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無能弟子サブリナの救世巡礼  作者: 小谷杏子
第二章 女傑の怪鳥狩り
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6 魔鳥の正体

「安心してください。これはコカトリスの毒をさらに薄めたものです。ほとんど無臭の煙を、よくぞ見破りましたね、メルさん。お見事です」

 そう言うとサブリナは面を外して息をつく。クライドも慌てて外した。ここに来る前、サブリナが怪しい笑みを浮かべて「この毒は危険なので、吸ったらまずいですよ」と言うからありあわせの材料で作った面なのに、こうも簡単に意味をなさなくなるのは腑に落ちない。

 ただこの大仰な登場はヴェドラナやメルを圧倒する力があったようで、彼らは目をしばたたかせて困惑している。

「コカトリスって……鳥のことじゃろう? 毒を出し、人を脅かす化け物。それと同じ毒を生み出せるとでも?」

 困惑しつつもヴェドラナはあざ笑うように吐き捨てる。しかしサブリナは毅然とした態度で「はい」と返事する。

「バカバカしい。この村には鳥に襲われた者が何人もおるのじゃ。それが人の作る毒で惑わされたとでも言うのか?」

「単刀直入に言いましょう。コカトリスはこの毒のことを指します」

 そう言い放つサブリナは瓶にコルク栓をした。煙の拡散が閉ざされる。これにメルは安堵の息をついたが、サブリナとクライドは彼のその仕草を見逃さなかった。

「メルさん、あなたとても大事なことを隠してますよね? まぁ、これはおそらくメルさんだけでなくディッチさんもそうでしょうね」

 サブリナの声にメルは息を飲む。一人要領を得ないヴェドラナだけがメルに不審の目を向けた。

「どういうことじゃ?」

「その様子だとヴェドラナさんは知らないのですね。この村にある毒の植物──カリオケットのことを」

 カリオケット。それは植物の名からつけられた村の名称。

 今はすでに失われた幻の植物と呼ばれているが、この村にだけ生息している。それがあの赤い葉の群生だ。

「そして別名がコカトリス。これは伝説上の生き物、コカトリスにちなんだ隠語なのでしょう。そしてメルさんのお家は代々、このコカトリスを栽培する家系だった。違いますか?」

 メルは一歩引いた。しかし気を持ち直すように踏ん張ると、サブリナに食って掛かる。

「それ以上はやめろ! こいつに話すなと言ったはずだ!」

「おい、メル。どういうことじゃ。ワシに隠し事って」

「ヴェドラナは黙ってろ! これはこの村の秘密……前村長も、お前にだけは話すなと……」

 しかしもう隠し立ては不可能だ。メルもそのことを悟っているのか、だんだん勢いをなくし、地面に伏せるようにしてしゃがんだ。

「話してください」

 サブリナは優しく寄り添うように彼の肩に手を置いた。

 静かな風がこの場にいる全員の風をさらう。やがて日は落ち、空に柔らかな薄群青色のベールがかかった頃、ようやくメルが涙ぐみながらポツポツと話し始めた。

「それは……昔から言われてる。うちにだけ伝わる話だ」

 この村は大昔からこの毒草が育つことから栽培し、裏で密かに悪しき者たちから闇の魔術師たちに売ってきた。それが狩りだけで賄うには難しい村の苦肉の策だった。

「こんな何もない村だ。いつ潰れるか分からねぇ村が、どうして今まで存続してたと思う? 俺たちが秘密を守ってきたからだ」

 声を押し殺すようなメルの声に、ヴェドラナは放心したまま何も言わない。

「だから、あの群生地には誰も近づかないよう架空の生き物を引用したんですね。コカトリスを討ち取ったのではなく、コカトリスをでっち上げたというのが真相です。だからコカトリスという鳥は存在しないのです」

 サブリナがきっぱりと言い、あたりはシンと静まる。空気が冷えた。

 ここまでの話に、クライドはあまりの恐ろしさですぐには信じられなかったが、ディッチの具合の状況やメルの自白で、信じざるを得なかった。ゴクリと唾を飲んで口を開いてみる。

「ディッチの具合が悪かったのは……」

「この葉を煎じる時、防護マスクをしていなかったのでしょうね。このコカトリスは微量な毒素を出しますが、すぐには人体に影響がありません。でも頻繁に葉に触れたり煎じたりしていれば毒素は体内に蓄積されます」

 その結果、体を壊す。

「粉末を飲めば死に至ります。また何度も毒素を浴びるだけでも具合が悪くなります。おそらく彼も、他の〝襲われた〟という方々も何度もその毒を浴び続けていたんでしょう。そしてメルさんの鋭い嗅覚は、この毒の匂いを知っているからですよね」

 静かに真相を暴くサブリナ。

 これに納得がいかないのはヴェドラナのようだった。彼女は拳を震わせずっと俯いている。

「……なぜ、ワシに黙っていた?」

 やがて出たヴェドラナの声には怒りと悲壮が入り混じっている。瞬間、彼女はメルを蹴飛ばすと蔑むように見ながら彼の胸ぐらを掴む。

「言え! 何故じゃ! ワシはそんなに頼りないか? 父のような立派な長になれないのか? そうやって臭いものにフタをしてワシを騙しておったのか!?」

「正しいだけじゃ生きていけないんだよ!」

 メルも負けじと言い返す。

「お前はいつも正しい! 子供の頃からそうだ! なんでも村のルールを忠実に守って、あの鳥も捕まえたのにわざわざこんなよそ者の約束を守って生かしておくし! お前のそういうところが……」

 その言葉に今度はヴェドラナが圧倒され、だんだんと表情を失くした。

「ワシのそういうところがなんだって言うんじゃ」

 もう気づいているだろうに、彼女はなおも訊く。これ以上、互いに傷つけ合わなくていいのに。そう思ったクライドはつい足を一歩踏み出したが、サブリナに制された。

「……お二人に任せましょう」

 袖を強く握るサブリナの言う通りにする。

 メルは意気消沈し、ヴェドラナの顔を見ずにボソッと呟いた。

「お前が正しいから、親父さんは言えなかったんだよ。それにもう……この仕事をしなくていいんだ」

「は?」

「俺の代でこの稼業はやめる。やめたい。栽培ももうやってない。今はただ朽ちるに任せるだけだ。お前が村長になってくれたから」

 メルの言葉にヴェドラナは目を見開く。手を離し、ゆっくりと彼女は後ずさる。

「ヴェドラナさん……」

 サブリナが気を使うように言うと、彼女はふらりと踵を返すとそのまま静かに家路へと向かった。

 気まずい沈黙が訪れる。

「お前らが来なければ、このまま静かにあいつを傷つけずに済んだんだ」

 メルが負け惜しみのように言ったが、それは風にかき消される。やがてヴェドラナが戻ってきた。

 見れば彼女は松明を持っており、その目は悲しみに染まっている。

「ヴェドラナ!」

 メルが乞うように彼女を見る。しかしサブリナの動きが早かった。

 ヴェドラナが無言のまま通り過ぎようとしていたが、サブリナが彼女の前に立ちはだかる。

「どけ」

「ダメです。焼き払うなんて」

「うるさい! この村の始末をつけなくてはワシの気が済まん!」

「そんなことをしても意味がありません! 村は毒に汚染され、多くの植物も動物も、あなたたちも死にます!」

「構わない! この村は歴史とともに死ぬべきだ!」

 ヴェドラナはこの村とともに心中する気だ。クライドもサブリナの横に立ち、ヴェドラナの腕を掴んだ。

「サブリナの言うとおりだ。冷静になれ、ヴェドラナ」

「黙れ! 所詮お前たちはこの村に関係がない」

 パンッ──突如、頬を打つ乾いた音が森にこだます。サブリナがヴェドラナの頬を打ったのだと気づくのにわずかな時間を要した。

「あなたがやるべきことは傷ついた人たちに寄り添い、先人たちよりも強い村長になることです! こんなの、すべての責任から逃げてるだけです!」

 ヴェドラナは突然襲いかかった痛みに驚き、力を抜いた。そのすきにクライドは彼女の手から松明を奪う。サブリナはヴェドラナの手を握り、力強く説得した。

「あなたのお父様が、このことを黙っていたのは何故だと思いますか?」

「……そ、れは、ワタシが頼りないから」

 ヴェドラナの口調が年相応に戻る。目尻には涙の粒があり、彼女はサブリナをじっと見つめていた。同じ目線のサブリナはさらに近づくと、ヴェドラナを抱きしめた。

「ううん。あなたに村を任せたいからです。誰よりも正しいあなたに村を守ってもらいたいから」

「なんでそんなこと……」

 しかしサブリナはもう何も言わずにいる。ヴェドラナはだんだん体を震わせ、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。それはまだあどけない一人の少女から溢れ出す慟哭。


 それからはヴェドラナが落ち着くまでサブリナがそばにいた。一方で、クライドはメルを慰めることに徹し、各々の家に散ることとなった。

 そうして夜が更け、朝になる──

 檻が解放され、モフリンが自由の身となったのは朝日がのぼってすぐだった。

「モフリン!」

「ヴェッ! ヴェーッ!」

 さっそく飛びつくサブリナにモフリンも歓喜の雄叫びを上げる。あまりにも大声だったのでモフリンはしばらく咳き込んだがそれでも構わずサブリナは羽毛に体を預けて嬉しそうに笑う。

 これにヴェドラナをはじめ、様子を見に来たクライドとメル、さらには早起きな子供たちが呆気にとられて見ていた。

「まったく物好きな娘じゃ」

 ヴェドラナが呆れたように鼻で笑う。この様子を見るに、どうやらヴェドラナとサブリナは一夜で打ち解けたらしい。

「ヴェドラナでも分からなかった村の秘密をあっさり解いちまうなんて、やっぱ魔術師ってのはすげーんだなぁ。鳥とも話ができるんだろ」

 元凶の一つであるメルがケロッとした口ぶりで言うので、クライドは眉をひそめて小突いた。

「そうだよ、このねーちゃん、鳥と話ができるんだ」

 子供たちもすっかりサブリナの〝魔術師ぶり〟を信じ切っている。

 ──無免許魔術師だけどな……しかも魔力ないし。

 クライドは一人胸の内でそっと呟くが、モフリンと戯れるサブリナを見ていると穏やかな気持ちになっていた。

 ──不思議な魔力があることは確か、か。

 しかし一つ解せないこともある。

「なぁ、サブリナ。取り込み中、悪いんだが」

「なんですかー?」

 モフリンを撫でるサブリナがふとこちらを見る。

「その鳥、結局なんで君をここに運んだんだ?」

 鳥と話ができるなら分かるだろうか。そう期待していると、サブリナは目をしばたたかせた。

「あぁ、きっとこのローブのせいでしょうね」

「魔術師のローブ? それがなんだっていうんだ?」

「私が優れた魔術師だということを見抜いて、モフリンは私に命運を託したのです!」

 真剣な顔で何を言うかと思えば、彼女から出る言葉はまったく論理的ではなかった。

 ──つまり、分からないということかな……

 クライドは自分なりに解釈した。

「あとは憶測ですが、モフリンは餌場であるこの村の危機を悟ったのかもしれませんね……」

 サブリナが恥ずかしそうにボソッと呟く。その憶測はクライドの好みに合っていた。

「まさかこの鳥がコカトリスを食らう鳥とはな……まったく紛らわしいもんじゃ」

 ヴェドラナは腕を組んでぶつくさ言う。

 サブリナ曰く、このモフリンは毒素のあるカリオケットを主食とする貴重種の鳥らしい。それによりサブリナはモフリンが魔鳥ではないと断言したのだ。ただ、カリオケットが幻の毒草であるがゆえにサブリナも実物を見たことがなく判断が遅くなったという。

「お前さんたち、これからどうするんじゃ?」

 すでに旅支度を済ませている二人は、ヴェドラナの質問に顔を見合わせた。

「私はちょっとカゲバス村あたりまで戻らないといけません」

「また鳥に運んでもらうのか?」

 メルが冷やかすように言うと、すぐにヴェドラナの鉄拳が彼の頭を貫いた。

「ってぇ……」

「ヴェドラナさん、あまり乱暴はダメですよ。昨晩言ったじゃないですかー」

 すかさずサブリナが詰め寄ると、ヴェドラナは腕を組んでツンと顔をそらした。

「こやつは反省が足らん。そうじゃ、檻に閉じ込めておこうかね。そうすれば少しは反省するじゃろ」

「俺、お前に何かしたか!? そりゃ黙ってたことは悪いけどよぉー、そんなのあんまりだぁ!」

 しばらくヴェドラナとメルは言い合っていた。子供たちは鳥に群がり、モフモフを堪能している。

 それを見やりながらサブリナはクライドに笑いかけた。

「メルさんったら本当に不器用な人。ずっと彼女を守ってきたんでしょうね。でもなかなか思いが通じてなくて……ふふっ、前途多難ですね」

 どうやらサブリナはヴェドラナとメルの間も取り持つほど器用らしい。

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