように肩を落とす。
「そうでしょうね。もっと酷ければこうして起き上がっていられませんから」
「おい、サブリナ。どういうことだ」
思わずクライドが訊くと、サブリナはようやく振り返って鋭く言った。
「言葉通りです。この方は、コカトリスの毒を浴びて衰弱しましたが解毒によって快方に向かっています」
「そうなのか……それは何よりだ」
処置がとっくに済んでいるということに、クライドは違和感の輪郭を捉えて納得した。
「だからメルが落ち着き払っていたわけだ」
「あぁ、そうだよ。分かったら帰ってくれ。ここにコカトリスはない」
メルが強い口調で言い、サブリナをディッチから引き離す。それでもサブリナは頑固で、懐から何か小さな巾着袋を出した。
「これをあげます。お父様に飲ませてあげてください。今よりもっと早く楽になりますよ」
ドアに追い立てられながら言うサブリナの手がメルの胸元に当たる。メルは仕方なさそうにその巾着を受け取った。渋い顔をして父親の部屋から遠ざかる。
「このこと、他の連中に言ったら殺すからな。とくにヴェドラナには!」
そう言って彼はサブリナとクライドを外に追い出した。
「サブリナ……もういいのか?」
クライドは彼女の様子をおずおずと窺った。サブリナは眉間にしわを寄せて考えているよう。
「そうですね。ディッチさんの様子はあの通りですし、恐らく問題ないでしょう。ただ、今後ももしかするとディッチさんは同じ目に遭うような気がします」
「え? どういうことだ?」
サブリナの言葉は曖昧で何やら含みがある。しかし彼女自身も確証は持っていないのか、考えあぐねているようだった。クライドは情けなく思考することを諦め、首を傾げる。
そんな彼を慰めるようにサブリナは表情を和らげて言う。
「ただひとつ言えるなら……やはり、コカトリスは存在しないということです」
風のさざめきに鮮明な解釈を乗せたサブリナの目が、星のまたたきのごとく一瞬だけ光った。